第6話 ラブコメなら他所でやれ! ⑥








 私は今、本気で悩んでいるというのに、なんという妹だ。



「……ただいまくらいは言いなさい」


 カラカラと笑うその顔にムッと苛立ちが浮かんで、


「またそんな男の子みたいな格好して。お母さんに叱られますからね」


 小姑のようなイヤミ。意味のない八つ当たりだ。


 だけど、精一杯のイヤミも百戦錬磨の彼女が相手。

 幼少期より周囲のお小言を掻い潜ってきた妹にとって、私の口撃なんて豆鉄砲に等しい。

 はいはい。と妹は暖簾に腕押し糠に釘。


「ほらほら、姉さんは笑ってる方が素敵だよ」


「……どうせ仏頂面ですよ」


 ムゥと、むくれた私に彼女はウインクをひとつ。脱いだジャケットをソファーの隅に投げると隣にどっかりと腰を下ろした。


 どうやらお疲れのようで、横でこぼれるオジサンのような吐息に小さく笑いがこぼれた。


「また例の交差点?」


 すこし意地悪な声色の私に、


「……そっちこそ、いつもどこ行ってんのさ」


 あら珍しい。

 痛いところを突かれたらしく、一転して苦虫を噛み潰したような顔で、妹はそっぽを向いた。


「ご苦労様」


「お互いにね」


 トゲのある言葉と、整った横顔にも疲れが見える。


「……はやく会えるといいね」


 ねぎらいを含んだ私の声に、彼女の頬が緩み、「……お互いにね」つられて緩んだ口元は、私も恋をしているからだろう。


 ――我が妹ながら彼女はキレイだと思う。


 さっきはああ言ったけど、上背のある妹にパンツスタイルはよく似合う。


 組んだ足はスラリと伸びて、細身の体躯とハッキリとした目鼻立ち。

 歳はたったのひとつしかかわらないけれど、私と違って人付き合いが上手く、同じ高校、同じ編入組で、こっちはこれほど苦しんでいるというのに、あれよあれよとあっという間に人気者。


 男子からの人気もさることながら、男装の麗人とは彼女の為の言葉だろう。


 学校の制服もスカートではなくスラックスを選択しているし、ショートな髪型も相まって一部の女生徒の間では恋慕を込めて『王子』と噂されるほど。


 さっきのウインクなんか、至近距離で受ければ卒倒する子も出るだろう。


 噂では、男女を問わず相当数の告白を受けてと聞いているし、私? 私は、告白なんてされたことはありません。

 中学までは女子校でしたし、そもそもこんな無口で無愛想な女など、相手にする男子などいるはずも無く。


 それどころか、影で『姫』と揶揄されているそうだ。


 いまだ面と向かって言われた事はないけれど、大方、常日頃おもしろくなさそうにしているところが、物語などでよく見る周りを見下した高慢ちきなバカ令嬢そのものだと皆に笑われているのだろう。


 心当たりはそれこそ山のごとし。


 文化祭では、クラスがメイドカフェをやるという運びになったので、頑張ってメイドの姿に挑戦。


 ですが、私の容姿があまりにも滑稽だったからでしょう。


 初めての試着のさいに、更衣室に居た女子一同が『これは危険だ、守りきれない』という謎の言葉を残し、大方、来客者の不平不満を恐れてのことか。

 数日後には、面白みの欠片も無い周辺地層の研究発表へと企画が変更。


 体育祭でも、種目のひとつである男女混合二人三脚に今度こそはと鼻息荒く立候補。毎年人気の競技らしく、私も興味津々で。


 でもその時に、――私ってどんくさいですからね。


 きっと、私というお荷物を誰が負担するかという所か。

 突如、男子全員が目を血走らせての大論争をはじめ、激化。

 最終的に取っ組み合いの喧嘩が勃発し、結論としては、私は自ら二人三脚を辞退せざるを得なかった。


 どれかひとつをとってもこんな感じ。


 全て私という人間が余計なことをしなければ何事も上手くいったであろう数々の失態に、申し開きができようもない。


 でも、違うんです。そうじゃないんです。


 私だってお友達と笑顔でおしゃべりしたいんです。

 放課後に皆と寄り道しながら帰りたいんです。


 でも、天性の引っ込み思案といいますか、口下手と言いますか。

 空気が読めないつもりではないです。でも、ヘタクソなんです。人見知りで緊張しいなのです。


 私も妹のようになれたらと何度考えたか分からない。

 けれど、あの子はコミュニケーションおばけ。私にはムリだととっくに結論は出ている。


 でも、近頃ようやくひとつだけ。似ているというか、同じところがありました。


 私と違って美人でスタイルもよくて、人付き合いも得意でいつも笑顔で爽やかで、そんな彼女も、やはり私の妹だったということか。

 そんな私とは正反対。多方面に罪作りな子が、なんとなんと。


 ――いよいよ恋をしたらしい。


 正確には、小さい頃からずっと好きだったヒトを町中で見かけたらしいのだ。


 あの事故の日の夜、大事を取って入院した私に妹は鼻息荒く『いた! いたんだよ! 絶対に! 彼だった!』浮かべた涙は嬉しさが溢れたのだろう。


『例の男の子? 人違いでは――』


『――ボクが彼を見間違えるわけがない!』


 その時の彼女の真っ赤な顔が、恋する少女のようで。


 ここは病院ですよ、静かになさい。そう姉としては注意すべきだったかもしれない。

 だけど彼女が、あの妹が、いつ以来だろうか。嬉しいと涙を見せたのだ。


『全然変わってなかった。またボクを助けてくれた。大切なものを守ってくれた』


 最後のほうは、涙混じりで妹が何を言っていたのかわからなかった。でも。


 私だって女の子です。


 分不相応ながら自分自身、ついさっき、必死になって助けてくれたあの人に恋をしちゃったわけですし。

 かたや妹は、小さな頃に離ればなれになったヒトと、ずっと熱く恋い焦がれてきた男の子と再会出来たのだ。


 王子様に救われた私と、王子様と再会した妹。


 まるで少女マンガのようだとはしゃいでしまって、挙げ句の果てにはもらい泣き。

 きっと、あの事故だ。

 集まってきた群衆の中に、その彼を見つけたのだろう。

 むりやり救急車に押し込まれたから追いかけることが出来なかったと妹は言っていた。


 そこから彼女はずっと、休みの度に例の事故現場付近を歩き回っているらしい。

 つい最近になって、その時なんで呼び止めなかったの? 私はなんとなく尋ねたけれど、


 ――姉さんを抱えていたせいだ。彼を引き留める事が出来なかったのは。


 その時、久しぶりにムスくれた妹の顔を見た。


 あらあら、それはなんともまぁ。……本当にごめんなさい。


 鬱々とした恨み節に責任を感じ、姉として、全力で協力すると挙手したが、


『姉さんは、ダメだ』


 どうしてと尋ねた私に、


『……ボクなんかよりずっと美人だから、彼を取られるかもしれないもの』


 拗ねたように答えた妹が、それはそれは可愛くて。

 そんなことないよ。教えてよ。


『姉さんも、例のお相手のことナイショなんでしょ?』


 もう手くらいは繋いだ? なんともなしな妹の軽口が私の顔に火を付けた。


 なんという爛れた妹か。

 そういう事はひとつずつ段階を経てのはず。手を繋ぐなんてそんなそんな。まだまだ先の、先の先。

 手と言わず、どこかが少し触れただけでも私の頭は沸騰する事だろう。それに、


『だって、……アナタ。ちょっかい出してくるでしょ』


『しないよ』


 ただ、ボクの大切な姉さんに、本当にふさわしい相手か見に行くだけさ。なんて、妹の顔が意地悪に笑うから、


『……絶対に教えない』


『じゃぁボクも秘密』


『でも姉として、知っておくべきだとは思うの』


『なんだよそれ』


 それでも根掘り葉掘り聞こうとしたせいか、妹としても煩わしく思ったのだろう。

 どこで見かけたのか、どんな人なのか。相変わらずそれ以上の事は口にしなかった。





 ――窓の外は、夜。両親が帰ってくるのはまだずっと先。


 隣の彼女が、「コーヒー煎れるけど、飲むでしょ?」笑顔を見せるから、


 「うんと甘くしてね」


 お茶菓子はクッキーが良いわ。

 イタズラな台詞をひとつ。


 私の軽口に、妹は「手伝いなよ」仕方ないなと笑う。

 そんないつもの暖かさの中、二人並んだソファーの上で、今日も私は尋ねてみる。


「ねぇ、どんなひと?」


 彼女が選んだ殿方だ、悪い人ではないことは分かるけど、――逃げられないよう妹の腕を抱く。


「またそれか」


「すごく素敵な方だろうから、気になるもの」


「もちろん素敵でかっこよくて、って、言わないよ」


「それから?」


「だから、」


 そんな私に彼女はほんの少し言いよどみ、「姉さんはさ」溜息をひとつ。


「……姉さんは、自分の為に頑張ってくれる人をどう思う?」


 あの事故の、あの運命的な出会いを連想させる問いかけに、今日何度目だろうか、顔が熱くなったのは。


 頭の中を占領していく彼。

 あの時の言葉。

 今日のあの笑顔。

 お昼の幸せなひととき。


 あわあわと震える口元を、堪える術は私には無い。


 やっぱり妹は私の想い人を知っているのだ。なんという子だろう。からかうつもりが、手痛い反撃を受けてしまった。


「……素敵だと思う」


 ほんの少しの時間をおいて、ようやく絞り出した私の声に、隣から同じような声が続いた。


「ボクも、そう思う」


 ソファーの軋む音。

 妹は、顔を逸らすとちょっと照れたように笑った。随分昔に聞いた覚えのある、彼の名前を呟きながら。


「はやく会いたいな、いっちゃん」






















おしまい。

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