解決編・第2話

●四条探偵事務所

ドアを明けて葛西真里が入ってくる。


葛西「母さん!?」

真里「ユウジ……」

煙山「わざわざご足労いただいてすみません。葛西さんの母親の葛西真里さんだ。(真里に)私は警視庁の煙山です。こちらは同僚の竹下。こちらは探偵の四条と助手の宗助くんです」

真里「葛西真里です。ユウジがお世話になっております……」

四条「葛西真里さん、お越しいただいて早々申し訳ないのですが……貴女は唯一、ユウジさん以外に斉川昇に会ったとされてされているんです。それについて……」

葛西「母さん、母さんはノボルを見たよね?ノボルは、存在するよね?」


返答をためらう真里。


四条「真里さん。真実を教えてあげてください。彼にかかった霧を晴らすためにも」


四条の目を見る真里。頷く四条。やがて首を横に振る真里。


真里「母さん、ノボル君とは会うたことないの」

葛西「そんな!?」

真里「ごめんなさい。初めて紹介された時、誰も居ない場所を指し示すユウジを見て、母さんどうしたらええんか分からんようなって、逃げてしもうて……」

四条「二度めに紹介された時は、ある程度対応を知っていたから挨拶できたんですね」

真里「はい。そういう友達の存在を否定するのは良くない事やと聞きました。病気とちゃうから、なるべく尊重してあげて下さいいうてお医者さんにも言われて」


頭を抱え込む葛西。


宗助「……でも先生、斉川昇が空想の人物だったとしたら、事件の犯人は……」


視線が葛西裕司に集中する。


四条「日吉達弘、藤沢亮平、菊名順を殺害したのはアナタですね。葛西真里さん」


驚く一同。葛西裕司も驚いている。


真里「あの、これは一体どういうことなんでしょう?ユウジの話をするいうて呼ばれたんと違うんですか……?」

四条「いいえ、その通りです。しかし、その件は先ほど終わりました。ここからは、貴女の話です」

真里「なんで私が……」

煙山「まあまあ、話を最後まで聞いてみましょう」

四条「この事件では、遺体の状況が大きな特徴の一つでした。日吉、藤沢、菊名はそれぞれ鋭利な刃物で滅多刺し……全身60箇所以上も刺されて死んでいました。竹下さん、こういった遺体の状況で考えられる犯人像は?」

竹下「被害者に強い恨みを持つ人物と考えるのが普通でしょうね」

四条「そうですね。あの3人に恨みを持つ人間はそれなりに多そうですが、あの時、あの場所で犯行に及ぶとなると、かなり限られてきます。貴女は葛西さんたちが旅行に行くことを知っていましたね」

真里「ええ……でもただ、友達と旅行をするいうて聞いてただけです」

宗助「先生、葛西さんはお母さんにいじめの事を話して無いはずです。そうでしたよね、葛西さん」

葛西「僕がいじめのことを話すのは……ノボルだけです」

四条「確かにその通り、真里さんは知らなかったと思いますよ。裕司さんが二度めに斉川昇を紹介した時まではね」


真里の顔色が変わる。


四条「貴方は葛西さんが中学生の頃、葛西さんの心のバランスが崩れていた事には気づいていたはずです。だが、仕事が忙しく、見てみぬフリをしていた」

真里「……」

四条「葛西さんが高校生になり、空想の友達とあわなくなって安心したのもつかの間、二度めの紹介によって、再び裕司さんの心のバランスが崩れていることを知った。だが貴女はそんな息子にどう向き合うべきか分からなかったのでしょう。原因を探るため、掃除と言って部屋に入り、盗聴器を仕掛けた」

煙山「盗聴器!?」

四条「ああ。2日から3日に一度部屋にやってくるということは、録音式の盗聴器だよ。電池の交換とデータ回収の必要があるからね。恐らく葛西さんの荷物に付いているお守りの中身もそうだろう」

煙山「葛西さん、改めさせていただいても宜しいですか?」


頷く葛西。お守りの中を開けると黒いチップが出てくる。


四条「それまでの盗聴で、事件の被害者となった3人の事は把握していたはずです。

旅行中のやり取りを録音して、いじめの証拠を掴むのが目的だったんでしょう」

宗助「なら、何故あんなことに?」

四条「……あくまでもこれは推測ですが、土下座の強要が引き金だったのではないですか? 裕司さんの中学生の時の万引き騒ぎが、仕組まれたものだと真里さんは初めて知ったはずですからね」


真里は俯いている。


四条「突発的な犯行でロクに準備をしていなかったのもそのため。元々殺害が目的じゃなかったからです。3人をあれほど滅多刺しにしたなら、かなり返り血も浴びているはず。仮に着替えを持っていたとしても車の中に血液が付着して残っている可能性が高い。竹下さん……」

竹下「すぐ手配しよう」


出ていこうとする竹下。


真里「もう結構です! ……そうです。あの3人を殺したのは私です」

葛西「母さん……なんで」

真里「どうしても……どうしても許せんかったんよ。あの3人が……」

葛西「でも殺すなんて!」

真里「裕司、土下座させられとったやろ。あの瞬間、思い知らされたわ。母さんが、どれだけあんたのこと信じてへんかったんかって。だってそうやない? 裕司が万引きなんてするわけないやないの」

葛西「あれは……仕方なかったんだよ」


首を横に振って否定する真里。


真里「母親として恥ずかしかった……ホンマに恥ずかしかった。『お前は無能や、何にも息子のこと分かってへん』って責められてるみたいやった。でも次の瞬間、怒りが湧いてきて、裕司を今度こそ助けなあかん思うて。全部取り戻したかったんかもしれへん……それで、気がついたら別荘の庭に……」


再現回想へ。真里がナイフを取り出し、話しながら事件当日の様子を再現する。


真里「殺すのは簡単やった。酔って寝込んどるところにクッションで顔に押さえつけて刺したら、声も出えへん。腹が立ってるいうのもあったけど、ホンマに死んでるんか不安になって、何度も何度も刺して……」


再現終わり。


葛西「……あのノボルのメモは? あれも母さんだったの? ……なんであんなメモ残したの?」

真里「それは……」


四条が冷たく答える。


四条「ユウジさんの犯行に見せかけるためですね」


驚く一同。


煙山「ちょっと待て四条。真里さんはユウジさんのために3人を殺したんじゃないのか?」

四条「……犯行に及んだ後、冷静になった貴女は起死回生の一手を思いついた。真里さんを除けば、最も犯人に近いのは他でもないユウジさんです。アリバイも完璧とはいえないし、存在しない友人の犯行だとユウジさんが事情聴取で証言しでもしたら、ほぼ確実に裕司さんが容疑者として逮捕されるでしょう。しかし……精神鑑定に持ち込むことはできる」 

煙山「なるほど!そういうことか。刑法第39条だな」

宗助「なんですかそれ?」

煙山「聞いたことはないか?『心神喪失者の行為は、罰しない』。精神障害などによって善悪を判断できないとされた場合、その責任を追求することができないんだよ」


静かに怒りを滲ませる四条。


四条「真理さん……あなたの裕司さんを助けたいという気持ちは本心だったかもしれない。しかしことごとくその方法を間違えてしまった。裕司さんにとって斉川昇という存在は、彼なりの、この世界と折り合うための手段だったんです。貴方が思いつきで書いたメモはそれさえも奪ったんですよ」

煙山「四条……」

四条「斉川昇を、葛西さんのたった一人の友達を殺したのは貴女だ! 貴女が殺したのは3人じゃない! 4人殺したんです! 自分が罪から逃れるために息子の心を殺したんだ!」


ショックを受ける真里。


真里「私、そんなつもりは……」


母親をかばう様に四条に訴える葛西。


葛西「四条さん……違うんです。母さんは本当に僕の事が心配だっただけなんです。僕には分かるんです。不器用だし、後先考えないところもあるけど、母さんは……いつだって一生懸命に僕を育ててくれました。僕はそれがどんなに大変だったかを知ってます。だから……」


葛西の行動に驚く四条。少し動揺して帽子で目を隠す。


真里「ユウジ……ううっ……」


泣き崩れる真里。


煙山「……葛西真里さん。改めて署の方で詳しい事情を伺います。宜しいですね?」


頷いて、立ち上がる真里。


真里「ごめんねユウジ。ユウジはずっとええ子やったのにね。母さん結局、最後までええ母親になれへんかったね……ホンマにごめんね」


首を横に振る葛西。煙山と竹下が真里を連れて行く。


葛西「まだ、残ってるんです。ノボルを殺した時の、手の感触が……」


煙山たちを見ていた四条が振り向く。


葛西「ノボルが本当に僕の心が産んだ空想の友達だというなら、僕が望みさえすればまたノボルと会えるということなんでしょうか?」

四条「……分かりません。あなたはすでに斉川昇の死を受け入れてしまっている。ただ、貴方の心の中には、間違いなく斉川昇は存在しているはずです。それを忘れないで下さい」

葛西「……本当に、大切な友達だったんです。本当に……」

四条「例え大切な友人を失ったとしても……生きているからには、あなたは前に進まなくてはならない」

葛西「……でもやっぱり、一人は辛いです」

四条「ならば新しい友達を作ればいい……例えば、私が友人では不満ですか?」

葛西「えっ、四条さんが、僕の友達に……?」

四条「愚痴は勘弁ですが、謎を持ち込んでいただけるならいつでも歓迎しますよ。何しろ私の脳は、いつでも謎に飢えて踊ってますからね」

葛西「……ちょっと何言ってるか分かんないです」

宗助「葛西さん、僕もいますよ」

葛西「宗助さんはいいです」

宗助「なんで!?」

葛西「なんか小物感がするので」

宗助「そういうとこ!友達できないのそういうとこ!」


落ち込む葛西。


四条「ちょっと宗助くん!葛西さん今ナイーブな時期なんだから!」

宗助「あーすいません。えーっとどうしよう」

四条「そうだ葛西さん、良いワインがあるんですよ。一緒にどうですか?」

宗助「先生、でもそれ煙山さんが……」


四条、口の前に人差し指をやって宗助を制する。


四条「エリオ・アルターレの『リンシエメ』。とっても美味しいワインですよ。

いかがですか?」

葛西「……頂きます」


ほっとして笑顔で顔を見合わせる四条と宗助。

急いでワインを準備しに走る宗助。四条は葛西に席を勧める。

グラスを持って宗助が戻って来る。


四条「それにしてもこのワイン。煙山くんにしてはいいセンスだね」

宗助「そうなんですか?」

四条「ああ。リンシエメはイタリア語で『一緒に』という意味なんだよ」

宗助「煙山さんは一緒に飲めなかったですけど」

四条「確かに!でも、友人と飲むのにこれ以上のものはないよ。さあ、飲みましょう」


ワインを注いで、乾杯する3人。

外はいつの間にか明るくなっていて、霧も晴れている。


(了)

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過剰殺傷夜(オーバーキル・ナイト)~奇抜探偵・四条司の茫漠たる予感~ @kanbou

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