解決編・第1話

●四条探偵事務所

四条、煙山、宗助、竹下の四人が椅子に座って沈黙している。

やがて痺れを切らした宗助が動き出す。


宗助「あの、僕、ちょっと葛西さんの様子見てきます」


立ち上がって、部屋へ向かおうとした時、葛西がやってくる。


宗助「葛西さん!」

葛西「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」


葛西が席に座るのを待って煙山が切り出す。


煙山「四条、教えてくれ。お前の推理が導き出した結論を」

四条「……葛西さん」

葛西「はい」

四条「これから話すことは、貴方にとって受け入れがたいことかもしれない。それでも私の話を最後まで聞いていただけますか?」

葛西「覚悟は……できているつもりです」

四条「分かりました。では……」


立ち上がる四条。その時、煙山の携帯電話が鳴る。


煙山「すまん……。あ、でも多分お前に頼まれた件だぞ。(電話に出る)はい煙山。ああ。それでどうだった? ……なんだと? ちゃんと調べたのか? ……分かった。ありがとう」

竹下「四条さんに頼まれた用って何だったんだ?」

煙山「葛西さんの自宅に斉川昇の死体があるかどうかを調べてもらったんだ。……無かったらしい。どこにも」

宗助「斉川昇は、生きているってことですか?」

葛西「そんなはずはっ!」

煙山「葛西さん、あなた……友達のために時間稼ぎをしようとしたのか? やってもない殺人をでっち上げて」

葛西「違います! 僕は確かにこの手で……ノボルを……」

煙山「それなら何故死体が無いんだ?」

葛西「分かりません! 本当に分からないんです……」

煙山「四条。お前にはこの結果が分かっていたのか?」


頷いてゆっくりと話を始める四条。


四条「順番に話すよ。その過程で葛西さんの家に死体が無かった理由も分かる」

煙山「そうか。じゃあ、聞こうじゃないか。順番に従ってな」

四条「この事件でやはりキーとなるのは、葛西さんの友人・斉川昇さんです。仮に、彼が貸し別荘での事件の犯人だったとして話を進めてみましょう。旅行の件を聞いた斉川昇は、旅行先で日吉・藤沢・菊名の殺害を決意します。中学時代からイジメの話を聴き続けて、ついに腹に据えかねたのでしょう」

葛西「……でも、ノボルは」


何も言わず手で葛西を制する四条。


四条「事件当日、彼は葛西さん達が泊まっていた貸し別荘の近くに車で潜み、深夜、日吉達が寝静まるのを待って、侵入。現場にあったナイフで3人を殺害した。その後、メモを書いて再び車で逃走したと考えられるでしょう」

煙山「うーん……」

宗助「まあ実行は可能そうですね」

四条「結果的にそうだった、といった方がいいかもしれない。不自然な所が多すぎる」

宗助「結果的、ですか?」

四条「いいかい。まず旅行の話を聞いて殺害しようと決意したのだとしたら、それは計画殺人ということになるね?」

宗助「そうですね」

四条「ならば、凶器を現場で調達するのは不自然だよ。侵入経路についても、運良く窓が開いていたからよかったものの、もし開いていなければどうやって侵入するつもりだったのか? 被害者が酒を飲んで眠りこんでいたのも偶然に過ぎないしね」

煙山「そうなんだよ。俺もずっとそこが引っかかってたんだ。やはり突発的な犯行と考えるべきだろうな」

四条「それもやはりおかしいんだ。突発的な犯行だったとして、斉川昇は何故蓼科にいたんだい? 何の目的で?」

煙山「それは……」

竹下「怒りにかられてノープランでとりあえず現場に行って、偶々上手くいった、とか?」

四条「『偶然』『運良く』『たまたま』……彼の周りにはその言葉がつきまといますね。少し気になりませんか?」

葛西「……おっしゃってる意味が分かりません」

四条「少し事件から離れて、斉川昇という人物について考えてみましょうか」

煙山「おいおい、ここにきて脱線するのか」

四条「脱線じゃない。むしろこっちが本線だよ。……さて、斉川昇が葛西さんと初めて会ったのは中学生の頃でしたね」

葛西「そうですけど……」

四条「いじめを受けて精神的に追い詰められた貴方は、自殺をしようとした直前、『偶然』通りがかった斉川昇に助けられた」

葛西「そうですよ。人との出会いなんてほとんどが偶然じゃないですか」

四条「いいでしょう。斉川昇のお陰でなんとか中学時代をやり過ごし、高校へ進学。それにともなって斉川昇と疎遠になっていきます。しかし、大学に入って中学時代のいじめっ子に再会。するとその後、また『偶然』斉川昇と再会します。さらに斉川昇は『たまたま』近くに住んでいるという」

葛西「なにが言いたんです?」

四条「都合が良すぎるんです。貴方にとって常に現れて欲しいタイミングで彼は現れる。近くに住んでいたんですよね? 彼の部屋に行ったことは?」

葛西「……ありません。部屋が汚いからって」

四条「彼のご両親や家族に会ったことは?」

葛西「……ありません。だけどそんなのよくあることでしょう?」

四条「彼が、貴方と貴方のお母さん以外の人間と話すところを見たことがありますか?」

葛西「……あり……ません」

四条「ハッキリ言いましょう。今回の事件において斉川昇さんは犯人ではない。犯人であるはずがないんです!何故なら、彼は……からだ!」


驚く一同。


宗助「ちょ、ちょっと待って下さい先生。存在しないってどういうことですか?」

四条「文字通りだよ。イマジナリーフレンドという言葉は聞いたことがあるかい?」

宗助「いえ……」


竹下が答える。


竹下「空想の友達のことですよね。本人はそれが本当に存在すると感じてて、その空想の友達と会話したり、遊んだりするっていう」

四条「そう。実はそれ自体は珍しい現象ではないんです。病気ですらない。10人の内、2,3人程度は幼児期に空想の友達を持っているといわれています」

煙山「そういえば、子供の頃、誰もいないのに会話してるような奴いたかもなあ」

四条「多くの場合、イマジナリーフレンドは成長するにつれて消えてしまうらしい。が、まれに大きくなっても消えない人もいるそうです。葛西さんの場合は少し特殊で、いじめという強烈な心的ストレスが引き金になって、理想の友達である斉川昇という人物を産んでしまった、と考えるべきでしょう」

宗助「……二重人格のようなものでしょうか」

四条「それは解離性同一性障害だね。少し違うんだけど、葛西さんの精神はそれに近い状態であったのかもしれない。解離性同一性障害の患者はイマジナリーフレンドを持っていることが多いらしいからね」

葛西「そんな……ノボルは、確かに……」

四条「中学生時代、あなたは誰にも受け入れてもらえなかった。学校ではいじめ、家に帰っても母親は仕事であなたにかまっている余裕はない。あなたは自分を受け入れてくれる人間を切実に必要としていた」

葛西「僕は……でも……」

四条「煙山くん、葛西さんが斉川昇と出会った時の様子、その前の菊名順に騙された時と似ていると思わなかったかい?」

煙山「言われてみれば、そうだな……似てるな」

四条「最も辛い経験の引き金となった記憶を空想の友達とのやりとりで上書きしたんだ。彼にはこうする必要があった。心のバランスをとるためにね」

煙山「なるほど……」

四条「他にも、斉川昇という名前もそうです。サイカワという音の中にはカサイという音が入っています。人はとっさに偽名を考えると、自分の名前の一部を使ってしまう傾向があると言われています」

煙山「ああ、それは聞いたことがあるな」

四条「さらに、葛西さんの部屋で斉川昇の死体が見つからなかった。おそらく現場を科学的に調べても、葛西さんとお母さん以外が部屋に入った痕跡は見つからないでしょう」

葛西「でも、母さんは、か、母さんにはノボルを紹介したんです。ホントです。会ってるんです。母さんに聞けば分かるはずです。ねえ、か、母さんを呼んでください」


混乱している様子の葛西。ノックの音。


四条「どうやら、やっと舞台上に役者が揃ったようですよ。どうぞ、中へ」

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