第12話 では、御退室ください

 「お前が覚えないといけないのは、モノや場所の気、記憶を読み取る所謂サイコメトリーと呼ばれるものだ」


 師匠が言って来る。


「いままでお前はただ受動的に“観”てきた、これを真に能動的に“視”るようにならなければいけない」

「その違いとは、なんですか?」


 私の問いに、師匠は答える。


「霊能者に必要なのは、霊に触れることだ。今まで自分から触ろうとしたことは?」

「触れる……ですか? ないです。

 そんな事、なぜ必要なんでしょうか。見れればそれでいいのでは?」


 私の疑問に師匠は言った。


「霊の姿とは、幻覚であり己の心の世界の映しだ。

 己の心に触れると言う事は、他者の心に触れるということでもある」

「他者の……心……」


 そういう考えはなかった。


「世界は心で出来ていて、そして己の心だけではなく、他者の心と密接に因果の糸が絡み合って出来ているのだから。

 そして己の心が生みだした幻覚に触れるということは……」


 師匠は手をかざす。


 次の瞬間、師匠の手のひらが、ぱんと弾かれた。

 まるで、師匠だけにしか見えない何者かに立たれたような。


「今、俺はこの手を殴られた」


 師匠は言う。その手のひらは、うっすらと赤みが差していた。まるで、腫れているかのように。

 まさか、いやでも……。


「そして、こう言う事も出来る」


 師匠がそう言うと――


「!」


 師匠の掌が、すぱりと切れた。

 血がぽたりぽたりと、テーブルに落ちる。


「よく言うだろう。

 深い催眠状態の人間や、あるいは思い込みの強い赤子に冷たい火箸を熱いと言って触られたら火傷すると。

 これが、人の心の力だ」


 私は戦慄していた。師匠は言う。


「そして霊を視るという事は、人の記憶の残滓を見る……

 つまり、繋がるということだ」

「!!」


 師匠の言葉の意味を理解し、私は戦慄……いや、正直に言おう。恐怖した。


「その過程で、他者の心を暴く事になる。これがどういうことかわかるな?」

「……」


 それはつまり……相手の心に土足で踏み込むような行為に近いという事だ。

 そんなの、失礼どころの話ではない……!


「そうだ。

 他者の心を見れる者が自分の心の創りだした存在に触れられるということは、他人の心に触れられるということだ。

 それが霊能力の真髄にして深奥……」


 師匠は静かに言う。


「俺が……失った力だ」


 喪った力……。


「そう、俺は霊障によって霊感を失った。

 それは他者との共感能力を失ったと言う事なんだ」


 師匠は霊感を失った。だけどそれは、てっきりただ霊を視る力がなくなっただけなんだと思っていた。

 けど……。


「俺はもはや、自分の世界だけで完結している。

 こうやって自分の力で自分を傷つけたり癒したりすることが出来ても、場所ならともかく――他者には俺は直接は何もできない」


 師匠は自分の手を見て言う。その傷はもう塞がっていた。

 そうか、師匠も……孤独なんだ。


「だけどお前が、観るだけでなく視れるようになり、俺の世界と繋がれたなら――」


 もし、それがしっかりと為せたなら。


「そのためにお前は、詠み取る力と触れる力を養わねばならない」



 ◇ 


 私は人形を視る。そして思い出す、師匠の教えを。

 呼吸を深く。――観るのではない。感じるのだ。

 それは触れることだけじゃない、己の心で……全てを感じる。

 人形の鼓動を、体温を、想いを。そしてそれを己と繋げて見る。視るのだ。


(……なるほど、確かに今までとは違う)


 受動的だった今までと違う。

 そして、私は――見た。人形の過去を。そして想いを。


「この人形には……」


 私は言う。


「悪いものは、憑いていません」


 それは確信だ。確かにこの子には何かいるかもしれないが、悪意は無いように思えた。


 この人形は――


「最後の持ち主は、男性……少年ですね。幼くして亡くなった妹の形見。それを大切にしていたら、やがて騒霊現象が起きるようになり、不安になった両親が神社に相談し、そして神社経由で協会に預けられた、ということでしょう。

 簡単な騒霊現象なので危険とみなされず、このような試験に使われている……といったかんじかと」


 私はそう告げる。その言葉に試験官たちは感心したような顔をしていた。


「その通り」


 試験官がそう言う。どうやら正解のようだ。私は内心安堵する。


「では次だ」


 そう言って試験官がカードの封を切り、取り出して机に伏せながら並べた。


「カードディングだ。このトランプの文字を当ててもらいたい」


 よくあるタイプの霊視だ。さて……。


「正直に言いますと、難しいですね」


 私は正直に言う事にした。


「何故ですか?」


 女性が言う。私は彼女を見て言う。


「私の霊視は、気を読み、気を視ます。

 今回は新品のカードを使っているので、カード一枚一枚を人が見て確認していない。中古であればカードを使った人々の残留思念を視る事で判別できますが、こうも新品だと霊視が効きません。

 霊視以外の手品で当てよ、というのならともかく、それは今回の趣旨では……少なくとも私に今此処で求められているものでもないでしょうし、なにより……」


 私は、カードを切った男性に言う。


「そのカード、手品用のトリックカードでしょう?」


 その私の指摘に、


「ほう。なぜそう思うのかね」


 男性はそう問う。私は答えた。


「貴方を霊視しただけです。ああ、表情を読むコールドリーディングではないです、私はその技術は素人なので」


 相手の気を視れば、その意図はある程度はわかる。男性はにやりと笑って言った。


「なるほど、中々いい勘をしているな」


 男性のその言葉に試験官が笑う。


「では最後の実技だ。ここにふたつの箱がある」


 事務の人が、二つの箱を持って来た。


「どちらに本物の呪物があるかを当てて欲しい。何、君には簡単な事だろう」


 そう言って二つの箱を見せてきた。


「中身を確認しても?」

「もちろん」


 私は箱を開ける。中にはボロボロの木札が入っていた。これは……。


「どちらも……呪物ではありませんね」


 なるほど、試験官はふたつの箱がある、どちらに本物の呪物があるかを当てて欲しい――と言っただけで、どちらかに呪物があるとは言っていない。


「果たして、本当にそうかしら?」

「その回答でいいのかね?」

「……はあ。後悔はしないな?」


 ……。


 私は合っているはずだ。だと思う。

 不安になってきた。なんだこの急な塩対応。

 いや、試験官たちのブラフに違いない。きっとそうだ。



「では、御退室ください」


 ……。


 ブラフだよね?

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霊媒稼業~追放霊能者と霊感少女の心霊業界下剋上物語~ 十凪高志 @unagiakitaka

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