第11話 では、この人形を霊視してもらいます
「有名な霊能者も何人かいるね……」
周囲を見渡して葉月さんが言う。
「そうですね……」
私含む総勢五十人弱……これだけ多くの公認霊能者志望が一堂に会する光景は壮観だった。
「ま、雑魚ばっかだがよ」
オガちゃんがそんなことを言った。
「いやー、でも結構な実力者もいるよ? ほら、あそこにいるのは『
葉月さんがそう言いながら、霊能者を指さしていく。
「大仰な名前だな。ありがちだが」
師匠が言う。だが私もその名前は知っていた。あらゆる邪教、カルト宗教を転々とし、その組織の秘密を手にしては壊滅させているという、魔龍院闇脚斎。
「本物なんでしょうか……?」
「さて、どうだろうな」
「いや本人っスね、アレ」
師匠と私の会話に、オガちゃんが割って入る。
「なぜわかる?」
「一度会ったんスよ。二度と会いたくなかったっスけどねー」
師匠様それで興味を失ったのか、それ以上の追及はしなかった。
「あっちにはあの『
今度はオガちゃんが言う。安倍晴明の子孫を名乗る彼は、先祖返りと呼ばれるほどの力の持ち主で、あらゆる霊能者の組織にスカウトされているらしかったが……どの組織にも属さずフリーランスを続けているらしい。
「まあ偽物だろうけどな」
師匠が言う。
「え、そうなん……ですか?」
「安倍晴明の子孫。そう名乗る人間は山のようにいる。そう名乗ってる時点で偽物と疑った方がいいだろう。直系が半世紀近く行方不明となっている今、とても騙りやすいからな」
「し、師匠、声が……」
私が小声で聞いたのに、師匠は普通の声量で言う。うん、前々から思っていたけどこの人は空気が読めていない、本当に。
聞こえていませんように。聞こえていても私は無関係です。
「あ、いたいた。あれが『
葉月さんが指す先には木場という男性が立っていた。歳は二十代後半だろうか。背はかなり高く細身のモデル体型でとても整った顔をしているが……目つきの悪さと無精ひげのせいでその美点を損なっている感が否めない。
確か、あの歳で複数の会社を運営している経営者だったっけ? 霊能力で稼ぐのではなく、金で有能な霊能者を集めるという方法で。
となるとここにいるのは……ヘッドハンティング目的なのだろうか。
他にも、有名どころと呼ばれる霊能者やフリーランスのプロが多数この場にはいた。
「ここにいる奴らが全員敵ってわけだ」
オガちゃんがそう呟く。……確かに油断ならない面子だ。そしてそんな彼らを審査する試験官も曲者揃いだろう。
それから受験者達が集まり、試験官と思わしき男性が部屋に入ってくる。
「それではこれより二次試験を開始します。各自指示に従ってください」
まずは筆記試験だ。
霊的な世界についての基礎知識。
妖や悪霊、怪異などについての基礎知識。
霊障についての基本知識。
霊智協会の掲げる、一般向けの「設定」と、その裏の真相。
私は事前にお師匠様と鈴白さんに叩きこまれたから、まあ……なんとかなったと思う。一夜漬けみたいなかんじだから、明日も覚えている保証はないけれど。
「つ、疲れたぁ……」
私は机に突っ伏す。
「奏っち、どうだった?」
葉月さんが声をかけてくる。
「まあ、何とかうまくいったんじゃないかなぁ……とは」
自信はあまりないけれど。
「まあボクは余裕だけどねー、んふふ」
葉月さんは自信満々といった様子で、さらに筆記用具と問題集をカバンに仕舞った。やっぱり見た目で判断てはいけないな……この娘は相当頭がいいみたいだ。
「オガちゃんの方はどう?」
「あー? 俺か? 余裕よ、余裕。つかオガちゃん言うなテメー」
彼も余裕だったらしい。頭悪そうな軽薄っぽい外見なのに、実は頭よかったりするのだろうか。
「師匠は……?」
「俺か。さあな、まあ大丈夫とは思うが」
そう答えた師匠は私を見て言う。
「どうした、浮かない顔だな」
「別に」
師匠は私の頭にポンと手を置いて言う。
「お前はお前なりに力を尽くせばいいだけの話だ。そう焦る必要はない」
「……はい。でも子ども扱いはやめてください、それセクハラです」
師匠の手を振り払って私は言う。
そうだ、私は全力を尽くすだけだ。
◇
次はいよいよ面接試験だ。
一次試験の書類選考と、筆記試験の内容によって面接内容が変わるらしい。
「次の人」
そう呼ばれた葉月さんは、堂々と室内へと入っていく。さすがだ。
そして次は私の番だった。席から立ち師匠を見る。
「では、やれるだけのことはやってきます」
そう言い残して私は面接室へと足を踏み入れた。中は会議室で、中央にテーブルが置いてあり、そこには三人の男女がいた。
「お入りください」
入り口付近にいた女性にそう言われる。私は「失礼します」と頭を下げて入室し、椅子に座る。
「それでは、お名前を」
「八坂奏と申します。よろしくお願いします」
私はぺこりと頭を下げる。すると正面に座っていた年配の男性が言う。
「志望動機は?」
「……」
「いいから、落ち着いて」
そう優しく声をかけてくれたのは、白髪で白衣を着た年配の女性だ。彼女の目は、どこか安心させるような優しさと知性を感じさせた。
こういうのが詐欺師の雰囲気というのだろう。
「私はここで多くの人を救いたいです。未熟者ですが、その志だけは誰にも負けません」
私がすらすらとそう言うと、正面の男性が言う。
「君は……スピフェスでうちの霊能者とひと悶着あった子だね?」
「え、ええ……お恥ずかしながら……」
私は俯く。すると白髪の女性が言う。
「あれは、君のせいじゃない。あの馬鹿が勝手に暴走しただけね」
「はい……」
「だから気にしなくていいのよ」
女性は優しく微笑んでくれる。……この人はどっちなんだろう。オカえもんの暴挙を容認していたのか、それとも。
「しかし、あの一件のおかげで、少なからず組織に被害が出たのは事実だ」
今度は正面に座った男性が言う。
「彼の不始末ではある。わざわざ君に対して損害賠償や訴訟を行うといったつもりはないがね。しかしそれでも遺恨はあろだろう。
さて、そんな組織に何故わざわざ君は来た?
霊能者として人々を救いたいと言うのなら、わざわざ霊智協会に所属する必要はない。別の霊能者協会はいくつもあるし、フリーランスの霊能者だっている。
何故、うちなのかね?」
「それは……」
私は、しばし逡巡し、自分の思いを口にする。
「霊智協会の人に、助けられました」
「ほう?」
「みなさんも知っているあのスピフェスの後、私は……」
一瞬迷う。師匠に助けられた事を話すべきか。やめておいた。
「私の、学校に……あのオカえもんが乗り込んできたんです。そ、そして……謝罪にもなってない口だけの事を並べ立てたあと……私を弟子にしてやる、って……」
今思い出しても腹が立つ。
しかし私は怒りを見せるのではなく、恐怖に震える演出をした。
実際、気持ち悪さに震えたのは事実だし。
「それは災難だったわね」
白髪の女性は言う。私はそれに頷き、続きを話す。
「その時に……助けてくれたんです。霊智協会の人が……」
「ふむ」
男性は興味深そうにしている。そしてさらに聞いてくる。
「君を助けた……その霊能者の名前は?」
「八咫姫……鈴白さんです。そして、自分の所で働かないか、って……」
「なるほど」
彼は納得するように頷いた。
「私は、今まで、霊感があって……霊感しかなくて、それで色々と大変で……だけど、私が役に立つって言ってくれて。それで……」
「じゃあ、君は……鈴白さんの下で、霊障に苦しむ人を助けたい……ということ?」
白衣の女性が言う。私はず大きく頷いてみせる。
「はい! 私なんかがお役に立てるのなら……! お力になりたいんです!」
「それがあなたの、心からの言葉ね」
女性は優しく微笑んで言う。他の二人も、頷いている。
心からの言葉ね。
その意味は果たしてどういうことか。
「ふむ、わかった」
正面の男性が頷く。
「では、これから実技試験を行うとしよう。君の力を見せてもらうとしよう。まがりにりにも当協会の霊能者を偽物呼ばわりした以上、期待させてもらうとしよう」
……。
目が笑ってない。
これは、かなりまずいんじゃないか……? もしかして虎の尾を踏んでしまっていたのかもしれない。気合い……入れないと。
「霊能者の基本は、霊視鑑定です」
正面の男性がそう言ってくる。
「モノやヒトの霊的な波長を見て、様々なことを当てる。霊能者たちが一番求められる事ですね」
「そうね。日本ではあまり行われていないけど、海外では超能力捜査なんかにも使われているわ。特に霊や悪霊が関わっている事件では、この鑑定が重要視されるわ」
「は、はい」
そういった番組は日本のテレビでも見ることがある。私が小さいころは、日本ででも霊能者や超能力者がテレビで公開捜査をしていた記憶がある。結果は芳しくなかったけど。
「では、この人形を霊視してもらいます。さあ」
そう言われて私は、テーブルに置いてあった人形を見る。
一見すると、ただの可愛らしい日本人形の置物だった。
しかし、試験に使われるものだ。どういう来歴があるかわからない。そして、何の来歴も無い可能性だって高い。ただの人形であり、引っかけでしかないという可能性。
……いや、そういうことは考えたって意味は無い。私はただ、この人形を霊視する。
思い出そう、師匠の教えを。
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