第10話 同じ霊能者同士、友達になってよ
五月中旬の日曜日。
私は、東京霊智協会の試験会場へとやってきた。
「ここが、試験会場……」
大きな白い建物の前で、私はぽつりと呟く。
私が今立っているのは、東京霊智協会の試験に集まった受験者たちで溢れかえった会場の入り口。今日はここで私の運命を分けると言っても過言ではない試験が行われる日である。私は少し緊張しながら一歩を踏み出す。建物の中に入っていくと、廊下もまた人でごった返している。
受付は、建物に入ってすぐのところにあった。
「二次試験の受付はこちらで行います。受験票をご用意の上、お並びください」
指示に従って受付に並ぶと、すぐに私の番になる。私は受験票を見せた。
「はい、お預かりします。八坂奏様ですね」
受付の人が私の名前を呼ぶと、周囲の空気がざわりと一変した。
「八坂……秦だって?」
「あの……」
「スピフェスでオカえもんに恥をかかせたって……」
私をちらと見ながら、口々にそう言う。聞こえてくる言葉からは、嫌悪の感情がありありと……というわけではなかった。
「やべーのに目を付けられたなあ、あの子」
「動画は俺も見たけどかわいそうだった」
「つか正論だったよな」
「ふん。若い子なのに大したものじゃないか、将来有望だな」
「う~ん、オトコだったらほっとかなかったのにアタシ」
そのほとんどが私のことを気の毒に思う声で、中には尊敬の眼差しで見る人もいた。
意外だな。てっきり私は忌み嫌われているものだとばかり思っていたから……。
いや、違うか。これはきっと師匠の言う所の、「世界が変わった」のだろう。
私が、霊が視える人間は周囲から孤立し忌み嫌われていると思っていたから、そういう声しか聞こえなかった。
だけど師匠と出会ったから……そうじゃない言葉も、私に届いた……ということなのだろう。
いや、まあだからといって嬉しいってわけではないけれど。
「こちら受験票の控えとなります。試験は四階の201号室にて行います。試験時間は午前九時から正午までです。昼食は一階の食堂をご利用いただくか、また外のコンビニなどをご利用ください」
受付の人から説明を聞いた私は、階段を上がって三階へと向かう。
私は階段から少し離れたところにあった201号室と書かれた扉の前に立った。中から人の気配がするのを確認してから、大きく深呼吸する。
「失礼しまぁす……」
私は、静かに扉を開けた。試験開始まではあと40分ほど時間があったので、中にはまだ誰もいないだろうと思っていたけど……部屋の中には一人の女性がいた。私と同じくらいの女子高生のように見受けられるその女性は、私が部屋に入るとすぐにこちらを向いてきた。
「あ、おはようございます!」
「……おはようございます」
見張らぬ人間にいきなり話しかけてくるとは、この女、強いな。
「緊張してんの? 大丈夫だよー。
ボク、秋鹿葉月っていうの。今日はお互い頑張ろうね!」
……この女は陽キャだ。私と対極にいる生き物。私は直感でそう感じ取った。
正直、面倒くさい。だが私とて、本性は臆病者の陰キャでありながら自他を騙して常人のフリをして生きてきた強者だ。会話ぐらいそつなくこなすのは余裕である。
「私は八坂奏です。今日は、お互い合格目指して頑張りましょう」
よし、問題なく言えた。あとは師匠直伝のスマイルを……いや師匠あんまし笑わなかったわ。
そしてそんなのを中途半端に真似しようとした私は、笑顔というより、歪んだ変な顔になった。
うん、死にたい。
「……ぷっ、あははは! 君かわいいねえ」
「え?」
しかし私が浮かべた笑顔を見て、秋鹿さんはなぜか吹き出すように笑い出した。
「いやー、君緊張してるでしょ?」
「え? そ、それは……まあ、人並程度には」
「あはは。やっぱりねー。でもそんなに緊張することないよ?君も霊能者なら、普段の延長で行けばいいんだよ」
「はあ、そうですか」
「ね、君ってさ……もしかしてあの動画の子でしょ?」
「うっ……」
知られていた。あの動画どれだけ拡散されていたのだろう。
「見たよー、あのキモいのにあんな大舞台で喧嘩売るとかすごいじゃん」
「そうでしょうか」
そうはいうけど、当時は気が付いたら喧嘩売ってたし、それに結局あのキモい男にやりこめられてひどい目に合ったのは私だ。私自身はあの時の事にいい思い出なんて全くない。
「そだよ。あの場所にボクがいたらワンパンお見舞いしてたね、絶対。なにあれムカつくっつーの」
秋鹿さんは、そう言いながら自分の拳をシュッシュと繰り出す。シャドーボクシングだ。意外と腰が入っていた。
「で、君って今いくつ?」
「……十六ですけど」
「あ、同い年じゃん! よかったー、ボクも十六なんだよね。んじゃこれも何かの縁だし、同じ霊能者同士、友達になってよ!」
「え? あ、はい」
いきなりそんなこと言われてしまった。さて、どうするか。
鈴白さんからは、「霊能者はクズの集まりだ、気を許すな」と言われていたけど……でも眼前の少女からは嫌な感じはしない。めんどくさそうではあるが。
あの動画に関して私に同調し怒ってくれているからだろうか。……というか、もしそうなら我ながらちょろいな。どれだけ理解者に飢えていたのか。
でも、同い年の女の子で同じように霊が視える人なんて中々いない……。
そう思っていると、後ろから声がかかる。どうやら他の人たちも部屋に入ってきていたらしい。
「オイオイ、ここはいつからガキのトモダチ探しの場所になったんだ? トモダチが欲しいならトー横行けや、頭とケツの軽いバカガキどもが腐肉に群がるウジみてーにたくさんいるぜ?」
部屋に入ってきたのは私より年上に見える男性だ。チャラそうな外見と乱暴な口調の彼は、私の事をまるで汚いモノでも見るような目で見ていた。
「げっ……」
その途端、秋鹿さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。どうやら彼女はこの男の人の事を知っているみたいだ。
「知ってる人ですか?」
「有名人だよ。
私にそう説明しながらも、秋鹿さんは我道翁牙を睨みつける。よっぽど嫌いな人なのだろう。
「ハッ……協会を追放された? 俺の才能に嫉妬したジジイどもが邪魔になっただけだろ。俺は自分のやりたいことをやるだけだぜ?」
しかし我道はどこ吹く風だ。どうやら相当自己中心的な性格らしい。うん、すごく苦手なタイプだ。コイツも面倒くさそう。
「で、組織の後ろ盾が欲しくて今度は霊智協会の試験受けにきたってわけ? なんだよ、口だけじゃん」
秋鹿さんが煽りだした。
「あ? なんか文句あんのかよ、チビ」
そして案の定というべきか……我道は秋鹿さんを見てあからさまに苛立った。しかし秋鹿さんはなおも挑発をつづけた。
「え~、だってさ、事実じゃん。そんなに自分に自信があってやりたいことやるってんなら公認霊能者検定試験なんて受けに来なくてもいいよね? 事実、協会に所属しないフリーランスの霊能者いっぱいいるし。でもわざわざ受けに来てるってことは、ボクちゃんは公認霊能者の肩書とぉ、組織の庇護がないと東京じゃやっていけない田舎者なんですぅ~、ってことじゃん。
ねえ奏っち?」
そこでなんで私に振るかな。
「そこでなんで私に振るかな」
見ると我道はその白い顔を怒りで真っ赤に染めていた。あ、ヤバいあれキレる寸前だ。
「上等じゃねぇか、クソガキどもぉ……」
我道がゆらりと身体を起こす。
あ、これ不味い。彼の身体からよくないモノが湧き出ようとしている……そんな感覚。これは……呪詛にも似た何かだ。
その時。
「何をしている」
そう声をかけてきたのは、私のよく知る人……私の師匠である草薙十夜だった。
「ああ!? 邪魔すんじゃねぇ、引っ込んで……げげっ!?」
我道は振り向いて、そして……素っ頓狂な声をあげた。
「くっ、くくくくく九丈サ……じゃなかった、十児サン! おっす、お久っス!」
……ん?なんかいきなり態度が変わった。さっきまで秋鹿さんに?みつくような視線を送っていたのに、今はまるで蛇に睨まれた蛙だ。
「お知り合いなんですか?」
「知らん」
お師匠様はそう言った。我道はその場でずっこける。
「いやいやいやいやそりゃねえっスよ十夜サン! 俺っすよ我道翁牙っス! 本名
「……ああ、オガちゃんか」
そんな本名だったのか。しかしお師匠様は興味なさそうな顔をしている。ていうかオガちゃんて……なんだ、この人こんなかわいい愛称で呼ばれてたのか?
「はー、つれねーっすね十児サン……まあそこがクールでイイんスけど。
で、何スか、このガキ二匹、知り合いっスか。十夜サンのコレっスか?」
オガちゃんさんは小指を立てて言う。
「一人は弟子だ。一人は知らないな」
「へえー、弟子っスかあ? 十児サンもうこの仕事から足洗ったっつってたけど何があったんスか。あーいやいやイイっすよ皆まで言わなくても。そういう事情は汲むのが男ってモンっスから」
なんだろう、さっきまでの周囲に敵意と殺気振りまいてたヤバい野良犬がただの忠犬、駄犬になったこの感じ。あまりの温度差に風邪ひきそうである。
「ねえ、何なのあの人。あの我道がいきなりヘコへコしてる……」
秋鹿さんが私に耳打ちしてくる。私は簡単に事情を話した。
「彼は私の師匠です。といってもこないだ……あのスピフェスの後にあったんですけど。草薙十夜さん、です」
「へえ……中々イケメンじゃない……何よ奏っち、あんたズルいぞ、ボクにも紹介しなよ親友でしょ!」
「秋鹿さんとは今日あったばかりですけど……」
「なによその呼び方、いつも通り葉月って呼びなさいよー、友情の深さに出逢った日月は関係ないぞ?」
「いつもも何も初対面なんですが……」
そうこうしていると、オガちゃんもとい我道が声をかけてくる。
「おいコラガキぃ! 十夜サンの御弟子サンに馴れ馴れしいんだよ、ちったぁ常識と礼儀ってモンをだなぁ!」
「はあ!? 部外者のイキりワンちゃんがキャンキャンうるさいなあ、吠えるんなら子犬相手に歯ぁ剥いてればぁ?」
そして二人は言い合いを始める。なんだろうこの流れ。もうわけがわからない。
「ふむ。状況が掴めないんだが」
師匠がそう言った。
「……私もです」
私はそう言うしかなかった。
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