第9話 過去の私自身を蹴り飛ばしてやりたい
私が草薙さ……師匠から与えられた訓練メニューはこうだった。
死者の霊が残っているとわかっている場所、死者の想いが憑いているとわかっているものを見る。
生者の念が憑いている、送られているとわかっているものを見る。
それを繰り返すことで、「これは生者の念」「これは死者の念」と判別が出来るようにする、というものだ。
もっとも、師匠は霊が視えないので、私の判別が完璧に正しいかどうかはわからない。なのでそこは、誤差を考えた上でとにかく物量で行うと言う事だ。
師匠たちが用意したそれは、視えるもの、視えないものがあった。
視えないと言う事は、私の力が弱い……というわけではないらしい。
それもあるだろうが、少なくとも今は確実に視えるものだけをしっかり見ろ、ということだった。
「心霊スポットにはいかないんですか?」
私はそう聞いてみた。
しかし師匠の答えは、今はまだやめておくとの事だった。
「俺は霊を視る事は出来ない。そしてお前は視れるけれど、確実ではない。そんな俺たちが不用意に心霊スポットに近づけば危険だからな」
その師匠の言葉に、しかし私は別段落胆などはしなかった。
心霊スポットと呼ばれるものの大半は何でもない場所だったりするけど、ごく一部のガチな場所は本気で危険だからだ。
なお、鈴白さんに心霊スポットの案内を提案してみたら、
「は?何を言っているのか小娘この私が直々にだと確かに私程の霊能者の生まれ変わりであるならばそのような鑑定も余裕だし霊が出たとしても余裕で余裕に除霊できるがしかしな小娘お前自身の精進が大切なのだそもそも試験を受ける貴様に対して私が手を貸すことは許されんのだ仕方ないな貴様は貴様で地道に頑張るべきだ貴様がある程度のレベルに達したなら私も手を貸してやろうしかし今は出来ぬああ残念だがな」
とやたら早口で断られてしまった。
しかし彼女はそう言いながら、協会の過去の試験問題……いわゆる赤本を用意してくれた。流石は面倒見がいい人だと思う。
「さて、霊能者検定試験の赤本は、と……」
私は渡されたファイルを開く。
◆◆◆公認霊能者認定試験要項◆◆◆
◆目的
正しい霊能力の研究と応用術の実践により社会の発展に貢献している者に対して認定霊能者の資格を与える試験を実施することを目的とする。
◆受験資格
東京霊智協会に入会している在籍者並び受験を希望するその他の団体等の霊能者及び個人的に活動されている者
◆申請手続き
①本協会の在籍者は資格審査申請書に該当項目を記入して本協会役員または所属支部長かエリア責任者の推薦状を同封して本部事務局に提出して下さい。
一般受験希望者は履歴書(市販用紙に3ヶ月以内に撮影した縦3.5cm横3cmカラー写真添付)と住民票のコピー1通を本部事務局に提出し受験動機を記入した用紙を同封して下さい。
②霊術経歴書(霊能力の種類、修得方法と期間または実績並び年数等と記載)
③霊能者についての小論文または実霊視や体験などを400字語の原稿用紙4枚以内を記載して同封した下さい。
◆試験方法
A.一次試験書類選考(合格者には筆記・実技・面接試験の二次試験の日程場所を通知)
B.二次試験
Ⅰ 筆記試験 ~基本知識~
Ⅱ 面接試験 ~動機や質問等~
Ⅲ 実技試験 ~実技と相談者への対応~
◆受験料
一次試験 ~本協会員の受講者は無料、一般受講者は10,000円
二次試験 ~受験会場により異なります。交通費実費です。
※本協会員の方で教育研修所での受講に関しては無料
◆資格合格者
合格者には認定証書並び認定パネルが授与されます。
「う~ん……」
私は軽く唸ると、ファイルから視線を外す。
……うん。一見するとまともに見える。が……。
鈴白さんが言っていた、霊能者の区分。
目覚めている者と眠っている者、つまり霊能者の世界の詐欺を知っている者と、知らない者。
「それによって試験問題から違う、んだっけ……」
正確には四つの区分らしい。
霊能者の世界の詐欺、汚れを知っていて、かつ本物の心霊現象や霊能力は存在しないと思っている、詐欺師。
霊能者の世界の詐欺、汚れを知っていて、それでも本物の心霊現象や霊能力の存在を知っている。そして霊能力を持っていない、詐欺師。
霊能者の世界の詐欺、汚れを知っていて、それでも本物の心霊現象や霊能力の存在を知っている。そして霊能力を持っている霊能者。
霊能の世界は本物だと思っている。時々雑誌やテレビなどで暴露される偽物はあくまでも例外であり、霊能者は本当に霊能力を持っていると思っている、霊能者。
そして霊能の世界は本物だと思っていて、時々雑誌やテレビなどで暴露される偽物はあくまでも例外であり、霊能者は本当に霊能力を持っていると思っている、自分が霊能者だと思い込んでいるだけの人。
……四つじゃなくて五つだった。
とにかく、霊能者試験を受けに来る人間はこの五つに大別される。私は三番目だ。
そして、このうちのどれかは落とされる……ということではないと鈴白さんは言っていた。
どのタイプも、適材適所で役に立つ、とのことらしい。あえて言うなら、五番目の自分を霊能者と思い込んでいるだけの人が一番落とされやすいそうだけど、そういったタイプには自分を心から信じ込んでいるだけに、妙な説得力とカリスマがあるので広告塔などで役に立つ人もいるらしい。
一次試験書類選考は、幹部である鈴白さんがコネを使って通すと言っていた。
問題は筆記試験である。
何しろ……私は鈴白さんや師匠といった本物に師事している。
しかし、これから私が挑むのは、詐欺師の巣窟なのだ。
本物の霊能者としての知識と、詐欺師としての知識の二つが必要とされる。
面倒くさいが、しかし今までの遅れを取り戻す時期である。
困ったことに、一度学び始めてみるとこれが……面白いのだ。そして時間が足りない。
霊を学ぶということは、人間を……人の心を学ぶということ。そして自然の摂理を学ぶと言う事。
これ、一生かけてやるものじゃないか……。
試験で求められる基礎知識は、霊智協会が教え広めている“設定”だ。霊の世界の設定。
人は死ねば魂は肉体から離れ、家族や友人たちに挨拶をした後、天界へと招かれる。
そして善良な者は天国へ、悪しき者や特に罪深い者は地獄へ。
これはキリスト教と仏教、神道の死生観のちゃんぽんだ。六道輪廻――地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六つの世界。
そこに辺獄や煉獄、黄泉平坂といった世界も含む、多種多様の死後世界が存在する。
生前の罪や業、善行によって行き先が決まり、必要とあらば転生する――
これが霊智協会の流布する設定だ。
ようするに、誰にとっても都合のいい設定である。多種多様の宗教のいいとこどりだ。
霊能者にとって宗教の教え、その設定は、「かつて偉大なる賢者が霊界に通じ、その真理を伝えた。しかしそれは当時の世界情勢を鑑みたものであり、文化や風習によって伝わったもの。決して間違いではなく真実であり、しかし真実の全てではない。今、世界中が情報の網により一つとなったからこそ、真実の世界が明らかになったのだ」である。
……詭弁だ。
本当は、死後の世界なんて無い。いや、あるにはあるんだけど、そこに死者の霊たちが生活しているわけでもなければ、神仏や悪魔があるわけでもない。
人の魂は、転生を待ち、ただ静かに夢も見ない眠りについている。
それがお師匠様や鈴白さんが言う、世界の真相だ。受け売りを鵜呑みにするわけじゃないけど、私の体験からしてもそれは納得できる。
そして私は、その二種類の知識を、混同することなく覚えないといけないのだ。
「大変だなあ……」
私は頭を抱えた。先程も言ったが、これでは時間が足りない。視えない一般人を気取って距離を取り、ろくに調べようとしなかった過去の私自身を蹴り飛ばしてやりたい気分である。
試験まで、あと二週間。
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