最終話 海斗が選ばれた理由

 近くに川が流れる通りに差しかかったところで、道の向こう側からウィニーが歩いてきた。

 パンが入った紙袋を抱えていて、空いた方の手で何かを食べながら歩いている。


「おはよう」


「おう、昨日はよく眠れたか?」


「いいベッドだからぐっすり」


「そいつはよかった」


 ウィニーはそう言った後、紙袋からドーナツのようなものを差し出した。


「よかったら、一つ食べるか?」


「ちょうど歩いてお腹が空いたからもらうよ」


 俺はそれを受け取り、食べ始めた。

 見た目はドーナツのようだが、揚げてないようで油分は控えめ。

 甘さも控えてあって、朝食向きな味つけだった。

 この世界ではパンに分類されるのだろう。


「ちょうど話そうと思っていたことがあるんだ。ちょっと付き合えよ」


「何か用事? 時間はあるから全然いいよ」


 二人でパンを食べながら歩く。

 川辺に近づくと堤防のようになっており、ウィニーと土手の頂点の平坦なところに腰を下ろした。


「しまった。飲みものがあればよかったな」


「たしかにのどが渇くね」


 二人で談笑しつつ会話を続ける。


「お前に謝らないといけないことがある」


「急に改まってどうしたの?」


「お前とジンタのことで、分かっていたのに知らないふりをしたことがある」


「……どんなこと?」


 ウィニーの言葉に思い当たる節はいくつもある。

 勇者召喚、魔眼、それ以外にも。

 彼は何について知らないふりをしたのだろう。


「――目のことだ。おれの左目は生まれる時に何かの間違いで、魔王の影響を受けちまった」


「……えっ?」


 危うく手にしたパンを落としかける。

 ウィニーの言葉は思いがけないものだった。

 俺以外にも魔眼持ちがいるということか。

 しかし、彼は転移してきたようには見えない。


「まだ誰にも話したことはないが、魔眼には鑑定する力がある。相手の名前、特徴、ごく稀にスキルが見えることもある」


「それじゃあ……」


 ウィニーは全てを知った上で、旅団にスカウトしてくれたということか。


「正直、うれしかった。魔眼なんてとんでもないものを持つ人間が自分以外にもいたことが……」


「……その、鑑定眼を通して俺のことはどう見えるの?」


「名前とスキル、そっちの魔眼についての情報ぐらいだ」


 ウィニーは隠しごとをしているようには見えなかった。

 当てずっぽうで魔眼のことを言い当てることができるはずがない。

 

「それじゃあ、内川のことも?」


「ああ、そうだ。あいつのスキルは味方なら歓迎すべきだが、万が一敵に回った時は厄介になる。暗殺ギルドに入られた日には目も当てられない」


「アルカベルクでいなくなった時、スキルで隠れたら見つけようがないから、探すのをあきらめたってことなんだね」


 俺がそう伝えると、ウィニーは悲しそうな顔になった。


「あんなスキルで隠れられたら、どれだけ時間があっても見つからない。エリーのために出発するしかなかった」


「あの時はどうしようもなかった。まさか、あいつがあそこまで思いつめていたことは分からなかったから……」


「ヴィルヘルム陛下も明言されたが、ジンタが見つかるように手は尽くす」


「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」


 会話が途切れたところでパンを口へと運ぶ。

 眺めのいいこの場所からはさわやかな朝日と緩やかな流れの川が見える。

 ここが異世界だとしても、今この瞬間に自分が生きているという実感があった。




 ヴィルヘルム王が解放されて、一連の騒動は解決することになった。

 ルヴィン副兵長とフリッツ公爵は身分を剝奪されて、遥か彼方のマルネ王国とは無縁の地へ追放されるそうだ。

 それと国民の大半は唐突な王の交代に戸惑っていたようで、ヴィルヘルム王が戻ることで安心する人の方が多かったと聞いた。


 俺の右の魔眼、ウィニーの左の魔眼。

 この二つを無視することはできず、魔王のことは放置できそうにない。

 ただ一方で、魔王がどこにいるのかについての情報は皆無であり、旅団の面々にそれとなくたずねてもヒントは得られなかった。


 ヴィルヘルム王は約束を守り、内川を探すために大規模な捜索を実行してくれた。

 しかし、何の痕跡も見つかることはなく、絶対領域を持つ彼を見つけることは困難だと思い知る結果になった。


 深紅の旅団はガスパール王国を拠点にする必要はなくなり、マルネ王国に新たな拠点を設けた。

 王立兵団の兵長に戻ったウィニーは今までのように顔を出せなくなったが、サリオン、ルチア、ミレーナの三人は残っている。

 これからどうすべきか悩んだ結果、俺も旅団に残ることを決めた。




 マルネ王国近郊の森。ゴブリンが出たという報告を受けて、サリオンと一緒に来ている。

 今でもゴブリンを攻撃するのは恐怖でしかなく、俺は別の方法を選ぶことにした。


「サリオン、一体かかってる」


「どれどれ……見事なものですね」

 

 ゴブリンの好物でおびき寄せて、罠にかかると絶命するという仕組みだ。

 初めて見た時はゴブリンの遺骸をまともに見れなかったものの、少しずつ慣れ始めている。

 もっとも、積極的に見たいものではないのだが。

 

「悪いんだけど、耳を切るのやってくれる?」


「まだダメですか? 私は構いませんが、そろそろできるようになってもいい」


 サリオンは小言を口にしつつ、討伐成功を意味するゴブリンの耳をナイフで切り取った。

 彼が作業を終えたところで、罠を解体して王都へと戻る。

 依頼人に完了を報告した後、王都内の拠点へと移動した。

 

「おかえりっす」


「ただいま、今日はみんないるんだね」


 拠点として使っている大きな民家に旅団の面々が勢揃いだった。

 ウィニーはいつでも太陽のように大きな存在で、エリーは王位が戻ってからきつい性格が少しマシになった。

 サリオンは世話係としてお節介を焼きがちで、ルチアは肉料理ばかり食べさせようとする。

 ミレーナと知り合って少し経つが、相変わらず控えめな口数で感情表現は乏しい。


 勇者召喚されて、この世界に放り出された時は不安ばかりだった。

 それでも彼らがいてくれるのなら、生きていけると思えた。



 あとがき

 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。これにて今作は完結です。

 本作を読み終えた評価を★で頂けたらうれしく思います!

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魔王討伐のために勇者召喚されたんだが、予知の魔眼には敗北エンドしか見えない件〜力不足と城から追い出され、ゼロから始める異世界生活〜 金色のクレヨン@釣りするWeb作家 @kureyon-gold

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