無知 2-2

 昼間訪問したビニールハウスの前にあるベンチに到着したが、まだ『彼』はいなかった。帰ろうかと思ったが、日が沈み、あたりが暗くなるまで待つことにした。空は夕日に照らされているが、反対側の空からはすでに夜の黒い空が迫って来ている。

 着けてきたマスクを外し、ベンチの上に置いた。誰とも会うことは無いだろうと思っていたし、実際ここに来るまでに人の影は一切見なかった。だけど、今朝言われた、一応『彼』以外には顔を見せないように、という言葉に従った。

 その言葉が無くてもそうしたかもしれない。彼らは、少し怖い。彼らが同じ顔をしていることだけが理由ではないだろう。感情が無いわけではないのだろうが、何だか血が通っていないロボットのように、近寄りがたい感じがする。

 しかし、『彼』は違った。ビニールハウスの中で植物の説明をしているときは生き生きとしており、わたしが質問したら丁寧に答えてくれた。しかし、わたしと目を合わせることは照れ臭いようだった。

 『彼』から、夕食後に会えないかと言われたとき、すぐにOKした。わたしも、『彼』ともっと話したいと思っていた。

 目の前にそびえ立つ壁を見る。ここの敷地をぐるりと囲んでいる。

 この壁は、外の世界からここを守るために築かれたと教えてもらった。しかし、『彼』はこの壁の意味を知らないだろう。

 辺りが暗くなってきた。上を見上げると星が瞬き始めている。『彼』は、これらの星々の名前を知っているだろうか。植物のことを教えてもらった代わりに、星について教えてあげたい。

 ベンチに座る。

 一つ一つ知っていけばいい、と思った。お互いのこと。そしてこの世界のことも。

 人影が一つ、小走りでこちらに近づいてくるのに気が付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る