無知 RECORD-2
…問題は私の装置で生み出される体だ。ここまで言った情報だけでは夢のような装置だと思うだろう。確かに素材があれば、記憶を操作することでいくらでも自分に従順な人間を生み出すことができる。
しかし、時間制限がある。クローン体は1年が経過すると徐々に崩壊していく。細胞が崩れ、体を維持できなくなるのだ。この原因はいまだに私には分からない。それを究明する時間は、もう私には残っていない。
しかし先ほども言ったように、理論上は完成している。私がここで引きこもっている間に世界中で感染が広がったあのウイルスに感染した体を利用した。生命維持機能が停止した人体を動かすことのできるこの未知のウイルスが…人類の文明を破壊した「悪魔」が、私の研究を完成させるものであると信じている。…感染者の体を手に入れるために私の命を犠牲にした形となったが、後悔は無い。
残念だが、これが成功するとは言い切れない。だが、今作った『彼女』に賭けようと思っている。クローン体が崩壊することなく3年以上生きることができたら成功したと言うことだ。私はそれをこの目で確認することはできない。
私のクローン体を一体、同じような方法でこれから作る。彼の役目は、『彼女』の世話をすることだ。彼女と出会ったときの私を再現して記憶と年齢を調整した、他とは違う特別なクローンだ。
まだ言ってなかったが、この装置が完成したあと真っ先にやったことは、自らのクローン体を量産することだった。体を安定させる方法の実験もしたかったし、労働力としても必要だった。彼らがいなければ、この建物を増築することも、ここを囲んでいる壁も作ることができなかった。自分の体の崩壊が近づいたときには、この装置の簡単な操作方法を思い出し、自ら装置に入り、次のクローン体の材料となることをプログラムされている。
ここには多くの同じ顔をした男がいるだろうが、彼らは私のクローン体だ。不必要な記憶を消し、与えられた労働に従事するだけの存在だ。
そして、このコンピュータにログインできているということは、そう、君も私のクローンだ。そして、クローンの記憶のプログラムに不具合が起きたのでなければ、君は、これから作る特別なクローン体であるはずだ。すでに言ったかもしれないが、君が私の考えを理解してくれることを望んでいる。
さて、そろそろ切り上げて、装置の中に入らなければ。町に降りた際に私が感染したウイルスが…この敷地内で発症してしまったら、ここのすべてのクローン体に感染が広がってしまうことになる。
『彼女』には何も伝えたくはない。
ウイルスに感染した体を利用したと言ったが、それはつまり、ウイルスに感染した体をクローン体を作る際の材料にしたということだ。
もし…私の調整によって自浄作用を備えた『彼女』の体が…崩壊することなく、生き続けていられる完全な体であったなら…。『彼女』は、感染による滅亡の危機から、人類を救うカギになるかもしれない。
しかし、私は『彼女』にそんなことは背負ってほしくない。私は人類を助けたいわけではない。世界にたった一人の彼女を助けたかっただけだ。…私のやり方では彼女を助けたことにはならないのかもしれない。だが私にはこれしかできなかったのだ。
『彼女』は何も知らないままでいてほしい。彼女が生きることができなかった世界を、自由に生きてほしい。それが私の生涯を懸けた願いだ。
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