無知 1-2
俺たちの職場は大きな温室だ。二つのビニールハウスにいろんな植物が植えられている。
朝食を済ませた後、オレンジ色の作業服に着替えて仕事場へ向かう。朝食も服も、すべて本館と呼ばれる大きな屋敷から支給されている。本も、かつては本館から支給されていたらしいが、今は無い。昨晩読んでいた本は、本の支給が中断される前に誰かが隠し持ち、そのまま温室担当の部屋に置きっぱなしになっていたものだ。
午前中は同僚と二人でビニールハウスの周りの掃除だ。今は特に落ち葉が多い季節だ。木から落ちた黄色い葉っぱを掃きながら、状態の良い銀杏が落ちていれば、拾って落ち葉とは別の袋に入れる。銀杏は後でチーフに渡す。
チーフは現場監督者のようなものらしいが、頻繁にハウスに来るわけではなく、ほとんどオフィスと呼ばれる自分専用の部屋にいる。
本館に入るのは、チーフのいるオフィスに行くときと週に一度の健康診断のときだけだ。オフィスに行くと、チーフはいつも机に向かって何やら書類仕事をしている。一度オフィスに銀杏を届けに行ったとき、チーフからこっそり教えてもらったことがある。
「この書類たちはな、大したものじゃないんだ。軽く目を通してハンコを押したりするだけ。楽でいいぜ」
俺はチーフにあこがれていた。仕事が楽なのもいいが、オフィスという自分一人の部屋は魅力的だ。一緒の部屋で生活している同僚も同じように思っているだろう。チーフになると健康診断の頻度が倍になるらしいが、それくらいは些細な問題だ。散歩がてら植物と作業員を見にハウスに行き、あとはオフィスでゆっくり過ごす。理想的な生活だ。
チーフにそう言うと、笑いながら肩を組んできた。
「俺もそう思ってたよ。実際なってみると少し退屈だが、自分専用の部屋ってのはいい。カメラがあるから何でも好き勝手できるってわけじゃないが、カメラがあるのなんてこの部屋に限った話じゃないし、基本的には何しても大丈夫だ。お前もあと1年も待たずにここに来れるんだ。あっという間さ」
チーフは六か月ごとに変わっていく。現場の作業員は二人。一人がチーフになるとき、新しい作業員が入ってくる。つまり現場を一年やるとチーフになれる。同僚が次にチーフになり、その次が俺の番だ。
頑張りますと言って部屋を出ようとしたとき、ふと気になったことがあった。
「チーフをやった後は何をするんですか」
チーフは首をかしげた。
「さあな。自由に本館の中を動けるわけじゃないが、俺の前にチーフをやってたやつを見かけたことは無いな。でもそもそも服が違うから、会っても誰だか分からないな」
これ届けとくから、と言ってチーフは銀杏の袋を掲げた。お願いしますと言って部屋を出た。本館の厨房に持って行ってもらうと、夕飯に茶碗蒸しが出てくる。俺も同僚もチーフも、茶碗蒸しが好きだ。
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