無知 1-3
午後はビニールハウス内での作業になる。ハウスは二つあるので、同僚と俺で一人一つ担当する。掃除を終え、それぞれのハウスに行く。ハウスの横のベンチに座り、昼飯に持ってきたパンを食べながら、昨夜読んだ、というか毎晩読んでいる本のことについて考えていた。
恋。小さく声に出してみても、やはりわからない。恋とはどんなものか想像しようとしても、ぼんやりとした霧のようなものになるだけだ。パンをかじる。恋に落ちる。付き合う。なんだそれは。異性と付き合うといっても、それに何の意味があるんだ?
同僚やチーフに聞いたことがあるが、そもそもなんでそんなことが気になるのかと呆れられた。
同僚は「あんな訳のわからない文章よく読めるな」と言っていた。「眠れないときに読んでたな。1ページも進まないうちにぐっすり寝れるんだよ」こう話したのはチーフだ。二人はほとんどあの本を読まなかったらしい。
確かに頭の中には、考えても無駄だと言う自分もいる。だがそれでも考えずにはいられない。恋ってのは一体何なんだ?頭が混乱して来ている。
もうやめとこう。軽く頭を振った後、残りのパンを無理やり口に詰め込み、仕事にかかることにした。
午後の仕事も特別なことをやるわけではない。植物の水やり、ハウス内の温度管理などをやるだけだ。ただハウスが大きいので時間はかかる。ゆっくりやると終わるころには夕方になっている。
俺はハウスに入って大きく伸びをした。腐葉土のにおいと花の甘い匂いが混じった湿った空気を吸い込む。このにおいは嫌いではなかった。植物に囲まれ、幾分か頭がすっきりした。ハウスの中を見回して仕事にとりかかろうとしたとき、ハウスの外の人影に気が付いた。
チーフかと思いハウスを出ると、そこには二人の人物がいた。手前にいた男性を見て、自然と少し背筋が伸びた。着ている服が上下で色が違う。本館勤務の人だ。もう一人は女性だろうか。スカートをはいているが、見たことのないマスクをつけているので顔が見えない。
「ご苦労様。君はここの担当の人だね?」
「はい、なんでしょう…」
言い終わる前に、俺の意識は、マスクを外した女性の方にひきつけられていた。きれいな鼻筋に小さな口。くっきりとした眉に二重の目。
そして同時に、さっきまで悩んでいた問いの答えを、身をもって知った。誰かに教えられるまでもない。俺は今、恋に落ちたのだ。
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