第53話
すさんだ背中のライにブレイズは掛ける言葉が無かった。だが、人の気配がして、二人ともそちらに意識を向けた。しばらくして、男が一人現れた。その顔を見て、ライは目を細めた。
「あなたは…。」
「先程挨拶させていただきましたデュランです。イザベラ様に折り入って話したいことがあり参りました。」
「何でしょうか?」
ライがデュランに向き合うと、デュランはライの前に跪いて右手を差し出し、ライの手を取った。
「よろしければ、私と結婚していただけませんか?」
「……はい?」
「……はあ!?」
ライの作り笑顔が固まった。数拍置いて、ブレイズが驚愕の叫び声を上げた。
「け、結婚!?何で?今さっき知り合ったばっかりなのに?」
ブレイズは驚きのあまり素の口調でデュランに尋ねた。デュランはむっとしながらも答えた。
「私はイザベラ様に会った瞬間、運命を感じたんだ。知り合った時間は関係ない。」
「ちょ、ちょっとお待ちください。私には想い人がいると先程皆様にお伝えしたはずですが…。」
ライも慌てて言いつのったが、デュランは熱っぽくライの手を取った。
「それは聞きました。ですが、諦めきれないのです。あなたのように美しく、気品に溢れた方はこれまで見たことがない。ぜひとも私と共に生きる道を考えてはくれませんか?」
「そのようなことを言われましても…!」
ライが困惑した表情で手を振りほどこうとした時だった。
「……デュラン?何をしているの?」
ブレイズが声のした方を振り向くと、ブレイズに飲物を持っていくように助言してくれた気の強そうな女性が立っていた。女性を見て、デュランは舌打ちした。
「アイリス。何故ここにいる?」
「何故って、あなたが庭に行くのが見えたから…。それより、何をしているの?」
「何って、イザベラ様に結婚を申し込んだんだ。」
デュランの返事にアイリスはかっと顔を赤らめた。
「結婚を申し込んだ!?あなた、何を考えているの!?あなたは私の婚約者でしょう!?」
「婚約者!?」
ブレイズは再び驚愕の声を上げた。ライに至っては蛆虫を見るような目でディランを見て、手を払いのけた。だが、ディランはそれに気付かずに言った。
「婚約者と言っても家の都合で決められた政略結婚でしかない関係だ。私はイザベラ様に会い、運命の愛を見つけたのだ。お前との婚約は破棄する。」
「婚約破棄だなんて、あなたの都合で自分勝手に出来るものではないわ!それにあなたの家の事業に我が家がどれだけ投資したと思っているの?」
「そんなことは私の知ったことではない。第一、お前のことは最初から気に入らなかったんだ。気が強いし、出しゃばりだし、私に指図するし。別れることが出来て清々する。」
「な、何ですって……!」
アイリスは青ざめた顔でディランを呆然と見つめた。
「わ、私はあなたのためを思っていつも行動していたのに、そんな風に思っていただなんて…!いくらなんでも酷いわ!!」
そう言ってディランに向かって手のひらを振り上げた。しかし、それをライがパシリと止めた。キッとアイリスがライを睨みつける。
「何するの!放しなさい!」
「イザベラ様、私のことをかばってくれるだなんて…。」
ライにかばってもらったと思ったディランが陶然とした表情を向けるが、ライは再び蛆虫を見るような視線をディランに向けた。その視線にディランがたじろぐ。ライはディランから視線を外すと、アイリスに向き合った。
「あなたの手を痛める必要はない。」
そう言うと、ライはアイリスの手を両手でそっと包み込んだ。
「ここであなたがこの男を叩いてしまっては、婚約破棄の際に不利になってしまう。そうでしょう?」
「!」
アイリスは息を呑んだ。
「わざわざこのようなクズ男の為に、あなたの手を煩わせる必要はありません。」
「く、クズ男って…。」
酷い言い草にディランが抗議しようとするが、ライが視線で黙らせた。
「婚約者がいながら他の女性に求婚するなど、クズ男と呼ばずして何と言うのです?ああ、糞野郎とでも言った方がわかりやすかったですか?」
「く、くそ…!?」
美人の口から出てきた言葉にディランは呆気に取られた。呆然としたディランを放って、ライはアイリスに語り掛ける。ライの青い目がそっと細められ、輝きを増した。
「あなたは政略結婚でもこの男を夫として支えて行こうと努力されてきた。それを踏みにじられて怒りに駆られている。そして同時に悔しさと悲しさを覚えている。……この男に愛してもらいたかったのですね。」
ライが語り掛けるように尋ねると、アイリスの瞳からポロリと涙が零れた。
「婚約者として引き合わされた時から、嫌われていることは薄々気づいていながらそれを見ないふりをして、きっといつかお互いにパートナーとして支え合えるはずだと信じて頑張って来た…。」
「あ、あなたに、何がわかるのよ!?」
アイリスがしゃくり上げながらもライをなじった。
「私はいつかディラン様に愛してもらえると思って努力してきたわ!勉強も、ダンスも、何もかも!でも、ディラン様は振り向いてくれなかった!いつも他の女性ばかり見て、私のことは後回しにして…!」
「なぜ、この男に愛してほしいのですか?」
「だって、婚約者なのよ!?政略結婚でも、愛し愛される関係でいたいじゃない!」
「この男に、本当にそれだけの価値がありますか?」
「え?」
「あなたのことを嫌い、邪険に扱い、見下す男ですよ。結婚しても、その態度は変わらないでしょう。あなたが費やした努力と時間に見合うだけのものを、この男は返してくれるのですか?」
「………。」
アイリスは答えなかったが、沈黙が答えだった。
「そうでないのなら、あなたの方から婚約を破棄してしまいなさい。」
「でも、私達の婚約は、家同士の契約で…。」
「あなたの両親は、あなたが不幸になることを見過ごすような人達なのですか?」
「それは違うけれど……。今婚約破棄したら、もうまともな縁談は望めなくなるわ…。」
しょんぼりした様子でアイリスが言った。だが、ライは更に問いかけた。
「結婚することだけが、あなたの幸せですか?」
「どういう事?」
「王城の侍女や家庭教師など、働いて身を立てることもできるでしょう?」
「…そんなこと、考えもしなかったわ。」
「努力を重ねてきたあなたなら、女性ながらに出世し、認められることもあるでしょう。もしかしたら、働いているうちに男性から見染められることもあるかもしれません。そんな生き方も、あるのではありませんか。」
「………。」
涙で濡れたアイリスの瞳に力が宿った。
「……そうね。それもありかもしれないわ。」
アイリスはにこっと笑って言った。そして、呆然としたままのディランに言い放つ。
「ディラン様、あなたの申し出通り、私達の婚約は破棄いたしましょう。ただし、あなたの有責で破棄いたしますから、たっぷりと慰謝料は払っていただきますわ。」
「な、何だと!?」
ディランはアイリスの言葉に慌てた。
「慰謝料なんて払わないぞ!」
「いいえ、払っていただきますわ。そうと決まれば早速お父様達にご報告しなければ…。」
「ふざけるな!この女狐!」
後ろを向いたアイリスに、激高したディランが襲い掛かった。
「危ない!」
「きゃあ!」
ライがアイリスをかばっている隙にブレイズがさっと動き、ディランを取り押さえた。
「放せ!この野郎!」
「大人しくしろっての!」
拘束から逃れようともがくディランの前に、ライがしゃがみ込んだ。ディランはライに助けを求めた。
「い、イザベラ様!何かの間違いですよね?俺はあなたのことを愛しているんです!運命なんです!」
「あら、そうなの。でも、ごめんなさいね。私はあなたのことを愛していないし、運命を感じてもいないの。」
ニッコリ、と微笑んでライはディランを一刀両断した。その言葉に、ディランは茫然自失となる。
「そ、そんな…。」
「そもそも、婚約者を大事にせず他の女に熱を上げるような男は信用ならないわ。それに、運命って言葉、私大嫌い。」
ばっさりと切り捨てられたディランはもう言葉もなく項垂れていた。ライはディランが抵抗を止めたのを見届けると、立ち上がってアイリスに手を差し伸べた。
「さあ、会場へ行きましょうか。ご両親への説明に口添えいたしますわ。」
「まあ、ありがとうございます。イザベラ様、とお呼びしても?」
「構いませんわ。……ベルナルド、あなたも戻りましょう。」
急に声を掛けられたブレイズは戸惑った。
「え、でもこいつはどうするんだ?」
「もう暴れる気力もないでしょうから、放っておいて構わないわ。」
ライの言う通り、ブレイズはそっとディランから手を放したが、ディランはがっくりと項垂れたまま動きもしなかった。
「さあ、行きましょう。」
ブレイズはライに促されるがまま、会場へと戻った。
◇◇◇◇◇
「は~っ!そんなことがあったんだ!」
夜会終了後。無事にブレイズとライ、テオの三人は夜会会場を後にし、宿へと戻ってきていた。三人とも普段の服装に着替えて、お互いの状況を報告し合っていた。
「その後、ライがアイリスの両親に事情を説明したら大激怒して、ディランの両親は顔真っ青になってた。婚約についての話し合いを後日しようって話になってたけど、あれはもう確実に破棄されるだろうな。」
「そんな面白いことになってただなんて、俺もちょっと見たかったな~。」
テオが冗談交じりにそう言うと、ライが呆れたように言った。
「男女の痴話げんかなんて首を突っ込むものじゃないぞ。」
「それに巻き込まれた本人が何を言うのさ。いや、むしろ原因作った張本人?」
「何が張本人だ。オレは巻き込まれただけだ。」
「いや、ディランって奴がライの女装姿に惚れ込まなければ今回の婚約破棄騒動にはならなかっただろう?」
「あの二人の不仲具合だと、いずれにせよ婚約破棄に至っていただろうよ。」
ライはふんと鼻を鳴らして言った。
「そう言えばライ、あの二人が前から仲良くなかったってよくわかったな?アイリスを慰める時に色々言ってたけど…。」
「二人の雰囲気と会話の内容から考えれば、ディランが一方的に嫌っていて、アイリスが何とか関係を修復しようとしていたことぐらい、すぐにわかる。」
「いやでもあの言い方は二人のことを前から知っていたんじゃないかってくらいだったぞ?」
「それは半ば賭けだったが、二人の関係性から推測して話していたな。」
「賭けだったのかよ。」
ブレイズはライの返答に呆れた。
「まあな。それより、テオの方はどうだった?」
「ばっちり。裏取引の帳簿見つけてきたよ。」
そう言うとテオは冊子をライに渡してきた。ライはそれをぱらぱらとめくる。
「……ドラル=ゴアへの密輸品か。」
「魔法石に美術品、絹織物…。高価な品物を関税かけずに輸出して、差額分を儲けているみたいだな。」
「…そうだな。」
ふと、ページをめくるライの手が止まった。
「これは、薬草か?」
「何々…。確かに薬草だ。何でこんなもの密輸してるんだ?」
テオもライの手元を覗き込み、不思議そうに言った。
「ドラル=ゴアは北国だからこの種類の薬草は育たないが、それでもわざわざ密輸する品物ではないだろうに…。」
そう言うとライは静かに考え込んだ。ブレイズはそっとテオに尋ねる。
「薬草が密輸されてるのっておかしいのか?」
「密輸する品物は高価な物が多いからな。この薬草はそこまで高くないし、わざわざ密輸をする意味がわからないんだよ。」
「単純に隠して取引したかっただけじゃないのか?」
「いや、これそんなに危ない品物でもないし、普通にそこら辺の市場でも取引されてるような品物だからね。」
ライ同様ブレイズとテオも考え込んだが、答えは出ないまま、夜は更けていった。
魔術師達の放浪記 藤山かりん @mtfuji-karinn020114
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