第52話
夜会の前日。仲介所に集まったライとテオはどんよりとした雰囲気を纏っていた。ブレイズが気の毒そうに声を掛ける。
「結局やってくれる女性見つからなかったのか…。」
「くそっ、何で断られたんだ…。」
「俺も全部振られた…。」
落ち込むテオだったが、ばっと顔を上げると言った。
「ライ、こうなったら覚悟決めろ!お前が女装するしかない!」
「絶対に嫌だ。お前がしろ。」
「俺は潜入して帳簿のありか探さないといけないから出来ないの!そもそも体格的に厳しいし。」
「ブレイズ…。」
「俺も体格的に無理。ライがこの中で一番華奢な体してるんだから、それしかないよ。」
「ぐっ……。」
「そもそも、ライの依頼で潜入調査することになったんだぞ。お前がやるべきだ。」
ジト目のテオに迫られ、ライは観念したようにがっくりと頭を垂れた。
「………わかった。」
◇◇◇◇◇
夜会当日。ブレイズ達はテオの伝手でとある洋服店へ来ていた。そこで、ブレイズは貴族の正装に、テオは従者の服装に着替えた。
「ライはまだなのか?」
「女物のドレスだからな。化粧もあるし色々時間かかるだろう。」
「だけど、女装なんて大丈夫なのか?ライが一番適任だったとは思うけど、男の体格じゃ流石に無理があるんじゃ…。」
「そこはライの顔面偏差値に賭ける!」
しばらくして、洋服店の女主人が扉をノックした。
「お待たせいたしました。準備が整いましたよ。」
「おお!出来たか。どんな感じ…。」
ブレイズとテオが立ち上がって扉の方を見ると、そこには絶世の美女が立っていた。
黒髪をアップに纏め、うなじからは色気が漂っている。切れ長の目は青い瞳と相まって冷たくも見えるが、ミステリアスな美しさを醸し出していた。心配していた体格もオフショルダーのドレスによって肩回りがカバーされてちゃんと女性の体格に誤魔化せていた。紺色のドレスがシックな色合いで大人っぽい雰囲気に良く合っている。
ブレイズとテオは言葉も忘れて見惚れた。だが、次の瞬間ライが不機嫌そうな表情で睨みつけてきた。
「何か文句でもあるか?」
「え、いや!ない!つかすげー似合う!」
「ほんと想像以上!」
ブレイズとテオの言葉に、ライはふんと鼻を鳴らして首にかけたネックレスに触れた。
「幻惑の魔術をこれにかけた。このネックレスを着けていれば女性らしく見えるようになっている。」
「凄いな!魔術ってそんなこともできるのか。」
「あくまでそう見えるだけだ。触られればバレる。」
そう言いながらライはしずしずと歩いて来た。
「だから他の男に触られないようにフォローを頼むぞ?ブレイズ、テオ。」
にっこりと笑ったライに、テオが呻いた。
「嘘だろ…。俺、おかしくなったのかな、ライが可愛く見える…。」
「テオ、しっかりしろ!これから潜入するんだろ!?」
「だって、こんな美人に化けるなんて思ってなかっただろ!?ブレイズは平気なのかよ!?」
「平気な訳ないだろ!?この隣に並んで歩くとか自信ないって!」
「何馬鹿なことをしている。とっとと行くぞ。」
真顔に戻ったライが呆れたように言った。慌ててブレイズとテオがライの後について行く。
三人が馬車に乗り込むとテオが説明を始めた。
「設定のおさらいからするぞ?ライとブレイズは田舎の男爵家出身でいとこ同士。二人とも夜会に参加するのはこれが初めて。俺はブレイズの従者。屋敷に着いたら二人は夜会会場に行って適当に貴族や商人と話をしておく。俺は従者の控室で待機になるから、その隙に屋敷を探す。良いな?」
「適当に話しておくって、結構難易度高いと思うんだけど…。」
「大丈夫。田舎出身の貴族だからそんなに目立ちはしないし、声を掛けられることはあまりないはずだ。」
テオはそう言ったが、ライをちらりと見て続けた。
「あー…。多分な。どうしても貴族の相手が出来なかったら体調が悪い振りをしてバルコニーなり庭園なりに逃げ込め。そうすれば人もまばらで話しかけられることも少ないだろ。」
「テオが証拠を回収できたらすぐに退散するのか?」
「ああ。回収できたら、お前達に急用ができたと言って帰るように促すから、そこで退散だ。万が一証拠品を回収できなかったとしても夜会の終了時間までには戻ってくるようにする。」
「わかった。」
「他に何かあるか?」
「テオ、これを渡しておく。」
そう言ってライがテオに手渡したのはカフスボタンだった。
「これは?」
「通信機。魔術で会話が出来るようになっている。もしトラブルに巻き込まれた際はそれに話しかけろ。オレのイヤリングと通信出来る。」
「了解。」
テオは早速従者服の袖にカフスボタンを取り付けた。
「今回剣を仕込めなかったから、オレの使い魔はリアだけだ。ブレイズは誰を連れてきた?」
「ナイフだけ仕込めたからレスタとトアだ。」
「何事もないことを願うが、万が一の場合は即座に離脱するぞ。」
「ああ。」
「後は貴族の振る舞い方だけど、ブレイズ、大丈夫か?」
「う、多分…。この二週間付け焼刃で覚えたから何とかなるとは思う。」
「心配するな。田舎貴族って設定だから何とかなるはずだ。」
しばらくして、夜会会場の屋敷が見えてきた。馬車が静かに止まる。
テオが最初に馬車から降り、次にブレイズが降りる。ブレイズは馬車から降りると最後に降りてくるライのために手を差し出した。
「ありがとう。」
にこりとライが微笑む。その微笑みに立っていた護衛の兵士が見惚れるのが分かった。
「お名前を頂戴してもよろしいでしょうか。」
「ベルナルド・フォードとその連れのイザベラ・フォードだ。」
ブレイズは予め伝えられていた偽名を告げた。護衛の兵士がリストと見合わせて頷いた。
「ようこそいらっしゃいました。会場はこちらです。」
案内を受けて三人は歩を進めた。会場入り口に来たところで、テオが二人に声を掛ける。
「では、ベルナルド様、イザベラ様、私はここで失礼いたします。何か御用がありましたら会場の係の者にお申し付けください。」
「ああ。わかった。」
ブレイズはぎこちないながらも答えた。そして、会場の扉が開かれた。
会場の灯りが見えた途端、貴族達の視線がブレイズ達に集まった。というより、ライに視線が集まった。
「おや、あの方々は?」
「見ない方ですわね…。初めての方かしら」
「なんて美人なんだ…。」
「あれほど美しい人は見たことがないぞ。」
こそこそと自分達のことが話されているのが聞こえてきて、ブレイズは緊張が高まった。そんなブレイズの腕をそっとライが引っ張り、小声で話しかけてきた。
「そんなに緊張するな。」
「そうは言われても…。」
「物珍しさから話題にされているだけだ。ただの田舎貴族と分かればすぐに興味を失うさ。」
「……だと良いんだけどな。」
話題の九割がライの美しさのせいだとは言えず、ブレイズは黙るしかなかった。
ブレイズとライは遠巻きに見られながらも壁際の目立たない位置に陣取った。しばらくして主催者の挨拶がなされ、音楽が流れ始める。それに従い、参加者がダンスを踊り始めたのを、二人はそっと眺めていたが、不意に声を掛けられた。
「あの、よろしいですか?」
「何か?」
声を掛けてきたのは一人の若い青年だった。ブレイズは内心ビクビクしながらも平静を装って答えた。
「私はバートン男爵家のジャックと申します。そちらの美しい女性を紹介していただきたい。」
「え?」
突然のことにブレイズはどう対応すべきかわからず戸惑ったが、ライが代わりに返事をした。
「まあ。美しいだなんて、お上手ですね。」
「いえいえ、本当のことです。よろしければお名前を伺っても?」
「イザベラ・フォードと申します。こちらはいとこのベルナルドですわ。」
「イザベラ様。夜会に参加されるのは初めてですか?」
「ええ。二人とも初めてなので、緊張しています。」
にこり、と微笑んだライにジャックは頬を染めた。
「それは不慣れなこともあるでしょう。良ければ私が色々とお教えしますよ。」
「まあ、ありがとうございます。」
そこに割って入る声があった。
「待て、ジャック。俺にも紹介しろ。」
「俺もだ!」
あっという間にライの周りには男達が群がり、ブレイズは男達に押しのけられてしまった。人だかりとなったのを見て、ブレイズは一人呟く。
「男にも有効なのか、天然たらし…。」
ライの姿が見えなくなってしまい、ブレイズはどうするべきか悩んだが、できることは何もないと判断すると、軽食コーナーへと足を運んだ。軽食コーナーには色とりどりの食事が並べられており、普段食べることのできない御馳走にブレイズは目を輝かせた。
「お、美味そう…。」
ブレイズは給仕に頼んで適当に軽食を皿に持ってもらうと、壁際に移動して食べ始めた。ちらり、とライがいる方を見ると、相変わらずの人だかりになっていた。
「人気だなあ…。」
「ちょっと、あなた。」
「はい?」
サンドイッチを口に入れた途端、横から声を掛けられた。ブレイズは咀嚼しながらそちらを見ると、気の強そうな女性が一人立っていた。
「お連れの方があんなに男性に囲まれているのに、助けにいかなくてよろしいんですの?」
「助けに、ですか?」
「いくら好意的に見られていても、大勢の知らない男性に囲まれていては恐ろしいものですわ。」
「はあ…。」
(実際はライも男だから怖くないだろうけど)
という言葉は言えず、ブレイズは生返事をするしかなかった。
「もう、聞いているんですの?」
「あ、はい。」
「私は助けに行きなさいと言っているのです。」
「ですが、このような場合、どう動けばよいかわからなくて…。」
「もう!飲物でも持って渡しに行けば良いのですわ!」
「わかりました。」
言われた通り、ブレイズは給仕から飲物を受け取るとライの方へと歩いて行った。人だかりの後ろまで来ると大声でライに声を掛ける。
「ら、…イザベラ!」
その瞬間、周りの男達の視線がブレイズに突き刺さった。いくつかは殺気交じりの視線になっている。
「ベルナルド!」
ライがほっとしたような表情で、ブレイズに駆け寄って来た。
「飲物を持ってきたよ。どうぞ。」
「ありがとう。皆さんと話して喉が渇いていたから助かったわ。」
ライは飲物を受け取る瞬間笑顔ではあったが目が笑っていなかった。それを見てブレイズは引きつった笑顔で答える。
「ご、ごめん。」
「あら、謝る必要はないわ。」
ふと、ライを囲んでいた男達の内の一人がブレイズに話しかけてきた。
「そこの君。」
「はい?」
「君はイザベラ様とどういった関係なんだ?」
「え、ただのいとこですけれど。」
「いとこ…。では、彼女と婚約していたり恋愛関係にあったりする訳ではないんだな?」
「婚約!?恋愛関係!?」
ブレイズは男の質問に驚愕した。ライは遠い目をしている。
「そ、そんな訳ありません!」
ブレイズの回答に、後ろにいた男達がほっと安堵のため息を吐くのが見えた。
「それなら良かった。先程彼女にダンスを申し込んだのだが、想い人がいるからと断られてしまってな。まさか君ではないかと噂していたところだったよ。」
「………。」
「………。」
男の言葉にブレイズはジト目でライを見たが、ライは視線をさっと逸らした。
「…ダンス踊れないって素直に言えば良かっただろうに。」
「…虫よけのつもりで言ったんだ。どこかの誰かがオレを置いていったからな。」
「うぐっ。」
ブレイズは小声でライを責めたが、ライにやり込められた。男は二人のやりとりに気づかず、ライの前に跪いた。
「イザベラ様、改めてダンスを申し込みたい。」
「お、俺も!」
「私もです!」
目の前に何人もの男が跪く様子を見て、ライは軽く眩暈がした。
「も、申し訳ありませんが、体調がよろしくありませんの。失礼させていただきますわ。ベルナルド、一緒に来てくれる?」
「え、うわ!」
そう言うと、ライはブレイズの腕を引っ張って会場を出た。ずんずんと歩いていくライにブレイズは引っ張られるがままについて行く。しばらく歩き、二人は庭へと出た。人影が他にないのを確認して、ブレイズはライに声を掛けた。
「ライ、大丈夫か?」
「…大丈夫だと思うか?」
地獄の底から響くような声が聞こえてきた。
「色目を使ってくる男共に囲まれて、ダンスを申し込まれ、遠くにいる女共からは殺意を向けられ…。気づいていたか?オレの周りにいた男共の中には婚約者がいる奴もいたそうだぞ?色目を使うなら自分の婚約者に使えっての…。こんなことなら最初から魔術防御を解除して侵入したほうがよっぽど楽だった…。」
「そ、そうだったのか…。」
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