【短編】ラスボスはミルクティー ~優雅な昼下がりは誰にも邪魔させない!!~

ほづみエイサク

【短編】ラスボスはミルクティー ~優雅な昼下がりは誰にも邪魔させない!!~

 私は今、猛烈に落胆している。


 夫に約束を反故ほごにされたせいだ。


 二人で都合を合わせて、日帰り温泉に行く予定だった。

 だけど、前日になって「ごめん。どうしても外せない仕事ができた」と突然断られてしまった。


 本当は朝飯もお弁当も用意しないと思ったのだけど、あまりにもかわいそうに思えて、ちゃんと用意してあげた。

 私ってえらい!


 でも、結局私は今日一日暇になってしまった。


 夫の温もりよりも、温泉の温もりが恋しくて仕方がない。


 かと言って、一人で温泉に行くのも気が引けてしまう。

 全力で楽しめない。


 こういう時は気分転換が一番だ!



「近所の図書館に行こう!」



 近所の図書館は、オシャレな雰囲気が漂うことで有名だ。

 サンルームにハンギングチェア(吊るされていて、ハンモックみたいに揺れる椅子)が置かれていて、そこで読む詩集はサイコー過ぎる。

 その時だけ、自分が知的で優雅な女だと思い込むことができてしまう。


 これ以上の気分転換はない!


「そうと決まれば!」



 早速お気に入りの詩集を取り出して、昔なじみのブックカバーに入れる。

 学生時代に一目ぼれして買ったものだ。

 幾何学的な米織小紋を撫でていると、なんだか哲学的な本を読んでいる気分を味わえる。


 ブックカバーに包まれた詩集と水筒。

 それらを優雅な動作で鞄に入れる。


 すると、ちょうどテーブルに伏せていたスマホが鳴った。

 着信音からして夫からの通話だ。


 今は声を聞きたくない。

 無視を決め込むことにしよう。

 現実に引き戻されてしまうから。



(スマホはあえて置いていこう)


 

 また夫から連絡が来て『優雅な昼下がり』の邪魔をされたらたまったものじゃない。

 文句を言われても「家に忘れていた」の一点張りで何とかなる。



(スマホって、なんで鳴って欲しくないときに鳴るんだろう)



 そんなことを考えながら、外用の服に着替えて、明るめの化粧をする。


 これで準備ができた。


 意気揚々と出かけようとした瞬間、私は足を止めた。



(そうだ! アレ・・があった!)



 思い立ったが吉日だ。

 早速、台所へ向かった。

 そして、棚の奥に仕舞われた袋を引っ張り出す。



「あった! ロイヤルミルクティー!」



 衝動買いしたけど、勿体なくて飲めていなかったものだ。

 『優雅な昼下がり』にはぴったりな


 パッケージ裏を見て、用量を確認する。

 だけど、同時に嫌な数字も見えてしまう。



(賞味期限、切れてる……)



 私はガックシと肩を落としてしまう。


 賞味期限が切れているせいで、魅力は半減した。

 しかも、粉のミルクティーの賞味期限は2年近くある。

 そんなに放置してしまっていたのが、あまりにも悔しい。



(つい先月買ったぐらいの気分なんだけど……!)



 諦めきれなくて、粉をそのまま・・・・舐める。


 その瞬間、芳醇な紅茶とミルクの香りが鼻孔を駆け抜けていった。

 舌は幸せな甘さでいっぱいだ。


 一気にグーンとテンションが上がって、私は高らかに叫ぶ。



「うん、全然おいしい! 賞味期限がなんだってんだ!」



 それに賞味期限の食べ物なんて、何度も夫のおつまみとして出してきた。

 粉が少し過ぎたぐらいで、お腹を壊すことはないだろう。


 ルンルン気分で水筒に入れた。

 全部鞄に詰めて、準備は整った。


 家を出て、きちんとカギを閉めた。


 空を見上げると、とても清々しい青空で、まるで私の『優雅な昼下がり』を後押ししてくれているように思えた。


 

「いざいかん! 図書館!」



 そうして一歩踏み出した瞬間――


 ピョン、と。


 クロネコが目の前を横切った。


 私はクロネコとしばらくにらめっこを続けた。

 だけど飽きてしまったのか、相手は逃げ出してしまった。

 


(不吉だ)



 そう思いながらも、図書館へと向かう。


 しばらく歩いていると、嫌な相手・・・・が近づいてくるのが見えた。



「あらぁ、久しぶりね!」

「お、お久しぶりです」



 私は思わず眉根を寄せた。

 でも、そんな些細なことを気にするほど、繊細な相手ではない。

 むしろ無遠慮の権化みたいな人だ。


 長話が大好きなおばちゃんだ。


 彼女に一度捕まったら、一時間以上は拘束されてしまう。

 しかもほとんど家族に対する愚痴しか話さないのだから、たまったものじゃない。


 

(今つかまるわけにはいかない……!)



 私は何か策はないかと周囲を見渡す。


 だけど、おばちゃんは容赦なく話しかけてくる。



「今日は旦那さんと一緒じゃないの?」

「夫は仕事です。それに、別にずっと一緒にいるわけじゃないですよ」

「あらそう? いつもイチャイチャしているイメージだけど」

「そんなことないですよ。」

「あらまあ。大変ね。実はウチも同じ感じでね――」


(ヤバイ! 愚痴が始まる!)



 火事場の馬鹿力だろうか。

 私はついに見つけた。


 ちょうどいい突破口を。


 おばちゃんの言葉を遮るようにして、私は叫ぶ。



「あそこに旦那さんがいますよ!」



 指さした先には、おばちゃんの旦那さんがいた。



「あらほんと。あなた――」



 おばちゃんが声をかけようとした瞬間、時が凍り付いた。


 気づいたのだ。

 私も遅れて気付いた。


 夫の隣に若い女性がいて、手を繋いでいることに。


 私は恐る恐る


 だけど、もうおばちゃんの姿はどこにもない。

 怒りに満ちた山姥やまんばへと変貌してしまったから。



「その女は誰なの!?」

「ひっ! なんでここにいるんだ!?」



 それからは修羅場だった。


 清々しくて気持ちのいいお天道様の下で、血みどろの喧嘩をしている。


 できれば見たくなかった。



(あー。昼ドラの放送時間、今頃だったなぁ)



 そんな愚にもつかないことを考えながら、私は逃げるように立ち去るのだった。




◇◆◇◆◇◆

 



「やったーーー! 図書館に着いたぞ!」



 ついつい叫んでしまって、周囲からの不審な視線が突き刺さる。

 私は申し訳なさそうに頭を下げた。


 だけど、心の中は裏腹だ。



(昼ドラ展開の後も大変だったから、仕方ないじゃん!)


 

 本当に大変だった。

 ある時は、足を怪我した子供を助け――

 またある時は、交通事故で喧嘩している人達を仲裁し――

 はたまたある時は、ひったくり犯をラリアットで捕まえたりもした。


 まるで私の『優雅な昼下がり』を邪魔するみたいに、様々な試練が立ちはだかったのだ。


 でも、私はそれらに打ち勝って、図書館に足を踏み入れた。


 目的のハンギングチェアがあるのは2階だ。


 いつもはエレベーターを使うのだけど、今はとっても気分が良くて、階段を昇ることにした。


 鼻歌混じりに階段を進んでいくと――



「ちょっと、そこのあなた!」


(なに!? 図書館の中でも試練!?)



 相手は清掃のおばさんだ。


 私はとっさに身構えた。

 だけど、次の言葉に目を丸くすることになる。



「スカートが濡れてるわよ!?」

「へ?」



 すぐさまスカートを見る。

 左半分だけぐっしょりと濡れてしまっていた。


 なんで濡れているのか。


 自然と視線が鞄に向く。

 これまたグッショリと濡れてしまっている。

 

 その中に入れていたのは――



「あ―――――――――――――――――!!!!」



 私は高い叫び声を上げた。


 急いで鞄の中身を確認する。


 案の定、水筒のキャップが開いていた。

 もう中身はほとんど残っていない。


 ワンタッチで開閉するタイプなのだけど、しっかりロックできていなかったのだ。


 鞄の中にはミルクティーの湖ができていて、本もブックカバーもビショビショになってしまっていた。



「詩集が!!!!」



 半狂乱に叫ぶと、おばさんが「トイレで拭いてきなさい」と同情された。


 私は清掃員のおばさんに何度もお礼を告げてから、トイレに駆け込んだ。


 トイレの個室にて。

 場違いなロイヤルミルクティーの香りを漂わせながら、私は鞄とスカートを何度もトイレットペーパーで拭いた。


 ある程度拭き終わって、図書館を出た。



 ふいに空を見る。



 さっきまで清々しく思えていた晴天。

 今は憎たらしくて仕方がない。



(クソ、今夜は夫の嫌いな料理ばかり用意してやるっ!)



 そう心に誓いながら、トボトボと家に帰るハメになった。



 ラスボスはいつも、不注意な自分自身なのだ。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

面白かったら、☆やハートをよろしくお願いします!!!


実はこの話、ほんの一部だけ実話でして……

サーフェスGO3(一台目)のお墓を立てておきます(゜_゜>)

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