ナギサちゃんと出会って、初めての冬が訪れた。
カレンダーの2月11日には、赤丸がマークされている。私の誕生日だ。
食卓に広がる料理は、お嬢様の手作り。
オムライスに、ビーフシチュー。プラスで、付け合わせのサラダだ。
「子供っぽいもの、頼み過ぎたかな?」
「ふふふ。飾らない性格が、かわいいです」
「ものは言いようだ」
「誕生日ぐらい、素直に受け取ってください」
微笑で、瞳をみつめられる。
圧に負けて、頷くしかなかった。
ケーキは、用意していない。
甘い物は不得意だし、ロウソクを数えたくなかった。
ビーフシチューをすくう、ナギサちゃんを、観察する。
背筋は、カンガルーのように伸びている。スプーンの動作は、きめこまやか。
瞬きを忘れていると、視線が合った。
「どうしましたか?」
「ううん。麗しいなって」
「……母親に仕込まれたので」
「頑張って、覚えたんだ」
「褒めてもらえて、ちょっと、報われた気がします」
「……そっか」
ビーフシチューも、オムライスも、イチゴが入ったように、甘い。
食べ終わると、口の周りを、拭いてくれた。
「あの……恵巳さん。プレゼント、受け取ってくれますか?」
「うん」
「あたし、誰かにプレゼントを送るの、はじめてなんです」
「え、そうなの?」
「そんなことをしている暇があったら勉強しなさい。ママから、言われたんです」
返事もせず、ラッピング袋を受け取る。
リボンを解き、覗き込む。
小さな、化粧箱。
飾り気はない。シンプルで、肌触りがいいだけだ。
「開けていい?」
「……はい」
鼻息を抑えながら、フタを開ける。
中身は、カモメのピアスだった。3羽が、雄々しく飛び立っている。
一瞬、疑問が浮かぶ。
「……ピアス穴、ないんだけど」
「あの……だから……」
言い淀む、小さな、お口。
手のひらには、ピアッサーが乗っていた。
「ナギサちゃんが、開けてくれるの?」
「……いい、ですか?」
私の間抜け顔が映った、瞳。ろうそくのように、溶けていく。
「わたしの耳たぶに、穴、空けたいの?」
「……ダメ、ですか……?」
おねだりに、脳が、揺らめいた。
「うん。ナギサちゃん、かわいい」
「……ありがとう……ございます」
ビーフシチューの匂いが充満した、部屋。
ウェットティッシュのアルコール臭が、耳元から、漂った。
「冷たい」
「すみません。我慢してください」
念入りに、何度も消毒される。
指の動きが、ぎこちなくて、私の肩が強張った。
「これくらい、でしょうか」
「やり過ぎじゃない?」
「……」
耳たぶに、触れられた。
指先を通して、心音が伝わる。
「すごく、ドキドキしてるね」
「恵巳さんは、なんでピアスをしてこなかったんですか?」
「うーん。オシャレに無頓着だったからかな」
「似合うのに、もったいないです」
「いやー。自信ないなー」
キズひとつ無い指が、ピアッサーを持ち上げた。
見えなくとも、空気で伝わる。
今、私の耳たぶに、太い針先が、突きつけられている。
「あの、恵巳さん、私の左手を」
「きっと、痛いよ?」
「思いっきり……お願いします」
「あ……うん」
上顎と下顎の間に、白魚のような手が、侵入した。
漁船に乗ったみたいに、頭がクラクラする。
「じゃあ、行きますね」
「……うん」
目を閉じて、待つ。
荒い呼吸が、髪を揺らした。
痛みは、一瞬。
電撃のような痛覚が駆け抜け、全身の筋肉が、収縮した。
「どう、ですか?」
「……あれ?」
ふと、気付く。
ナギサちゃんの手を、全く噛んでいない。
「予想より痛くないかも。ナギサちゃん、上手」
「……そう、ですか」
右耳の次は、左耳。
流れた血は、お嬢様の舌で舐めとられた。
「あの……。恵巳さん、ピアスが3つあったのは、気づいていますか?」
「あったね」
「ひとつだけ、おヘソ用なんです」
シャツを捲られ、お腹が露出する。ひんやりとした指が、腹部の窪みを、撫で回した。
「あたし、恵巳さんの体で、一番ここが好きなんです……」
「だから、傷つけたいの……?」
「……はい」
私の返事は、決まっていた。
おヘソの穴開け後、ナギサちゃんは、撫でていた。
深い噛み痕が刻まれた、左手を。
私は、ヘソのピアスを、つつく。
胎児の時、母親と繋がっていた、部位。
血のつながりの、象徴だ。
私は、他人で年下の少女に、傷つけられたんだ。
飛び立つカモメを愛でるたびに、思う。
ああ。
血縁を否定されるって、とっても気持ちいい。