第62話 子供
翌日、ファリスが報告してきたところによると。
ベリクには人間の妻がいて、特に怪しいところもなく、普通の人間のように過ごしていたらしい。仲間と連絡を取っている様子もない。魔族だと指摘されなければ、魔族だと疑うことすらしなかったくらい、自然に人間を演じていたのだとか。
「一晩だけじゃはっきりとは言えないけど、あたしには人間に見えた。ベリクって本当に魔族なの? 魔族がつけていた腕輪を、単にアクセサリーとして身につけてるだけじゃない?」
朝食の前、火猿たちの部屋に集まって話し合いをしているときに、ファリスは疑わしそうに言った。
ザーラは、平坦な声音で答える。
「確証はないけれど、あれは魔族だと思うわ」
「何か、根拠みたいなものはある?」
「もしあれが人間なら、『こういう腕輪を身につけている人間がいたら気をつけろ』と言うでしょうね。鑑定能力がなくとも、身につけている腕輪がどんなものかは理解しているはずだもの」
自分で身につけてみると、ステータス欄でそれが何かはだいたいわかる。ベリクが何も知らないわけはない。
「あ……それは、確かに。人間に紛れている魔族を探しているなら、そのヒントになる魔法具のことを伝えるはず……」
「魔法具の形は、腕輪とは限らないわ。ピアスだったり指輪だったり、様々。でも、少なくともそういう魔法具が存在することは伝えないとおかしい。あいつは魔族よ。何をしているのかは、私にもわからないけれど」
ザーラの指摘はもっともで、やはりベリクは魔族なのだろう。
しかし、何故人間のフリをして、結婚までしているのかはわからない。
火猿が首を傾げていると、ティリアがザーラに尋ねる。
「……ねぇ、話が少しずれるけど、人間と魔族って、子供を作れるの?」
「なかなか生まれないけれど、可能ではあるらしいわよ」
「そうなんだ……。その子供って、人間? 魔族?」
「どちらでもないし、どちらでもある。そして、どちらの種族よりも強い力を持つこともあれば、逆に虚弱になることもある。生まれてみないとわからない」
「そっか……」
「昨夜はカエンと子作りでもした?」
「ち、違う! そういうことは、してない!」
ティリアがさっと顔を赤くする。ザーラは嘲るように薄く笑った。
「まぁ、あなたたちが何をしようと知ったことではないわ」
「……わたしたちのことは、今はどうでも良くて。単に、ベリクが人間に恋をして、ごく普通に夫婦になっただけってこともあるんじゃないかって、思っただけ」
「それはないわね」
「なんでよ」
「魔族は人間に恋をしないし、人間を愛することもない」
「……ザーラは、全部の魔族を知っているの?」
「知らないわ」
「カエンだって、一般的な魔族とは違う。もしかしたら、カエンみたいな魔族だって他にもいるかもしれない」
「可能性の話をするのなら、いるのかもしれない。でも、本当にごくごく稀よ。人間に優しいフリをした魔族に騙されたくなければ、魔族は全員人類の敵と思っておく方がいいわね」
「そう……」
「人間基準で言えば私はそれなりに生きてるけれど、カエンに会うまでこんな魔族を見たことはなかった。こいつ、一体なんなのかしらね?」
ザーラが火猿を見て首を傾げる。
その疑問に、火猿は答えない。
「俺のことはどうでもいい。ベリクがここで普通に村人として過ごしているとして、奴が魔族の片鱗を見せるまで待つか、こっちから正体を暴くか、だな」
さっさと殺してしまいたいとも、火猿は思った。村に長期滞在する理由はない。
ただ、相手に密かに仲間がいた場合は厄介。想定外の敵から不意打ちを食らうのは危険だ。
「ファリス、もう一日くらい様子を見ておいてくれ。本当に単独でこの村にいるようだったら、さっさと片付けてしまおう」
「うん、わかった」
ファリスは引き続き調査を続け、火猿たちは一日村に滞在する。
火猿とティリアは共に行動し、ザーラとファリスは別行動。
村は平穏で、悪人がのさばっている様子もない。
何事もない一日が過ぎていく……と思っていた、昼下がり。
「魔族だ! 魔族が出たぞ!」
村の誰かが叫んだ。
その声がした方に、火猿はティリアと共に走る。
ベリクが正体を現したのではないか、と思ったのだが、ある大きな家にいた魔族は、まだ十歳くらいの幼い女の子だった。ブラウンの髪を肩ほどに伸ばしていて、左右のこめかみ当たりから二本の角が生えている。肌の色も青白い。
魔族の特徴を示しているが、火猿は若干の違和感を覚える。
(こいつ、妙に興奮しているな)
魔族は荒ぶる人型の獣ではない。知性も理性もある。
殺人のときには興奮を見せるが、人間的な部分は残している。
しかし、その少女はただ獣のように呻き、荒ぶっている。
「孤児院の子だ!」
「魔族だったんだ!」
「逃げろ! 襲ってくるぞ!」
周辺の人たちが騒ぎ、逃げていく。
実際、その少女は周囲の人を襲う。手近にいた同じ子供を殴り、その子供の頭部が反転した。
「子供とは思えん腕力だな」
「カエン、冷静すぎ。他人の命はどうでもいいっていうのはわかるけどさ」
「まぁ、とりあえずティリアはここで待ってろ」
(しかし、あれは本当に魔族か? あんな魔族、見たことないぞ?)
違和感を覚えつつ、火猿は刀を一本作り出す。
殺すのは簡単だが、生け捕りにして様子を見たい。
「おい、こっちだ」
火猿が少女の前に躍り出ると、少女は獣の動きで火猿に突っ込んでくる。
(俺の敵じゃないな)
まずはその両足を切り落とし、機動力を奪う。
さらに、倒れた少女の両腕も切り落として、無力化。
少女は手足のない状態でジタバタと暴れ回る。
このままだと失血死してしまうので、火猿は鞭を作りだし、それで少女の止血をした。
少女はまだ暴れており、残された歯で火猿を襲おうとする。
(人間だったら雷の鬼術で一撃だが……)
ふと試してみたくなり、火猿は雷の鬼術を少女に浴びせる。
少女はけいれんし、そのまま気絶した。
(おいおい、なんで俺の鬼術が通じるんだ?)
何が起きているのかはよくわからない。
ただ、角を生やし、青白い肌をした少女は、どうやら人間のようだ。
人類の敵である魔族(鬼人)に転生したので、素直に『悪』の道を突き進む。……赤い死神なんて洒落た呼び方はいらない。ただの悪党で十分だ。 春一 @natsuame
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