第61話 夜

 詳しい話は、食堂を出てからすることにした。


 四人が火猿とティリアの部屋に集まり、小声でひそひそと話す。



「ザーラは、魔法具の効果が見ただけでわかるのか?」


「普通はわからないわ。でも、あれはわかる。だって、私が協力して作った魔法具だもの」


「ああ、なるほど」


「魔法具作成を得意とする魔族がいてね。人間に化けられると便利だからって、私が協力してそういう魔法具を作ったの。ベリクとはお互いに顔も知らないけれど、あれを持ってるってことは、十二死星の関係者でしょうね」


「あいつが魔族だったとして、ここで何をしているんだ?」


「それは私にもわからない。私がダンドンで遊んでいたように、ベリクもこの村で遊んでいるんじゃないかしら」


「そうか。相手が魔族だっていうなら、ついでに殺しておくか」



 ベリクが何を企んでこの村にいるかは不明。しかし、ほぼ全ての魔族がザーラやヴィノのように危険な存在であるのなら、殺しても問題ないだろう。



「好きにしなさい。私たちに勝てない相手じゃないでしょ。少なくとも、ベリク単体なら」


「仲間がいるかも調べた方がいいな」


「そうね」



 情報収集は得意ではない。しかし、ベリクが表向き冒険者であるなら、調べられることもあるだろう。



「ねぇねぇ、あいつ、殺すの? 殺すなら、わたし、食べてみていいかな?」


 

 急に猟奇的なことを言い出したのは、当然ティリア。



「お前、本当に魔族を食う気か」


「うん。少しでも強くなれる可能性があるなら」


「まぁ、人間と魔族は種族が違うし、同族を食べるほどの忌避感は覚えなくていいのか……」


「わたしだって流石に人間は食べない……こともない、かもしれない。それで強くなれるなら……わからないかも……」


「やめとけ。強くなれたとしても、何か失っちゃいけねぇものを失っちまう気がする」


「……わかった。火猿がそう言うなら」



 ティリアが頷き、次にファリスが口を開く。



「簡単な身辺調査なら、あたしができるよ」


「お前のスキルでか?」


「うん。そう。こういう感じ」



 ファリスが鞄から細長い紙を取り出す。おふだに似ており、黒いインクで模様が描かれている。


 ファリスはそれを地面に置き、魔力を込める。すると、紙が小さな蜘蛛の姿になった。



「この蜘蛛が見聞きしたものを、あたしは共有できる。動かせる範囲は広くないし、攻撃能力も全くないんだけど、気配もごくわずかだから、そう簡単にバレることもない」


「へぇ、そんな便利なこともできたのか。それは副作用なしで使えるのか?」


「これは大丈夫」


「思っていたより有能だ。早速調べてみてほしいが、居場所はわかるか?」


「うん。だいたいわかる」


「……わかるのか。そういえば、俺たちの居場所も見つけてたな」


「まぁね。詳細は、まだ内緒」


「じゃあ、調べてみてくれ」


「うん」



 ファリスの操る蜘蛛が部屋の外へ出て行く。



「まぁ、調べてはみるけど、もう寝ていて何も動きはないかもしれない。ベリクに対して何かするとしても、明日でいいんじゃないかな」


「まぁ、そうだな」


「あたしは自分の部屋で調査を続けるから、皆はもう休んでて。もし、緊急の何かがあれば起こすよ」


「わかった」



 ファリスとザーラが去っていき、火猿とティリアが残される。



「ようやく二人きりだね?」



 ティリアがどこか甘えた声を出した。



「ああ、そうだな。明日は何かと忙しくなるかもしれないし、さっさと休もう」


「もう! またそうやって素っ気ない態度!」



 火猿は手早く就寝の準備。ティリアもそうしながら、恨めしげに火猿を睨んでいた。


 火猿がベッドに入ると、ティリアがピタリと貼り付いてくる。



「暑いぞ。もう夏だ」


「……暑くない」


「そうかい。もうお好きにしろ」


「ねぇ、カエン」


「なんだ」


「わたし、そんなに魅力ない?」


「そういうことを言うのは、あと三年は早い」


「……年上みたいなこと言うけど、カエンの精神って一体何歳なわけ?」


「さぁな。自分でもよくわからん。俺はある程度知識を持って発生したタイプだから、人間と同じ尺度では語れん」



 魔族には、自然発生するタイプと、魔族の親から生まれるタイプがいるらしい。前者はある程度の知識を持って生まれてくるもので、その仕組みはよくわかっていない。


 火猿は前者という扱いになっており、生まれて数ヶ月のくせに大人びた性格をしていても、不審がられることもなかった。



「わたしが十七歳になったら、カエンはわたしを、女として見るようになるの?」


「かもな」


「そう……。あと三年かぁ……。わたし、生きてるかなぁ……」



 ティリアが不意に寂しげな声を出した。



「三年後に生きている自信がないのか?」


「……はっきり、必ず生きてるとは思えないかな。カエンとの旅は危険だし、わたしはやっぱり弱いし」


「俺が必ず守る、とは言い難いな。ヴィノには連れ去られたし、あのときは危なかった」


「カエンは自分の命を最優先にして。わたしのことは、二番目でいい。カエンがわたしより先に死ぬなんて絶対に嫌」


「お前はお前の命を最優先にしろよ」


「それは無理」


「……そうか。なら、好きにしろ」


「うん。好きにする。でさ、わたしは、ファリスのおかげでちょっとは強くなれたけど、まだまだ弱い。ふとした拍子に死んじゃうかもしれない。そのときに、あれをしておけば良かった、とか後悔したくない」


「妥当な発想だ」


「だからさ。わたし、まずは一つ、伝えておこうと思って」


「なんだ?」


「わたし、カエンのこと、好きだよ」


「まぁ、知ってる」


「知ってるかもしれないけど! そんなさらっと流さなくていいじゃん! バカ!」


 ティリアが火猿の耳を引っ張る。本気で耳をもごうとしているかのような力の入れ方。



「おい、流石に痛いぞ」


「痛くしてるの! 乙女の決死の告白をなんだと思ってるの!?」


「別に何とも思ってないわけじゃないさ。そう思ってくれる奴がいるのは、ありがたいことだよ」


「だったらもうちょっとそういう雰囲気を出してよ!」


「俺が急に照れ始めたら気持ち悪いだろ」


「それはそうだけど……」


「俺に愛やら恋やらを期待するな。俺にできることは、お前と一緒にいて、お前をなるべく守ることくらいだ」


「……それでいい、とも思うよ。ただね、一個だけワガママを言うなら、死ぬ前にキスくらいはしてみたいとは思うんだ。恋人としてとか、そんなんじゃなくていいから」


「……それはつまり、今したいってことか?」


「……うん」



 しばしの沈黙。


 火猿は、どうするか少し迷った。


 いつもはティリアの誘いを適当に流してしまうのだが、今回はもう少しちゃんと対応すべきだと感じた。


 人殺しであっても、ただのクズになりたくないのならば、相手の真剣さには応えるべきだろう。


 火猿は体の向きを変え、ティリアと向かい合う。



「あ、え? ほ、本当にしてくれるの?」


「お前の希望だろ」


「そう、だけど……」


「一つ、約束しろ」


「……何?」


「俺が許すまで、死ぬな」


「……うん」



 ティリアが頷いて、目を閉じる。



(俺が二十歳で、ティリアが十四歳。日本だったらアウトだな。まぁ、ここは日本じゃないから、これくらいはいいだろ)



 火猿は自分を納得させてから、触れ合うだけの柔らかなキスをした。


 火猿にとって、初めての経験というわけでもないのだが、少し緊張した。


 すぐに離れて、火猿はティリアに背を向ける。



「……寝るぞ」


「……うん」



 ティリアは火猿に身を寄せてくる。



「ありがとう、カエン」



 その声は、いつもより甘く蕩けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る