第60話 村
街道を進んでいると、夕方頃、火猿たちは農村に差し掛かった。
凶悪な魔物が少ない地域なのか、村の周りに二メートル大の柵はあるものの、大きな壁などは建設されていない。
宿があるかは怪しいが、食料の調達くらいはできるはず。火猿たちはその村に立ち寄ってみることにした。
村の入り口である柵の切れ間に、槍を持った見張りの中年男性が一人。
村に入るのならば一度全員顔を見せてくれと言うので、火猿たちは荷台から降りる。
「お前さんたちは冒険者かい?」
見張りの問いに、火猿が答える。
「いや、ただの旅人だ。冒険者のようなこともやっているが、冒険者証は取得してない」
仮登録をしたことはあるが、結局本登録にはいたっていない。
「旅人ね……。どうしてわざわざこんな辺境に来てるんだ?」
「ちょっと通りすがっただけだ。いくつか人里を経由して、王都に行くつもりでいる」
「へぇ、王都に? まぁ、なんの目的があるのかは知らねぇが、今は近づかねぇ方がいいって噂だぞ」
「ほぅ? どうしてだ?」
「最近、魔族狩りってのが流行ってるらしくてな。人間に化けた魔族だと疑われると、酷い拷問を受けた上で処刑されるんだと」
「人間と魔族って、区別は付かないのか?」
「上手く化けてる奴もいるみたいだからな。はっきりとはわからんようだ。処刑されてる中には魔族もいるようだが、全員がそうかはわからん。酷い拷問をされれば、自分が魔族じゃなくても魔族だと宣言しちまう。そして、そういう奴も魔族として処刑される」
「なるほど」
(俺の世界で言うところの魔女狩りってところだな。世界が変わっても、人間のやることはそう変わらんわけだ)
実際に魔族が存在する分、存在しない魔女の疑いをかけるよりはマシなのかもしれない。
「お前さんたちも、王都に行くなら言動には気をつけな。ちょっとでも魔族と疑われると、もう生きて町から出られんらしい。そもそも行かない方が良いとも思うが……」
「少し考えてみる。情報、ありがとよ」
「若いもんが理不尽に処刑されるのなんざ、見たくねぇからな」
「ああ、俺たちも死ぬつもりはない。それで、俺たちがこの村に入るのは問題ないか?」
「まぁ、お前さんたちなら大丈夫だろ。ただ、通行料はもらうぞ。一人二千ゴルドだ」
指定の料金を払い、村の中へ。
「そういえば、この村に宿はあるか?」
「ああ、あるよ。そこの長屋が宿だ。まぁ、ボロい宿だが、野宿よりはマシだろう」
「わかった。助かる」
火猿たちは、入り口から五百メートルほど先にある長屋に向かう。木造の簡素な家で、確かにあまり上等な家ではない。
しかし、休めれば問題はないので、火猿たちはそこを今晩の宿と決める。
四人で三部屋を確保。火猿とティリアは同室だが、ファリスとリシャルは個室だ。道中はプライベートな時間を過ごすことができないため、宿に泊まるときくらいはそういう時間を確保しようという試み。
火猿も個室が良いという希望はあるものの、ティリアの要望で、二人は同室になっている。
同室になっても、男女的な何かをするわけではない。ティリアはそれとなくそういう流れにしようとしているが、火猿がさらりとかわしている。十四歳に手を出すつもりはない。
なお、辺境の村に旅人がやってくることはあまりないようで、宿泊客は火猿たちだけ。宿の店主も、普段は農業をしているそうだ。
宿では食事も提供してくれるというので、それもいただくことにした。パン、スープ、肉の串焼きという定番の食事だったが、これはこれで味は悪くない。火猿は割と気に入っている。
食堂での食事の途中、リシャルが小声で言った。
「私のことは、この国ではザーラと呼んでちょうだい」
あえて反対する者はいない。
火猿は頷きつつ、尋ねる。
「構わないが、昔、何かあったのか?」
「そうね。それなりに知られた名だから、もしかしたら余計なトラブルを招くかもしれない」
「そうか。じゃあ、これからお前はザーラだな」
リシャル、改め、ザーラ。
とっさに呼び間違えそうなので、注意が必要だ。
食事も終え、火猿たちがそれぞれの部屋に行こうとしたところで、一人の青年が食堂に入ってくる。
金髪碧眼の優男風だが、帯剣しており、立ち振る舞いからもただの農夫ではないことがわかる。
(かなり強そうだな。俺やザーラほどではないと思うが……)
青年は火猿たちのところへ来て、尋ねてくる。
「君たちが旅人だね? 僕はベリク。この村の冒険者だ。念のため確認しておくが、まさか、魔族が紛れてたりしないよね?」
魔族狩りに関わる面倒な相手だろうか。少々疑問に思いながらも、火猿は答える。
「俺たちは人間だ」
ベリクがじっと火猿を見据える。
スキルか何かで真偽を確かめようというのではなく、己の眼力を頼りにしている風。
「……そうか。いや、疑ってすまない。最近、この国ではよく魔族が見つかるんだ。それで、僕も少し過敏になってしまっていてね」
「それは、単に魔族と疑われた人間、という意味ではなく?」
「違う。本物の魔族だ。角が生えているから間違いない」
「そうか」
「君たちが人間だというのならいいんだ。ただ、どこに魔族が潜んでいるかわからない。気をつけてくれ」
「ああ、忠告ありがとよ」
「うん。それじゃあ、僕はこれで」
ベリクが去っていく。
その背中が見なくなったところで、ザーラがフフと笑った。
「どうした?」
ザーラは軽く周囲を確認。食堂内には、今のところ誰もいない。
「あいつ、魔族よ。腕に人間に化けるための魔法具をつけていたわ」
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