第4話 おはよ
「じゃあ怜ちゃんには今日からここに住んでもらうから色々説明してくね。」
「分かった…。え?ここに住むの??」
「じゃあ逆にどこに住もうとしてたの?」
「うーん…?ホテル的な…?」
「付き合ってんのにわざわざホテルに泊まることないでしょ。ほらほら行くよ。」
付き合って初日から同棲かぁ。流石にハードルが高いが人間ではないようだし価値観が違うのかもしれない。今の私に選択権なんてないのだから黙って従うことにする。
「なにしてんのー、行くよー」
「あ、今行行きます。」
取り敢えず今居るところがどんなところか把握してみようかな。
黒惺さんに一通り説明してもらって思ったのがこの人は案外良いところに住んでいたようだ。特に大きな窓がついているリビングはお気に入りで景色がとても良い。ここに住んで良いと言うならずっとここに居るのも良いかもしれない。
「こんな感じで説明は終わりだけどどうかな?」
「良い家」
どうと言われてもこんな感想しか出てこない。
「それはよかった、じゃあもう夜も近いしお風呂にでも入ってくれば?服は適当に置いとくから。」
「あ、うん。ありがとう。」
さっき彼に教えてもらった通りにお風呂へと向かう。お風呂場の扉を開くと四角い木の枠で出来たおしゃれな浴槽があった。日本人として浴槽が綺麗だとなんだかテンションが上がってしまう。
お湯に手を入れてみたが良い感じの湯加減だったためそのままお風呂に浸かって今日一日あったことを冷静に思い出してみた。色々あったがどうやら私は妖怪に誘拐されたようだ。まぁ今のところ悪い人ではないし、日常のつまらなさに悩んでいたからこれも運命と思えば楽しいかもしれない。というか、彼は本当に私のことが好きなのだろうか、いまいち一目惚れしたから攫ってみたはしっくり来ない。
1つだけ浮かんでいたアヒルのおもちゃを鳴らしながら考える。しかし、他人の気持ちなんていくら考えたところで分かるわけないかと開き直って取り敢えずこのお湯を楽しむことにした。
お風呂からあがると、自分のジャストサイズの浴衣と下着が置いてあった。黒惺さんが用意したのだろうか…、少し複雑である。
「お風呂あがったよ」
「おかえり〜、浴衣似合ってんじゃん」
部屋に帰ってきたもののなんだか恥ずかしくて「これを用意したのは黒惺さん?」とは聞けなかった。多分というか十中八九で黒惺さんだろうけど。
「俺も入ってきていい?」
「どうぞ、ドライヤーってある?」
「そこの棚の下から2番目に入ってるから勝手に使って良いよ」
「ありがとう」
「じゃあ、俺は風呂入ってくるからなんかあったら呼んでね」
そう言って彼はお風呂へと消えて行った。彼に許可を貰ったのでドライヤーを棚から拝借させて頂いた。何気にこれから一緒に住む相手に敬語は変かと思ってタメにしてみたのだが何も突っ込んで来なかったな。それならこのまま行かせてもらおう。
無心でドライヤーを終えるとやることがなくて暇になってしまった。机の上に用意されていた水を飲みながら椅子のうえでぼーっとしていると眠くなってきた。周りは静かだし、部屋は適温だしで睡魔が襲ってくる。必死に耐えていたつもりだったがいつのまにか眠ってしまっていた。
「……い、おーい」
「ん、」
「お、起きた?」
「今…何時…?」
「もう22時だね、今日は色々あって疲れているだろうしもう寝る?」
「うん…」
寝起きで意識がまだ朦朧とする中でなんとか答える。気を抜くとすぐ瞼が落ちてくる…。というか半分はもう落ちてる…。
「どうやらもう限界のようだね」
そう言って黒惺さんは私を抱き上げてあの鳥の巣ベッドまで運んでくれた。初めての鳥の巣ベッドはとてもふかふかだったけどちゃんと堪能する暇もなく私は夢の中へと落ちて行った。
目が覚めるとあの綺麗な翼と腕で抱きしめられながら私は寝ていた。どうやら2人とも同じ向きで寝ているようで今は羽根しか見えないが、黒惺さんはまだ寝ているようだ。男の人に抱えられながら寝るという中々緊張するシチュエーションのはずだが見えているのが羽根だけだからか大きな鳥に抱えられているような気分で違う意味で緊張する。起きたいけどこの羽根が案外重くて持ち上がらない。腕も取れない。どうしようもないので黒惺さんが起きるまで羽根を観察することにした。相変わらずとても綺麗な黒色である。バレないように恐る恐る触ってみると根本の方は軸みたいなところがしっかりとしていて固かったが、先の方は毛がメインらしくとてもふわふわしていた。黒の鳥というとカラスを想像していたけどなんか違う気がする…。触り心地が良かったので撫でたり、猫吸いのように顔を埋めたりしてふわふわ感を楽しむ。
「おはよう、何してんの?」
「え、」
いつの間にか起きていたらしい。
「可愛いことしてんじゃん」
「猫吸いならぬ鳥吸い」
「なんだそれ」
そう言って黒惺さんの方を振り返ると急に心拍数が上昇した気がした。
「お、ようやくこっち見た。おはよう。」
「…おはよう。」
おぉ…かっこよ…。そうだ、この人顔も良かったんだ…。
「そろそろ起きて朝食食べない?」
「うん」
少し惜しかったがふわふわな羽根とおさらばしてベッドから起き上がる。顔を洗いに行ったら洗面所に昨日着ていた服が洗濯されて置いてあったのでそれをまた着て部屋に戻る。すると先に支度を終えたらしい黒惺さんが朝食を用意して待ってくれていた。今日の朝ご飯はおにぎりとお味噌汁らしい。お味噌の美味しそうな匂いが空腹をくすぐる。
「いただきます」
うん、超おいしい。昨日も食べたけど黒惺さんの作るおにぎり最強すぎる。大根の千切りのお味噌汁とシンプルな塩むすびの相性がよすぎる。たまに塩むすびは物足りないという馬鹿がいるがそんな人とは多分仲良くなれないと思う。
「どうかな、美味しい?」
何故この人はこんなに自信がなさそうなんだ、こんなに美味しいのに。
「はちゃめちゃに美味しい」
「よかった」
思わず真顔で言ってしまったが伝わっただろうか。
「ご馳走様でした。」
「お、食べ終わった?なら今日のことについてなんだけど…。」
「うん」
「今日は怜ちゃんの日常品を買いに行くよ」
「わかった」
監禁とは言わなくても軟禁ぐらいはされるものだと思っていたから少し驚いた。なるほど、あの大きな窓から見える街に出かけられるのか。それは楽しみだな。私は結構その土地の郷土料理とか特産品が気になるタイプである。
「じゃ、早速だけど出かけるよ」
そう言って黒惺さんは玄関の方へ向かった。
「え、飛ばないの?」
「え、飛びたいの?」
「うん」
そりゃ、何も言わずに勝手に抱っこされて飛ばれたら怖いが…。もう既に一度経験済みだし自分では飛べないのでレア感あるから飛べるなら飛んで欲しい。
「怖くないの?」
「最初は怖かったけど慣れたら楽しかったからまたやってよ」
「怜ちゃんのお願いなら全然良いけど…。じゃあほら、おいで。」
「あ、うん」
自分で頼んでおいてなんだが、自分から所謂お姫様抱っこをされに行くのは恥ずかしい。でも流石におんぶは落ちそうで不安だし、抱っこは景色が見えづらそう…。
「ありがとう…ございます…。」
抱えられて顔が赤くなっているのが自分でも分かる。とても恥ずかしい。やっぱり歩けばよかったかも。
「照れちゃって可愛いじゃん、そしたら出発するよ」
そう言って黒惺さんは窓を開けて外に飛び出す。
やっぱりちょっと怖いかもしれない…。前だけ見てればよかったのに下を見てしまってそう思った。
「大丈夫?怖くない?」
鳥でいうホバリング状態の黒惺さんが話しかけてくる。ちょっとシュールで怖さが薄らいだ。
「少し怖かったけどもう大丈夫」
「そう?それならこのまま行くよ」
そう言うと黒惺さんは突然、何故かそのまま羽根を閉じて自由落下を始めた。
「ぎゃあああああああああああああああああああ」
絶叫系は大の苦手であるため死を覚悟した。
黒惺さんは大爆笑していた。やっぱりこの人信用ならん。
地面に着く少し前に黒惺さんはまた羽根を出してゆっくり降りて行った。
「大丈夫?生きてる?」
「死んでる」
「死んじゃったか〜」
絶対こいつ許さない。そう気持ちを込めて睨みつけた。
「俺に抱き抱えられながら睨みつけられても怖くないんだよな〜。ちょっといたずらしただけじゃん、許してよ」
黒惺さんに笑いながらそう言われて地面に降ろされた。
「許さないから」
「なんでも買ってあげるからさ、ほらここ可愛い小物がたくさんあるって巷じゃ女の子に人気なんだよ?」
「ふーーーん」
なんでも買ってくれるっていうなら高いもの買ってやる。そう心に決めた。
「ほら早く案内してよ」
「じゃあまずそこのお店に行こう」
どうやら外から見る感じ洋服の店らしい。この地域の物価や通貨はよく分からないが絶対高いの買ってやるからな。そう思って2人でその店に入った。
最後まで愛せ 奇妙なきのこ @wired_mushroom
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。最後まで愛せの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます