第3話 帰れないなら居座ってみようかな
「あの、ここはどこですか?」
「えーっと、俺の部屋!」
「は?」
ものすごい笑顔で俺の部屋宣言をされた。なんで連れてこられたのだろうか。さっき自分がいた部屋に返してくれればそれでよかったのに…。
というかこの部屋めっちゃ鳥の巣っぽいな。主にベッドが鳥っぽさを出している。どうやって作ったのかは知らないが良い感じに曲がっている大きめな木の枝で枠組みを作り、そこにふかふかそうなクッションを置いている。完全に私たちがよく見る鳥の巣の大きくなったバージョンだ。ちょっと寝てみたい…。
「ごめんね、俺にとっては自分の部屋が1番落ち着くから連れてきちゃった。」
「まぁ、来てしまったからにはしょうがないのでいいですよ。」
「ありがとう〜、お茶でも飲む?てかお腹空いてる?」
よく考えると朝起きてから何も食べていない。あまりの出来事に忘れていたが、他者に聞かれると自分がお腹を空かせていることに気付いてしまう。気づいた途端にお腹がすごい空いてくる。
「あ、お願いします。お腹も少し空いてて何か食べさせてもらってもいいですか?」
「了解、少し待ってて。部屋から出なけりゃ自由にしてていいからね〜」
そう言い残して謎の鳥人間は何処かへ行ってしまった。することもないので部屋を観察してみる。1番気になるのはあのベッドだが流石に他人のベッドに無断で上がるほど非常識ではない。そのため2番目に気になっていた天井から垂れ下がっている卵型の椅子に座ってみようと思う。たまにホームセンターとかで見かけるあれだ。ちょっと高いが気合いで何とか登れた。低反発なクッションが座りやすいし卵型だからか妙に安心する。大きな窓から見える景色も素晴らしい。この椅子には星5評価を授けよう。この椅子とベッド以外は割と普通の部屋だった。どうやらあの人はセンスが良いみたいで部屋は家具や雰囲気がナチュラルな感じで統一感されている。そんなこんなで目新しい部屋を堪能しているとあの人が帰ってきたみたいだ。
「お、その椅子がお気に入り?リクエスト聞くの忘れちゃったからおにぎりとお茶でいい?嫌なら他の持ってくるけど…」
「それで大丈夫です。ありがとうございます。この椅子いいですね、面白くて気に入りました。」
彼はそう言って持っていたお盆を近くのローテーブルに置くと前に座るよう促してきた。大人しく椅子から降りてローテーブルの前に座る。
「どーぞ、食べて食べて」
「あ、はい。いただきます。」
海苔の巻かれたおにぎりが2つと氷の入った冷たいお茶が置かれていた。知らない人から貰った物は食べてはいけないと幼稚園の頃から言われているが今は例外というやつだ。何事にも例外というのは存在するのである。不可抗力である。まずは1口食べてみると普通に美味しい、鮭のおにぎりだった。しゃけフレーク系ではなく焼いた切り身がそのまま入っている。夢中になって半分ぐらいまで食べていると目の前に座っている人が話しかけてきた。
「どう?美味しい?お茶も飲んでゆっくり食べてね。」
「とても美味しいです。ありがとうございます。これもう一つの方は何が入ってるんですか?」
「昆布だよ、俺が作ったんだ。喜んでもらえて何より…。食べてる途中で悪いんだけど、食べながらでいいからお話聞いてくれる?」
「はい、何でしょう」
「ありがと、それじゃあまず自己紹介からいこうか。俺の名前は黒惺、君の名前は月崎怜ちゃんであってる?」
「え、あ、はい。」
おにぎりを食べながら答える。なんでこの人私の名前知ってるんだろう…と少し怖くなった瞬間、急に空気が変わった。胡散臭そうな雰囲気は消え、真剣に話しかけてくる。
「本題はね、はっきり言うとこれから怜ちゃんには俺と一緒に住んで欲しいんだ」
「え?」
「あ、別に監禁するとかじゃないよ」
また胡散臭そうな笑顔に戻って話を続けようとしてくる。
「何言ってるんですか?嫌ですよ、これ食べたら家に帰る方法を聞こうと思ってたぐらいですし…」
何を言っているのか分からないため、相手の方を見ると窓から入ってくる西日がちょうど当たって、綺麗だなと思っていた目が反射でさらに輝いているように見えた。そして私は気付いてしまった。私の分の影はあるのに彼の分は無いということに。
「無いよ、ここから帰る方法なんて1つもない。そろそろ勘づいていると思うけどここは本当に君がいた世界ではないし、俺は人間ではない。神話とかで聞いたことない?その世界の食べ物を食べてしまうと世界と自分との繋がりが出来て帰れなくなるってお話。ここまで言えばもう分かるよね?」
なるほど、このおにぎりを食べた時点で私は詰んでいたのか。というか人間じゃないって何、人間じゃないなら何の生き物なの、妖怪かなにか??
この状況に多少の不安は抱きながらも、少なくとも黒惺さんは私に危害を加えようとしているわけではないっぽいので、人間ではないという生き物の生態に興味が湧いてきた。知らないことは知りたくなるのが人間という生き物である。ということで帰れないのなら仕方がない、質問していこうと思う。
「質問があるんですけどいいですか?」
「え、うん」
まさか質問されるとは思ってもなかったような顔をしている。
「ではまず人間じゃないってどういうことですか?宇宙人なんですか?それとも妖怪みたいな感じですか?」
「妖怪だね。翼がある時点で分かるかもしれないけど最新版の烏天狗とでも思ってくれると分かりやすいかな。俺は烏じゃないけどね。」
「妖怪って本当に存在したんだ…」
信じるか信じないかで言えば私は信じている方だったが本物を見ているとなると謎に感動してしまう。それに烏じゃなきゃなんなんだ。そんなに綺麗な黒い羽根を持っていて烏じゃないとは…?
「現代人の怜ちゃんはもっとびっくりしてくれると思ってたんだけどなぁ…。まぁ、怖がられるより全然良いけど」
「妖怪の存在は信じていたので驚きというより本物を見れている感動の方が強いですかね」
「変わってんねぇ」
「変わってるかどうかは置いといて、次の質問です。私はどうして連れてこられたんですか?」
「あー、やっぱりそこ気になっちゃうよね」
突然知らない場所に連れてこられてそのまま一緒に住もうと言われて気にならない人なんているだろうか、いやいないと思うね。この人の方がよっぽど変わっていると思う。
「実を言うとさ、俺と付き合って欲しいから連れてきたんだ。」
「は?」
うーん、また変なことを言い出したなこの人は。身代金の要求とか妖怪もやるのかなとか考えていた私が馬鹿だった。付き合うってなんだ?恋愛的にか?それとも場所とか用事のことか?
「恋愛的な意味でね、俺と付き合って欲しいんだ。それで一緒に暮らそうよ。」
「おぉ?」
初対面のはずなんだけどな…。人生で初めて告白されたが、私が想像していた告白の現場というのはこんな形ではなかった。
「えっと、すいません…。会ったことありましたっけ?いつ頃だったか教えて頂けると…」
「会ったことはないよ。」
「なるほど…?」
ますます謎である。
「私のどこが好きと…?あと私あなたのこと何も知らない…。」
「そうだなぁ、一目惚れってやつ?俺のことはこれから知っていけばいいじゃん。だから、付き合ってよ。不自由な思いは絶対にさせないから、君のことを最優先にするから。」
ものすごい真剣な目で見つめられても困ってしまう。この人と付き合うのも、もしかしたら楽しいのかもしれない。個人の気持ちとしては面白そうだからいいよと言いたいが、それを言えるほど私は自由に生きていない。今までの生活を捨てられないのだ。
「ごめんなさい。私には家族もいるし、学校だってある。あなたとは付き合えないです。」
「その家族とか学校ってそんなに大事?」
「そうですね」
「なら、それらを全て壊したら俺といてくれる?」
「どうしてそうなるんですか、あなたは顔がいいからきっと他の人に頼んだら簡単に付き合ってくれますよ。私より可愛い人なんてこの世にもっといるんですから、他の人を当たってみて下さい。」
「君じゃなきゃだめなんだ。それに何回も言うけど君はもう帰れないんだよ。だから安心して、君の選択でなにかを失うことはない。全て俺のせいにしてしまえばいい。」
こんなに直球で口説かれたことなんて人生でないため、顔の良さも相まってもう好きになりそうである。自分でもチョロすぎると思うがしょうがないでしょ、モテてこなかったんだから。
「なら、まぁいいかも…。」
「本当!?ありがとう。絶対後悔させないから、これからよろしくね。」
「え、あ、はい」
思わず肯定してしまったが私は「いいかも」と言っただけで「いい」とは言ってないんだけどな。でももう既に帰れないみたいだし、いっか。
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