第4話 自首してきた男
そんな時代を超えて今の時代に入ってきたが、暗殺未遂をされそうになった元ソーリは、今回も、
「憲法改正」
を強く謳っていた。
今回は、何とか難を逃れたが、今までにも実は何度か、殺害未遂があるにはあったのだ。
その時の犯人は、結局捕まることはなかったが、今度の犯人は、前の時と違って、防犯カメラにもその顔が写っていた。警察も、
「とりあえず、モンタージュを作成し、全国に配布する」
ということにした。
実際の防犯カメラの映像は、その形相と、少し暗く、さらにスピードがかなりのものだったので、かなりぼやけている。それを証拠として、犯人を絞ることはできても、証拠としては、少し難しいのではないだろうか?
何と言っても、その顔は、凄まじい形相をしていた。
「怒りに満ちている」
と言えばいいのか、それとも、
「まるで、断末魔の表情」
のようだった。
つまり、自分が犯人として、相手を狙っている表情というよりも、自分が殺されそうになっているかのような、どちらかというと、恐怖に満ちた表情だった。
そんなおかしな表情なので、容疑者がもし捕まったとしても、相手が、
「自分ではない」
と言えば、証拠能力はなさそうだ。
それでも、
「これが証拠だ」
といって、突き詰めれば、白状するかも知れない。
しかし、相手にだって弁護士くらいはつくだろう。弁護士くらいであれば、これくらいのことを言われても、
「こんなものは、証拠能力も何もない。もし、白状させられても、裁判でひっくり返すこともできるし、警察の行き過ぎ捜査ということで、こっちの追い詰める作戦にも持っていける」
というだろう。
そういう意味では、警察の捜査で犯人が自白したとしても、簡単にはいかない場合もある。
検察や刑事の方でも、
「何しろ、犯罪が、元首相の暗殺ということなのだから、一筋縄ではいかないだろう」
と思えるのであった。
「警察の行き過ぎ尋問」
であったり、
「状況証拠だけで、犯人を自白に追い込んだ」
ということが、被告側から聞かれると、
「裁判官の心証が悪くなる」
ということが分かっているだけに、警察官は、状況証拠しかない時の尋問は気を付けなければいけない。
当然、検事の方も、それくらいのことは分かっているので、
「行き過ぎ捜査」
「自供による起訴」
というものには敏感である。
昔であれば、
「自白というと、これ以上の証拠はない」
といわれていたが、今では、
「警察側の自白強要をすぐに疑われ、裁判でひっくり返ることも少なくない」
昔の刑事ドラマなどで、
「落としの○○さん」
などという、自白強要のエキスパートは、今の時代にはいらないということだ。
ドラマなどでは、かつ丼を出して、家族の話をしたりする情に訴えるというやり方。さらには、拷問に近い形で、ライトを顔に近づけたり、座っている椅子の足を蹴ってひっくり返らせたりなどというのは序の口で、髪の毛を掴んだり、胸倉を掴んで、壁に頭を叩きつけたりという、
「ほとんど拷問」
のようなことがあったが、今では拷問でしかない。
そんな警察署に、一人の男性が自首してきたのは、事件が起こって5日目のことだった。
K警察署の刑事、桜井刑事は自首してきたという男を見て、
「これが、あの防犯カメラの男?」
とビックリしたのだ。
顔は確かに似てはいるが、雰囲気が想像していたのとは、かなり違う。
どこか重厚な、まるで重戦車のような雰囲気が漂っているのに、実際の動きは俊敏で、いかにも、
「防犯カメラに映っていても、俺のことは分からないだろう」
といわんばかりである。
実際に、その男が映っているシーンを見たが、それこそ、カメラ目線で、こちらを見ながら、
「お前らに俺が捕まえられるなら捕まえてみろ」
といわんばかりの自信あふれた様子に見えたにも関わらず、出頭してきたこの男は、
「まわりをキョロキョロ気にするタイプで、人の目が気になるといわんばかりに、完全に小さく閉じこもっていた」
刑事が、早速取り調べを始める。
まずは、名前と住所、生年月日、職業などの基本データを聴いていたが、これといって、あらためて気になるところはなかった。
名前は、
「津山義彦」
と言った。
職業は無職で、年齢は28歳だという。
無職というのは、最初からニートだったわけではなく、大学を卒業してから、コンピュータ会社に2年ほど勤めたが、身体を壊して2年で退社し、今はアルバイトなどをして、生活をしているということであった。
K市内にて、一人暮らしをしていて、1DKのアパートで、細々と生活をしていた。
だが、最近になって、飲み屋で知り合った人の世話で、今はその人の家に引っ越すかどうか、考えているようだった。
その人からは、
「来てくれよ。お前がいると寂しくないから」
と言ってくれているというのだが、まだ、今は一人で暮らしているという。悪い条件ではないので、引っ越しも考えているということだが、今は時期を考えているということであった。
「津山君は、なぜ、山根元ソーリを殺そうと思ったんだね?」
といわれると、完全に言葉を失ってしまった。
本人は、一念発起、勇気を振り絞って自首までしてきたのだから、それなりの覚悟があってのことだろうに、それをいまさら、何黙り込んでしまったというのだろう。
「じゃあ、君は、政治に関して、何か、山根元ソーリのことで嫌なことがあったのかい?」
と聞かれたので、
「いいえ、そんなわけではありません。どちらかというと、山根元ソーリのことは嫌いではありませんでした」
というではないか?
「それなのに、殺そうとしたんだね?」
と聞くと、また黙り込んでしまった。
ひょっとすると、殺そうとした場面をフラッシュバックさせることが恐ろしいのかも知れない。
そんな相手に無理に突っ込んだ話をすると、せっかく話をしようとして来てくれた相手を、さらに頑なにしてしまいそうで、
「脅かすことだけは、やめにしておこう」
と、桜井刑事は考えたのだった。
見るからに、小さく見えるその男は、年齢を28歳と言ったが、雰囲気でいくと、まだ大学生といってもいいくらいであり、たぶん、取調室はおろか、警察署自体にほとんど来たことがないのかも知れない。
もっとも、来るとすれば、運転免許を持っていれば、
「免許の更新」
ということで来るくらいではないだろうか?
もっとも、ゴールド免許の人しか来れないだろうから、結構確率としては、低いのかも知れない。
黙り込んでしまった津山だったが、もちろん、彼が自首してきたということで、捜査がストップしたわけではなかった。
彼の足取りはもちろんのこと、他の犯人も視野に入れての捜査も並行してなされているのだった。
政治家、しかも、元ソーリの襲撃という事実は、当然のことながら、世間に衝撃を与え、その注目度も大きかった。
このソーリに対しては、世間で賛否両論は大きかった。
「外交面での成果は素晴らしかった」
という人もいれば、
「疑惑は多いし、世界的なパンデミックの時の対応の遅さはひどいものだった」
といって、批判しかない人もかなりいた。
正直、このソーリが死んだ時、
「襲撃されてかわいそう」
という人が結構いたのも、事実だった。
選挙においても、
「お涙庁代表」
とでもいえばいいのか、ただ、それでも生き残ったことで、そこまでの騒ぎにはならなかったのだ。
ただ、世界的には大いなる衝撃だった。
というのも、
「日本という国は、そんなに簡単に襲撃が成功する国なのか?」
ということも言われたのだ。
日本としては、
「殺されなかっただけでも、警備が徹底していたからで、警備のおかげといってもいいのではないか?」
と、警察は思っていた。
もちろん、それは、上層部の一部のお花畑連中であって、それ以外の人は、
「やはり襲撃を受けた時点で、警備の負けだよな」
ということである。
当然、警察でも、SP側も、
「こんな不名誉なことを二度と起こしてはいけない」
ということで、警備計画のさらなる検討を進めていたというのも事実である。
自首してきた津山であるが、会社を辞めた理由というのを、彼が勤めていた会社に事情を聴きに行った時、会社側では、何やら、奥歯に何かが挟まったような言い方で、
「明らかに何かを隠している」
というのが伺えた。
会社自体を捜査してみると、どうやら、ブラック企業であるということに違いないようで、そもそも、この業界は、大なり小なり、ブラックなところの多い会社ばかりだという印象もあったので、それを聴いても、
「いまさら驚きもしないわ」
ということであった。
桜井刑事の知り合いにも、システム会社に勤めていた人がいて、彼も、
「体調を崩した」
ということでの退社だったが、実際に身体を壊したのも事実であったが、そもそも、精神が病んでいたのだ。
「精神的なきつさに、身体がついてこれなくなった」
ということが、真相だったのだ。
仕事が忙しいというのも事実なのだろうが、それよりも、
「下請け、孫請けの辛さ」
ということが大きいだろう。
面倒臭い仕事はどんどん下に回ってくる。しかも、納期は、かなりシビアなもので、最初から、
「残業ありき」
で計算しても、予定はギリギリ。そうなると、少しでも余裕を持たせようとすると、
「寝る間も惜しんで仕事」
ということになる。
いくら若いとはいえ、そんな状態が数か月も続けば、精神が病むのは当たり前のことだった。
ソフト会社というと、昔などは、
「他の会社にバレてはいけない」
ということで、開発中は、
「社員は缶詰め状態だった」
というのを聴いたことがあったが、今はどうなのだろう?
寝る魔も惜しんでの仕事ということになると、本当に気が狂ってしまっても、しょうがかいと言えるだろう。
「よく2年ももったものだと思います」
と、津山はボソッと呟いたが、最初は、津山が何をいったのか、桜井は意味が分からなかった。
それくらいに、唐突で、小さな声だったのだ。
それでも、表情一つ変えずに視線はあらぬ方向を向いているのだから、そこまで見ていると、
「一番つらかったことなのだろう」
と考えると、おのずと、会社に勤めていた2年間ということが分かったのだ。
「そんなに仕事がきつかったんですか?」
と聞いてみると、
「仕事のきつさもありましたが、あいつらは、人間を人間とは思っていないんですよ。こっちが、少しでも時間を作って、その間に精神的なものを取り戻そうと思ってもそうはさせてくれない。完全に従業員は、上司のおもちゃ状態ですよ。虐待のようなこともあったし、何よりも性的虐待がひどかったんです」
というではないか?」
「性的虐待?」
と訊ねると、
「ええ」
といって、彼は涙を流しながら話をしていた。
その涙というのも、自然と出てきたもので、本人は自分が涙を流しているという意識すらなかったのかも知れない。
その内容は、言語道断なないようで、とても、書き表すことのできないもので、
「羞恥」
などという言葉ひとことで片付けられるものではないのだった。
「そんなひどい目に遭っていたのか」
と思うと、
「誰かを殺したくなったとしても、無理もない」
とも感じた。
しかし、それが、なぜ上司ではなく、元ソーリの、しかも、遊説先のSP監視の元だったのか、殺すことはできなかったとはいえ、少なくとも襲撃は成功し、その場から逃げおおせることはできたのだ。
それを考えると、桜井刑事は、
「本当に彼だけの犯行なのだろうか?」
と思うのだった。
そもそも、あれだけのことをしでかして、しかも、その場から逃げたのだから、警察としても、
「素人の犯行ではないのでは?」
と思っていた。
そのわりには、防犯カメラにしっかりと映っていた。
もっとも、今の時代に防犯カメラにちゃんと映らないというのは、それこそおかしなもので、特に最近は、どこの誰もが、防犯カメラに近いものを持っている時代であったのだ。
特に車の中であれば、
「ドライブレコーダー」
というものをつけている人は多い。
いわゆる、
「あおり運転」
なるものが、社会問題として増えてきたからだ。
道路で、例えば、前の車がブレーキをいきなり踏んだので、反動でこちらもブレーキを踏むと、後続車におかしなやつがいたりすると、急にキレて、猛スピードで自分の前に走りこんできたかと思うと、急ブレーキを何度も踏んで煽ってみたり、逆に、後ろから、やたらとクラクションを鳴らし、車間距離を詰めてきたりするやつがいる。
こちらが、家族と一緒だったり、彼女を乗せてのドライバなど、楽しそうな人を見るだけで、ムカッとくる人なのかも知れない。
もちろん、チンピラのようなやつもいれば、普通のサラリーマンもいる。
今の時代は、
「チンピラであろうと、普通のサラリーマンであろうと、キレる時は、キレるのだ」
ということであろう。
そもそも、あおり運転というのは、今に始まったことではない。昔からあったことのはずなのだが、最近の方が、その内容はひどいものであった。
特に怒り狂ったあげく、こちらの車をせき止めるようにして、車を止め、中から出てきて、こちらの寄ってきて、罵声を浴びせながら、車のガラスをバンバンと叩いたりするやつもいる。
「こいつ、完全に狂ってる」
と思うと、どうすることもできず、恐ろしさで車の中で震えている人も多いだろう。
しかし、初戦はチンピラにしても、普通のサラリーマンにしても、本質は、
「へたれ」
でしかないのだ。
少しでも冷静になると、
「ヤバイ」
と思うのか、そのまま車に戻って、逃げるように走り去るのだった、
こんな映像を、情報番組といわれる放送において、特集と組みながら流している番組も少なくない。
「いやぁ、本当にすごいですね」
と、何がすごいのか、自分の態度で察しろとでもいうのか、コメンテイターと呼ばれる人たちがそういって、呆れる態度を見せていた。
確かに、そんな状態において、
「襲撃された運転手はどうすることもできないんだな」
ということであり、この番組を見ていて、たぶん、一定数の人は、いくつか感じるものがあったのだろう。
「人間というのは、キレるとあんな風になるんだ」
ということを考え、目を加害者側に移してみると、
「俺だって、絶対にキレないなんて言いきれないからな。もし、キレたらあんな風になるのかな?」
と思うだろう。
さらに、
「キレる人とキレない人の違いは、沸点が違うからだろうか?」
と感じるのだが、要するに、
「キレてしまうと、きっと何も分からなくなるだろうから、それを自分でも分かっているんだろうな。だけど、本当に、後で言い訳のように、覚えていないということを言っているのを見たことがあるが、覚えていないというのは本当なのだろうか?」
と思うのだった。
そういえば、この間別のニュースで、
「ある市長の、タバコのポイ捨て」
という報道があった。
どうやら、誰かが撮影していて、その動画が、SNSで拡散されたことで、事実が発覚したということだった。
普通なら、個人情報保護の観点からまずいのでは?
と思われるのだろうが、実際には、個人情報に関しては、細心の注意を払っていた。
それでも、その人物が市長だとバレるくらいの加工しかしていないのだった。
そういう意味で、削除対象になる前に報道されたので、ネットで挙げた人物は、匿名だったので、どこの誰かは分からなかった。
普通のSNSではできないのだろうが、しょせんは、ネットであげるのは、ハンドルネームを使ってのことであるし、ネットカフェなどで、会員登録のいらないところからの投稿であれば、別に投稿者が特定されることもない。
もし、これが、名誉棄損や侮辱罪などにあたるのであれば、開示請求なども考えられるが、それ以上にこの動画の持つ意味は大きかったのだ。
しかも、この市長が記者から、
「囲み取材」
を受けている時のこの市長の対応というか言い訳があまりにも情けなさ過ぎて、お話にならなかったのだ。
記者から、
「この行為をどう思いますか?」
といわれた時、
「私は普段はあんなことはしない」
といって、おもむろに所持品の中から、手のひら大の何かを出して、
「いつも、私はこれを使っている」
と、カメラの前に差し出し、いかにも、鬼の首を取ったかのような顔をしていた。
市長が取りだしたそのものというのは、
「携帯灰皿」
であった。
「私は普段から、これを使っているんだ」
とばかりに、言い訳にならない言い訳をした、
テレビを見ている人のほとんどが、
「だったら、それを使えばいいじゃないか。使ってないから、動画を取られたんだろうに」
と思っていることだろう。
実際にこの動画が、編集されたものではないことは分かっているので、間違いのない事実なのは姪悪だった。
しかも、まったく同じ行動を同じ日に撮影もされていたのだ。本来であれば、言い訳にもならないことに違いない。
その動画も見せられ、本人は、それほど驚いている様子はない。それなのに、記者から、
「この時のことを釈明できるものならしてください」
というようなことを言われた市長は、
「釈明と言われても、正直私は憶えていないんですよね」
と、いわゆる、
「政治家の常套手段」
である、
「記憶にございません」
という言葉をいうのだ。
「記憶にございませんなどというと、許されるとでも思っているのか、今までの政治家がそれを言ったがために、どんな目に遭ってきたのかということを失念しているのか、それとも、もうそういうしかない状態に追い込まれているのか、本人は一向に気にしていない様子だった」
それを思うと、
「この男、もう終わりだな」
としか思えなかった。
そのあと、記者から、
「これを機に、タバコを止めるおつもりはないんですか?」
と聞かれても、
「市長を辞任されるつもりはないんですか?」
と聞かれても、答えは一つで、
「ありません」
しかなかったのだ。
確かに、市長を辞任ともなると、
「私を信じて投票してくれた人がいるので、勝手に辞任はできない」
ということなのだろうが、それも、
「この動画が明らかな事実」
だということになれば、
「そんなやつだとは思わなかったから、投票したのに」
と皆思っていることだろう。
しかも、ここの県では、条例の中に、
「ポイ捨て禁止」
というものが、明記されているのだ。
つまり、それが決まったことで、率先して守るということは当たり前で、その啓発を自らでしなければいけない立場が率先して破っているということである。
しかも、市長という立場は、当然、公平なる選挙で選ばれた市長として君臨しているのだ。
皆、
「まさかそんなやつだとは思わなかった」
ということで、有権者を騙していたといってもいいだろう。
これは、食品を販売するうえで、産地偽装や、賞味期限の改ざんなどと比べ物にならないくらいの罪の大きさである。
まず何と言っても、公務員である以上、
「その給料は、我々の血税から払われている」
ということである、
「税金泥棒」
といわれても仕方がない。
少なくとも、
「条例違反」
を犯したということに変わりはないからだ。
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