第8話 大団円

 そういえば、昔からの推理小説、探偵小説の類で、特に、連続殺人事件などの場合は、その中で、

「一人殺されない人がいれば、その人が犯人ではないか?」

 というような、法則のようなものがあったではないか。

 殺されなくとも、襲われれば、

「犯人から除外」

 ということである。

 少し違うたとえであるが、

「犯人が、証拠になるものを隠すとすれば、どこがいいか?」

 と聞かれた時、

「一度警察が探したところが一番安全だ」

 とこたえるだろう。

 最初こそ、別のところに隠しておいて、警察が捜索を始めてから、その日の捜索を打ち切った時、こっそり、夜にでも隠していたところから持ち出して、一度警察が探したところに隠してしまえば、警察は、二度と同じところを探さないだろうから、一番安全な隠し場所だというのだ。

 つまり、警察というところは、

「一度探したところ、あるいは一度容疑者から外した相手というのは、よほどのことでも出てこない限り、頭の中から外すことになるだろう」

 それだけ、

「いかにも公務員」

 というような頭の固さと、それでいて、

「自分たちは間違えていない」

 という思い込みからくるものがあるということになるのであろう。

 保育園で、問題の保母さんを調べてみると、

「一児の母である」

 ということが分かった。

 シングルマザーということであり、

「その子の父親が誰なのか?」

 ということが、事件に関係あるのではないか?

 とも思えたのだった。

 その子供というのは、現在、23歳で、高校を卒業してから、家の近くのガソリンスタンドで働いているという。

 勤務状況は真面目で、人当たりもいいので、先輩からも上司からも、彼を悪くいう人はいなかった。

 そんなことを考えていると、

「この事件には、子供の問題が絡んでいる」

 ということであった。

 事件がある程度急転直下したのは、山根元ソーリが、ある程度の意識を取り戻した時のことだった。

「まだ少し意識が曖昧で、余計なことを口走るかも知れませんが」

 と医者は、一応注意をしたが、マスゴミには、そんなことは関係ない。

 やつらは、本当にハイエナで、

「死にさえしなければ、いくら病み上がりでも、インタビューくらいできるだろう」

 ということで、病人だろうがお構いなく、取り囲むのであった。

 医者も、さすがに、

「いい加減にしてください」

 といって怒り出すのだが、肝心の元ソーリは、自分のまわりで何が起こっているのか分からないといった状態で、

「ポカーン」

 とした状態だったのだ。

「本当にいい加減にしてくれないなら、インタビューはここで打ち切ります」

 と医者は強めにいうのだが、

「元ソーリの方は、そんな感じではないようですが?」

 と女性記者がいうと、

「そんなことはありません、まだ病み上がりなので、意識が朦朧としているだけです。本当にいい加減にしてください」

 と、医者の方も切れかかっているのだった、。

 そんな状態の中で、

「皆さん、どうされたんですか?」

 と、自分が囲まれているのを分かっているのかいないのか、肝心の元ソーリは、まわりで何が起こっているのか分かっていない様子だ。

「どうされたって、山根さんにインタビューに来たんですよ」

 と、一人の記者がそういうと、

「インタビュー私に?」

 というではないか。

「この間の事件の話を少し聞かせていただきたいと思いまして」

 と一人がいうと、元ソーリは黙ってしまい、

「皆さん、すみませんが、患者さんは、今突発的で一時的な記憶障害に陥っているんですよ」

 と医者がいうと、

「それは、重大な後遺症じゃないんですか?」

 というので、

「いえいえ、そんなことはありません、だから、インタビューはご遠慮いただきたかったんです。今、この方に何を聴いても、その時のことは憶えていないだろうし、もし覚えていたとすれば、恐怖がよみがえってきて、心を閉ざすかも知れないと思っていました。だから、時期尚早だと申し上げたんですよ」

 と医者が言った。

 確かに、インタビューを受けれるかどうか、医者に聴いた時、医者は、患者が意識を取り戻しているのが分かっていたが、このような事情のため、

「面会謝絶」

 を貫いたのだ。

 だが、新聞記者は、一度は引き下がったが、ちょうど病室の前で開いた扉のその奥で、意識を取り戻した元ソーリの姿が見えたことで、

「医者にウソをつかれた」

 と思い込み、怒りに近い感情で、病室に押し寄せたのだった。

 だから、医者がいくら止めても、彼らが引き下がるわけはない。

「俺たちマスコミを舐めてもらっては困る」

 とでもいいたげに、彼らは、マスコミから、マスゴミにと、変わった瞬間だった。

 そんな時の元ソーリの状態が、

「なるほど、医者が止めるはずだわ」

 ということが分かったのだが、ここまでくれば、新聞記者も、留飲を下げるわけにはいかなかった。

 だが、さすがにこんな元ソーリに話を聴いても、真新しい話が聞けるわけもなかった。それを思うと、医者も一段落し、新聞記者も帰っていった。

 ただ、医者とすれば、

「もう少し早く回復すると思っていたのに」

 というほど、元ソーリの状態はおかしかった。

 そして、

「私は誰なんだ?」

 ということを言いだすと、

「記憶喪失なんだ」

 と、予感はあったが、ハッキリと感じた瞬間だった。

 記憶喪失というと、いろいろ種類があり、彼の場合は、一部を忘れているということのようだった。

 なぜ、そうなったのかということを、本人もすぐには分からなかったが、その理由は、

「自分を誘うとして襲ってきた人間を見た」

 からだったのだ。

 見覚えのある顔だが、知り合いというわけではない。

 ただ、あの男が、普通の状態であったとすれば、

「この男を、自分は知っているんだ」

 という気持ちにならなかっただろう。

 まるで鏡を見ているかのように感じていた元ソーリは、記憶を、30歳代の頃に無意識に戻していたのだった。

 その頃は、彼の家系が代々政治家で、自分も政治家としての第一歩を踏み出した頃だった。

 ある料亭で知り合った女性に一目惚れした。その頃は毎日が楽しく、政治家を目指しながら、日夜勉強をしていたのだ、

 社会勉強という意味で、少しだけ一般の会社に勤めたが、元々の教育方針通り、10年で会社を辞め、政治家の道を志した。最初の選挙では、父親の地盤をソックリ引き継いだことで、正直安泰だった。まわりには、世襲議員が多かったので、そこで、孤立することもなく、今の地位を築いたのだが、若い頃は、結構楽しんだものだった。

 二十代は、政治家一家ということもあり、一般企業でも、それなりの贔屓があった、それだけに、結構有頂天になっていたものだったが、今から思えば、ちょうど30代の政治家になりたての頃が、一番、まともだったかも知れない。

 まわりが皆先輩政治家で、そもそも政治家を目指していたこともあって、その時が、スタートラインだったのだ。

 その時の記憶が、今回の事件でよみがえってきた。正直、刺された時、

「ああ、俺の命運もここまでか」

 と正直感じたのを思い出した。

 刺されたという記憶と、その時の男の顔と、そして、30代の頃の記憶とが、スクランブルして、交錯しているのだった。

 そんな中、新聞記者が自分を取り囲んできたことで、何が何か分からない状態で、怖いというのはあったのだが、どこか、芯が強いところがあって、怖そうには見えなかった。「さすがに政治家」

 というところであろう。

 ほとんどの人が、

「取材は無理だ」

 ということで引き下がったが、その中の一人が、ボソッと呟いた言葉に、元ソーリは反応した。

「えっ」

 と思わず声を出したが、その内容というのが、

「どうやら、警察に、あなたを狙った人間が、自首してきたようですよ」

 ということだったのだ。

 それを聴いた元ソーリは、その瞬間、自分を刺した人間の顔を思い出していた。

「あの顔は忘れない」

 と思ったのだが、それは、以前にも似たような顔を見たような気がしたからだった。

「一体誰だったのだろう?」

 と思ったが、このことは誰にも話してはいけない気がしたのだ。

「話すとどうなるのか?」

 ということまで分かるはずもなかったが、ここで、話すことでもないし、何よりも、自分が今どこまでのことを理解できているのかが分からないだけで、恐ろしいと思っているのだった。

 その翌日、刑事がやってきて、石粉を取り戻したということを聞いたからだったが、医者からは、

「まだ曖昧なところが多いので、あまり時間も掛けず、ゆっくりと聞いてください」

 ということで面会が許された。

 刑事は、当たり前のことのように、容疑者の写真を見せ、

「この方をご存じありませんか?」

 と、津山の写真を見せた。

 すると、元ソーリはその写真を見て、怯えたのだ。

 何に怯えたのかというと、その写真が意外だったからだ。

 というのも、昨日のマスゴミの捨て台詞に、

「自首してきた男がいた」

 と聞かされた時、とっさに浮かんだ男の顔と、何となく似てはいるが、まったく違う人だと思ったからだ。

 その人物が自首してきた人間だということは分かったのだが、

「じゃあ、少なくとも俺の頭には、二人の人間が浮かんでいる」

 ということである。

 それは、自分を刺したという記憶のような意識の中に残っている男の顔と、この写真の顔とでは、違う人物だということで、

「一人でもきついのに、もう一人出現している」

 ということであった。

 それを思うと、

「俺は、自分の知らないところで、複数の人間から狙われているのではないか?」

 と、急に臆病風に吹かれていた。

 少なくとも、元ソーリの時には、相手が誰であれ、

「俺に逆らうやつは許せない」

 として、殺されることすら、怖くないと思っていたくらいだったのに、

 ここ最近では、急に臆病になり、殺害未遂までされそうになったのだということを聞かされると、本当にゾッとしたのだった。

 きっと、顔色はどんどん悪くなっていて、こんな怖がりな自分を誰にも見せたことなどないという意識がある中で、

「俺は、一体何人に狙われているんだ?」

 と感じたのだった。

 だが、自分を殺そうとした人間と、自首してきた人間が別人ということを考えると、急に、怖くなったのは、

「自分を殺そうとして狙った男は、すでにこの世の人間ではない」

 と思うようになったのだ。

 自首してきた男は、間違いなく襲ってきた男ではないが、

「彼が、今回の事件に関わっていなかったのか?」

 と言われると、

「いや、間違いなくかかわっていたに違いない」

 と考えるのであった。

 実は、このことは黒川弁護士が、分かっていることだった。彼は、表には出ていなかったが、かつて、山根元ソーリ関係の仕事を裏で請け負っていたのだ。

「決して表には出せないが、それだけの報酬で雇う、一種の黒幕的な人物だった。別に驚くことはない、どの政治家だってしていることではないか」

 ということであった。

 そもそも、これは後で分かったことだったのだが、津山も、保母さんの息子も、実は、二人とも、

「元ソーリの子供」

 だったのだという。

 これは、津山の方は知っていたが、保母さんの息子の方は知らなかった。実は二人阿知り合いで、兄貴は津山の方だったという、

 なぜか、弟が、それとは知らずに、父親を憎んでいて、殺害を考えていた。ただ、性格からして、

「まず、実際に殺すことはできないだろう」

 ということは分かっていたということだが、逃げることはできないと思われた。そこで兄貴が何とか逃がす工夫をしたのだ。その時に、顧問弁護士に相談をしたのだという、

 弁護士の方は、すべてを知っていた。

 というより、津山に言われてすべてを調べたのは、黒川弁護士だったのだ。

 だから弟が逃げられるようにしたのも黒川で、津山に自首を進めたのも、黒川だった。

「津山さん、あなたは犯人なんじゃないから、無罪ですよ」

 と言い切った。

 それは当たり前のことであり、彼が自首することで、今度の事件を混沌とさせ、何とか、時間が解決するように持っていこうというのが、黒川弁護士の考え方だった。

 ただ、一番悪いのは元ソーリで、息子たちも、母親も被害者だった。記憶を一瞬失がったが、彼は最後に記憶がよみがえってきた。

 しかし、それは二度と引っ張り出してはいけないもので、自分に対しての警鐘だということを思うと、元ソーリは政治の世界から身を引くことになった。

 政治家に倒せなかった、元ソーリを、息子たちが懲らしめたというお話だったのだ……。


                 (  完  )

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元ソーリ暗殺未遂 森本 晃次 @kakku

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