【第五話】混沌の渦に入る勇気はすでにある
この世界で人間はパニックになったり焦りだすとどうなるのだろうか?一般的には焦り始めて情緒不安定になったり、かたまってしまうなどの状態になってしまうのが普通だと思うが、人間ではない狼の僕がパニックになると……
「あわ……あわわわわ……」
大して変わらん。誰だってそうさ。今僕がいるのは迂回路。地面(崖底)まで高さおよそ100m近くあり、一歩間違えればそのまま落下しコースになる場所だ。そりゃあパニックになるだろう。
「ハハハ、ハス……怖い」
「仁って空挺資格もあったよね?なんで?」
「そそそ、そうだけぇど……地面が見えないんだよ!」
実際に財団の機動部隊に入るためには‘‘空挺資格を持っている‘‘ことが条件の一つとなっている。そのため僕も持っているのだが、空挺とこれとでは話が違ってくる。
「落下傘もない状況で
ハスに思っていたことを全力でぶつける。その時の僕はまったく恥ずかしい状態だった。脚はがくがくと震えており、目には涙を浮かべてハスに文句を言う。
「そういや爆心地には何があるんだ?わざわざ僕を近づけさせないようにするぐらいのレベルだし、絶対やばそうなものがありそうだよ」
迂回路の道に積もった雪をザクザクと踏みながら進んでいく。向かい側まであと
百mちょっとだ。
「う~ん……彼らが大切にしているものとか?カルトのことだから偶像とかあるんじゃない?それか彼らが使うなんかの兵器とか」
「後者があるとしたら早く爆心地に行って調べないと……って、うん?」
人が遠くに見えた。一、二、三、四、五……ありゃヤバイ、下手したら十人ぐらいいるかもしれねぇ。ぶっちゃけ戦うのもいいけど、何せここは一本道。遮蔽も何もないから、圧倒的に僕らが不利な地形なのだ。しかもここは崖の上。大規模な戦闘を起こすと迂回路が崩落する可能性もある。
「おいハス。こりゃまずいことになったぞ」
「うん。終わったね()」
「Hey!」
敵の一人がこちらを指さして声を上げる。見つかったか。
「こうなったら崩落する前に殺すだけ!」
ズダダダダダァァ!!
「ぬぉ!伏せろ!」
多数の弾丸が僕らの頭の上を通り過ぎる。弾丸ラッシュが終わった後、反撃体制に入るべく、僕は立ち上がった
「ぐおっ!」
銃弾が横腹を貫いてきた。おそらく僕がたったタイミングを狙って撃ったのだろう。
「仁、後ろに下がって!」
「え?何するの?」
「敵の弾幕が気に食わないから教えるだけ!」
「え?」
ガシャン
ハスはそういって機銃を展開する。
Broooooooooooooooo!!!
夜空に乱反射するマズルフラッシュと凍り付いた空気を切り裂く銃声が鳴り響いた。
「弾幕はパワーだぜ!」
「本日の何度目だよ()」
ハスの機銃掃射は止まることなく続き、見える範囲内の敵は全て木っ端みじんになってしまった。
「行くよ仁。敵はもう蹴散らした」
ハスが機銃掃射を止め、立ち上がった瞬間。一つのグレネードがコロコロと足元に転がってきた。
「グレネード!伏せろ!」
ハスは結構先まで進んでいるから大丈夫そうだ。でも僕は……
「ウグッ!!!」
足元に転がってきたグレネードを完璧に回避できるはずがなく、前方に飛び込んだ瞬間に両足を負傷した。まだ壊死のレベルじゃないのが不幸中の幸いだ。
「仁大丈夫か!」
ハスがグレネードを投げてきた敵を片付けて駆け寄ってくる。多分ハスなら止血してくれるだろう。そう安心して、耳鳴りを耐えながらハスの方に顔を向けたとき、足元から嫌な音が鳴った。何かが外れていく音。だんだんと体が傾いている気がしてきた。床が斜めってきているのか?
「ハス来ないで!床が斜めってきているかも!」
「え?」
そのとき、床がバキッ!と折れて落下。僕はランヤードを施設側の手すりにつけていて、そちら側は折れなかったおかげで落下しなかった。下を恐る恐るのぞき込むと、そこには闇が広がっているだけだった。シベリアの極寒の風が僕の体を左右に揺らす。
「ハ、ハス……」
「仁……じっとしてろ。僕が引き上げるから」
ハスはゆっくりと僕に近づいてきた。僕は驚きのあまり、足の痛みなんか忘れてしまっていた。
「早くしてぇ~(泣)」
ゆっくりと引き上げらながら、僕は改めて生を実感した。
△△△
ドサ
「ふぅ……死ぬかと思った」
「いつも死にかけるのに?」
「弾丸で死ぬより、落下死の方が嫌だよ」
ハスに引きずられながら迂回路を渡り切った僕は、安堵の息をついた。グレネードで怪我した脚は、ハスによって止血され、今は鎮痛剤を飲んで痛みをごまかしている。
「ところでここはどこなの?」
「Fウイング【二号研究棟】だよ。さっきいたのはEウイングだね」
ハスがちょこっと解説を挟む。さっきまでの恐怖を忘れるために、僕は水筒を取り出して水を流し込んだ。
「あ、水ない」
横からハスの声が聞こえる。そちらを見るとハスは、空になった水筒をのぞき込んで難しい顔をしていた。
「ねぇ仁」
「ハスちょっと待ってて。水作ってくる」
ハスが意味が分からない顔をしている間、僕はハスの水筒を借りて迂回路のもう一度出て、まだ踏まれていない雪を水筒の中に詰め込んだ。
「その雪をどうするの?溶かすにしてもガスバーナーないよ」
ハスが心配そうに言う。実際僕はこの雪を溶かして水を作るつもりだが、彼の言うと通り僕らには加熱させるためのガスバーナーはない。でも心配ご無用
「大丈夫!炎を出せるから、加熱できるよ」
ボウッ!
「ね!」
「ね!じゃないよ!どうなっているんだ物理学は!働いて!」
「これが亜人にのみ許された
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能力。人間たちがよく言う言葉に置き換えると‘‘魔法‘‘のようなもの。僕ら亜人は生まれつきから特有の能力(僕は‘‘固有アビリティ‘‘と呼んでる)を使うことができる。親からの遺伝された能力がほとんどだが、遺伝されたものではなく突然現れる能力もある。
これらの能力には、光・闇・火・土・水・雷・氷の主要7元素と、そこから派生したものがある。(僕の場合は炎だ)また能力自体は簡単に使えるが、その練度や技の数、攻撃時の威力は個人差があるため、使えるから強いとは限らない。(僕はその‘‘弱い方‘‘となっている)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕は手のひらから炎を家庭用コンロの‘‘弱‘‘ぐらいの大きさで水筒を加熱し、中に入っている雪を溶かした。そしてそのまま沸騰させて、殺菌消毒。熱くなった水筒を外の雪で冷やしたら完成!
「即席雪の水!安全性は確保済み!」
「ありがと。ちなみに他に使い道はないの?」
「ある。敵を倒すのにも使えるが、銃の方が便利。できるといっても、せいぜい炎上させるぐらいかな」
いっぱいに水が詰まった水筒をハスに渡す。僕はポーチの中から構ったチョコバーを口の中に放り込んで、ぼりぼりとかみ砕いた。チョコの味が舌に広がり、体の緊張をほぐしていく。
「さて仁。そろそろ進むか?」
「ひょっとみゃって(ちょっと待って)」
まだ口の中に残っているチョコを胃袋に流し込んで、一息をつく。僕らが今いる場所は爆心地に一番近いウイングとなっている。つまり敵が侵入してきた場所に一番近いため、敵も今まで以上に多くなるってことだ。
「OK。行こうか」
いくら僕が精鋭でも不安は山ほどある。敵はそこら辺のゲリラ集団とは違い、正規軍並みの装備と能力を有しているカルト集団だ。そして一番恐ろしいのが彼らの目的をまだ知らない、ということ。人は自分の知らないものに恐怖心を覚える。僕のような亜人も例に及ばずだ。
「見知らぬ暗闇へとな」
「この世界の裏でも見るつもり?」
「そんな感じだろう」
僕は銃を構えてすべての角に注意を向け、施設の奥を目指していく。冷たい汗が背中に流れ、心臓が鼓動を早める。でも恐怖に屈しない。簡単に恐怖に屈しては精鋭と名乗れないからね。
「|Ready to fight. Ready to kill《戦う準備をし、殺す準備をしろ》」
「すでにできてるよ」
△△△
人というのは強気に言えばうまくいくことが大半である。それは亜人の僕もそう。でも一つだけ変えれないのがある。
「あれだけ言ったんだからさ、敵の数どうにかしてくれよ!」
それは今目の前の現実だ。
『集中しろ。死にたいのか?』
「んなわけあるか!そこぉぉ!」
二発の銃弾が空気を切り裂く。今僕の前には敵がおよそ十数名。そしてハスは機銃が故障して戦線離脱中だ。僕は今あるすべてのものを使って時間を稼ぐ。敵の銃弾が止まることなく飛んでくる。その中には重武装兵のガトリングガンのモーター音と銃声も混じっていた。おそらく三人ぐらいはいそうだ。
『グレネードを使わないのか?』
「ここで投げてもハチの巣にされるだけよ」
こんな弾幕ラッシュの中でグレネードでも投げたら、爆発する前に大量の銃弾によって撃ち落されるだろう。それで考えたらグレネードを使うのはハイリスクローリターンの作戦だろう。
「ハス!直ったか?」
「まだ!直っても体さらせなかったら撃てないよ!」
「チクショウメ!」
悪態をついて壁に身を隠す。何かいい方法はないのかと思っていたそのとき、足元に倒れている殺した敵兵の銃が目に留まった。銃のハンドガードの下には僕がつけているようなフォアグリップではなく
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M203。米軍で採用されているM4に装着される40mm口径のグレネード弾を使うランチャー。安価でありながら高い性能を有しており、ベトナム戦争から今に至るまで使われている良武器だ。
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「お前が現状を打破するキーアイテムだ!」
敵の銃を拝借して、ランチャー内にグレネードが入ってるかどうか確認する。
「しっかり入っていると!」
今からランチャーを僕のF46Tに取り付ける暇もない。そのためそのまま敵の武器につけたままで使うことにした。ブラインドファイヤでランチャーを敵に向ける。そしてトリガーに力を込めた。
ボォン!
軽い音が一つなり、グレネードが敵に向かって飛んでいく。ここから敵までおよそ30mぐらい。これだけ離れていればうまく爆発するはずだろう。
「弾着~今!」
バァァァァンン!!
声に合わせて通路の奥から一つの爆発音と、複数の断末魔の声。それとどこかが崩れる音が鳴った。
「まだまだぁ!」
ランチャーを持っていた敵の懐から追加の弾を借りていく。ちなみに返すつもりはない。筒身を前に押し出して次弾を薬室内に装填する。
ガチャ
筒身を戻し、もう一発を同じ要領で発射する。ちらっと奥を見ると、先ほどの一発でかなりの戦力を削れたようだ。
「グレネードの着払い配達です!お代はお命で!」
ボォン
「弾着~今!」
もう一発も同様に爆音を轟かして炸裂する。かすかに火薬のにおいと血の匂いが、風によってこちらに運ばれている気がした。
「仁もそんなこと言うんだ」
「どんなこと?」
「‘‘グレネードの着払い配達‘‘とか」
「僕だって皮肉は言うよ。機銃は直った?」
「あぁ」
ハスの機銃が直ったことを確認して、前線を押し上げていく。敵がいた場所にに向かってグレネードをもう一発ぶち込み、銃をその辺に投げ捨てた。ちなみにランチャーは弾切れになったから使えない。
「ハス。フラッシュ」
「あいよ」
ハスに声をかけて、敵の場所に向かってフラッシュを投げる。
パァァァァンン!
まぶしい光と爆音が鳴り響き、二手に分かれて周囲をクリアリングしていく。一番奥のドアまでたどり着いた後、再び分かれ道まで戻り壁にもたれかかる。
「これでオールクリアか?」
「多分。こっちは問題なかったよ」
クリアリングして戻ってきたハスも同じように横に座る。二人ともお互いを見つめ合い、深いため息をついて笑う。何が面白いかはわからないが、戦場で疲れすぎているだけだろう。僕らはよくこうやって笑って、いろんなことをごまかしているんだ。
「ところで仁。嫁さんは最近どう?」
「相変わらず。配信でも‘‘いちゃつくな‘‘っていわれるほどだよ」
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嫁さん。そのまんまで僕の妻。同じ30歳で名前は月夜雪と言い、元は人間の今は狼系獣人だ。なぜ僕と同じ獣人になったかはわからないが、彼女もまんざらでもないみたいだから気にしていない。
髪は白髪のロング。僕と同じく狼の耳と尻尾がついており、目は青色である。実は先祖にロシア人がおり、ロシア:日本=1:3。元財閥令嬢であり、制限された生活が嫌になって僕の家に中学から住み着いた。僕と一緒にいてからは、運が悪くなっているみたい。
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「まだ配信をやっているのか?ぶっちゃけやらなくても食っていけるだろ」
「趣味だよ趣味。今更やめろって言われてもなぁ。楽しいからやっているんだよ」
僕は傭兵の仕事の副業がてら、雪と配信もしている。ゲーム自体は大好きなので苦とは思っていない。たまに配信で視聴者からいろんな情報も得ることができる。もちろん、カルトのことも。
「まぁまぁ登録者いるのに趣味だって?ほぼ本職だろ」
「細かいことは気にしない」
「細かくないよ」
しばらくの間談笑して、引き締まった神経をほぐす。そしてまた歩みだす。爆心地までは残り少しだ。ところでカルトたちは何でこんなに大量の兵士を完全武装させれたんだ?カルトにしては装備品がそろいすぎている。質も正規軍なみだ。
「ねぇハス」
「どうした?」
「準備はできてる?混沌の渦に入る準備」
「言ったでしょ。すでにできているって」
僕らは歩んでいく。暗く謎に包まれた混沌の渦と平和な世界の裏へと
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