第82話 精霊さん


 翌日。

 一応、交代で見張りながら一夜を過ごしたのだが、特に魔物や人が来ることもなく、無事に一夜を明かすことができた。


 獣は狩ることができなかったものの、果実に朽ち木の幼虫と食事も取ることができたし体調は万全。

 日が昇る前に出発の準備を整え、俺達はいよいよ森の外に向かうことにした。


「何だか緊張しますね。木々に囲まれていないだけで、こんなに不安になるとは思ってませんでした」

「そこまで気負わなくても大丈夫だ。いざとなれば伏せるだけで何とかなるし、俺達はそこそこ強くなっている」

「シルヴァさんは変わらず平常通りですね。いつも余裕があるので安心します」


 俺にとっては森の外が日常だったからな。

 ゴブリンに転生して結構経つが、それでも人として生きていた時間の方がまだ何十倍も長い。


 全てが未知の経験であるバエルと比べたら、そりゃ余裕は生まれる。

 上には上がいることにはいるが、現状でもそこそこの強さを持っていることも知っているからな。


 確実に人間だったときよりも、今の俺の方が強いし、ゴールドランク冒険者ぐらいの実力を身に付けている。

 そんなことを考えながら、昨日来た森の出口前までやってきた俺は、立ち止まったバエルを抜いて外へと出た。


 解放感を感じられるかと思ったが……思っていたよりも普通。

 特に感想も抱けず、俺は雑草に身を隠すように少し屈みながら進んでいく。


「シルヴァさん、早いですよ! もう少し感慨に浸らせてくれるかと思ってました!」

「これからは頻繁に森の外に出ることになるだろうし、いちいちリアクションは取ってられない。……案外普通だろ?」

「確かに木がないだけで普通ですけど……」


 少しガッカリしているバエルを受け流しつつ、とにかく道か建物が見えるまで真っ直ぐ進んでいく。

 魔物や人の気配もなく、代わり映えしない草原を進むこと約三時間ほど。


 ようやく前方に舗装された道が見えてきた。

 ここまで本当に暇でしかなく、思っていた以上の僻地に俺達が住んでいる森があることが分かった。


「あれが……道ですか?」

「ああ。歩きやすいようにされているだろ?」

「確かに……凄いですね! 奥までずーっと続いてますよ! どれだけの労力と時間がかかっているんですかね? 人間って本当に凄いですね!」


 道を見ただけで、かなり興奮気味のバエル。

 バエルと違って俺は見慣れているのだが、似たような感想を抱いている。


 人間だった頃は当たり前のように道を歩いていたが、自然の中で生きたことで道が凄まじいものだと気づけた。

 街の中に入ったら、本当に細かなところで驚きまくるだろうな。

 益々、街に行ってみたくなるが……そんな危険はもちろんのことながら冒せない。

 

「歩きやすい道を歩きたい気分になるが、鉢合わせル可能性が高まるから、道に沿うように草原を歩くぞ」

「分かってます! 道があるということは人間が通るということですもんね。ここからは更に慎重に行動します」


 緩みかけた気を引き締め直し、人間を見つけるまで道に沿って進むことにした。

 道と言っても荒い砂利道であり、人が頻繁に行き来する場所ではないことは確か。


 それでも人が通る証明であるため、ここから慎重に進んでいく。

 道を発見し、道なりに進むこと僅か五分。


「バエル、止まれ。こっちに向かって歩いている人間がいる」


 草原に体全体が隠れるように身を隠す。

 道を見つけてからこんなに早く出くわすと思っていなかったため、かなり焦っているが……伏せていれば見つかることはない。


「ダンジョンに行きたかったです! なんでリーダーはこんな依頼受けたんですかねー?」

「知らん。さっさと原因を見つけて戻ることを考えるぞ」


 話し声が聞こえてきた。

 どうやら男と女の二人組らしい。


 声質はかなり若いため、もしかしたらルーキー冒険者の可能性もあるが……。

 なんとなく酷く嫌な予感がする。


「長袖着てくれば良かったですー! こんなに草がぼーぼーだとは思ってなかったですよー」

「森の調査なんだから、草木で覆われて当たり前だろ。少しは頭使え」

「ブラッドさんはいつもピリピリしてますねー。面倒くさいから、この森ごと燃やしてしまうのはどうですかー?」

「駄目に決まってるだろ。死ね」

「ちょっとちょっと、本当に口が悪いですよー!」


 ほんわかした雰囲気だが、この女の方が危険な感じがしている。

 バエルも直感的に危険だと悟ったのか、少しの吐息も漏れないように両手で口を塞いでいた。


「……あれれ? そこに何かいるみたいですねー?」


 俺達の真横で立ち止まると、急にそんなことを言い出した女。

 距離もあり完全に身を伏せているため、向こうからは見えないはずなのだが気づかれたのか?


 走って逃げ出すか、それとも戦いを挑みに向かうか。

 頭の中をぐるぐると色々な思考がかけ巡り、逃げて死ぬくらいならぶっ倒す。

 覚悟を決め、飛び出そうとしたその時――。


「何がいるんだ?」

「精霊さんはゴブリンって言ってますー!」

「ちっ、いちいちゴブリンを見つけたくらいで報告してくんな! 雑魚は放っておけばいいんだよ」

「私じゃなくて精霊さんですよー! ちょっと怒らないでくださいー」


 キレた男が早足で去ったため、それを追いかけるように女の方も通り過ぎていった。

 ……バレたけど助かったのか。


 久しぶりに汗が吹き出ており、おっさん戦士に匹敵する危険な人間だと言うことが分かる。

 弱腰じゃ駄目なのは分かっているが、この平原で戦っていたら、勝率は二割以下だっただろう。

 完全に姿が見えなくなるまで隠れてから、俺は大きく息を吐いて、ようやく体の力を抜くことができた。



―――――――――――――――

新作投稿しております! ↓のURLから飛べます!

悪役貴族もので、モテることを目指す話となっております!

よければ、『転生した先は醜悪な悪役貴族。二度目の人生はモテるために全力を尽くす』もお読み頂けたら幸いです!

https://kakuyomu.jp/works/16818093075309755936/episodes/16818093075309767691

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~ 岡本剛也 @tatibananobana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ