ダウナーお姉さんと二人で駄弁るだけ

鴻上ヒロ

第1話「私ってビールの泡みたいだと思わない?」

「ねえ、私ってビールの泡みたいだと思わない?」


 お姉さんが、椅子に深く腰を掛け、ギシギシと音を鳴らした。唐突に何を言い出すんだ、この人は。目の前のジョッキにビールが波々と注がれていて、泡がポツポツとゆっくり消えていく。僕はそれを思い切り煽り、飲み干して口を開いた。


「わからん!」

「私ってビールの泡みたいだと――」

「繰り返すな! 壊れたラジカセか!」


 僕が言うと、お姉さんもビールを煽る。目を細め、頬を赤らめ、気持ちよさそうに飲んでいた。本当、美味しそうに飲む人だ。曇天の下ではもったいない。


「壊れたラジカセと言うと、昔使ってたラジカセがね。あ、CDも再生できるやつなんだけど」

「別にその注釈は要らんて。世代でなんとなくわかる」

「ワムのあれあるでしょ? ラースキリスマス アゲビンマイハーみたいな」

「ラスト・クリスマスね」


 間違ってはないんだけど、発音が少し変で思わず訂正してしまった。きっと、今の発音を文章に起こしたら妙ちくりんだったに違いない。お姉さんはむくれているけど、それでもなお言葉を止めるつもりはないようだ。ジョッキのフチを指先で撫でながら、口を開く。


「ある日、アゲビンマイハーのところでさ、延々とマイハハハハハハハって繰り返すようになっちゃったのよ」

「めっちゃ壊れとるね」

「そう、めっちゃ壊れてるの。で、友達がこれ動画に利用できるんじゃない? とか言い出してさ。ハハハハって繰り返してるのを録音したのよね」


 どんな動画にするつもりだよ。


「どんな動画にするつもりだよ」


 思わず、声に出ていた。小さい声だったけど、それがかえってツボにはまったようで、お姉さんが笑い始めた。いや、笑ってないで続きを話してほしいんだけども。少し気になってしまう。


「ごめんごめん。でね、私がくだらないギャグを言った後に、ハハハハって部分を流す動画を作ったのね?」

「どんな動画だよ!」

「ナイスツッコミ。その動画、かなりバズったんだけど、なんでだと思う?」

「バズるなよ、そんなクソ動画……」


 しかし、なぜかと問われると考え込んでしまう自分がいる。正直、こういうくだらないクイズは好きだ。地球最後の日みたいなくだらないクイズだけど、変な昔話を一方的に聞かされるよりは、心地が良い。


「んー、くだらなさ過ぎて流行ったとか?」

「減点だわ。さっきのツッコミで得たポイント没収ね」

「何のポイントだよ」

「正解は、背景に友達でも私でもない人影が映ってて、それがお化けだ! 呪いのビデオだ! って話題になった、でした」

「わかるかー!」


 ん? なんか、一時期そんな動画をSNSで見た記憶があるぞ。あの動画だと、演者の顔が馬の被り物で隠れていたけど、あれお姉さんだったのか。確か、普通に家の部屋というようなロケーションで、開いた扉の付近に真っ白な人影のようなものが映って、カメラの方をじっと向いていたんだっけ。


「その幽霊の正体、何だと思う?」

「またクイズ? んー、枯れ尾花?」

「枯れ尾花? 何よそれ」

「ほら、言うだろ。幽霊の正体見たり枯れ尾花」

「違う違う。もっとくだらないやつ」


 くだらない? 枯れ尾花だって十分くだらないと思うんだけど、どうもこの人とは微妙に感性が合わないらしい。ぐだぐだ考えていてもわからないから、適当に思いついたものを言っておくか。


「お姉さんの家族だったとか?」

「お、正解! お母さんがシーツ被ってただけなのよね」

「いや怖! なんでシーツ被って娘の部屋じっと見てんの!?」


 僕の叫び声が、テーブルと椅子しかない空間に霧散していく。曇り空がなんだか近くで見下ろして、僕たちをバカにしているように感じた。お姉さんは愉快そうに目を細めて、ビールを飲み干す。


「で、なんの話だっけ?」

「お姉さんがビールの泡みたいだって話じゃなかった?」

「ん? 私がビールの泡? そんな儚くないでしょ」

「いやあんたが言い出したんだろ!」

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