第3話 どっか遠くへ連れて行ってよ

 瓦礫だらけの草原を抜けたところに、小屋があった。つい最近まで人が使っていたことがわかる綺麗な小屋に、僕はお姉さんと一緒に入る。案の定、人は誰もいない。けれども、卓上に出された飲み物なんかを見るに、生活の跡が感じられる。どれもが腐っていて異臭を放っていたから、お姉さんが草原に捨てたけど。


 僕たちは気持ち程度に掃除をしてから、冷蔵庫に入った手つかずの炭酸水とビールを手に取り、同じく冷蔵庫に入っていた食べ物をいくつか食卓にだして並べる。作り置きしていたんだろうハンバーグだ。


「なんだか悪いことをしてるみたい」

「まあ、気持ちがいいもんではないよな」

「だけど、冷蔵庫もいつまで生きてるかわからないからね。匂い的に腐ってなさそうだし、有効活用しなきゃ損よ」


 お姉さんが冷えたハンバーグをつつきながら言う。僕は炭酸水のペットボトルの蓋をあけて、一口飲んだ。ビールは一本しかなかったから、お姉さんに渡す。


「悪いねえ、少年」

「元々未成年だ。飲む方がおかしい」

「何言ってんの、こんなときにさ」

「まあね」


 ハンバーグは冷えていても、美味しかった。何より、久しぶりのまともな肉料理に舌が感動を覚えてしまう。この家に住んでいた人は、料理が得意だったんだろうな。温かい状態で食べたかったけど、贅沢は言っていられないか。せめて電子レンジがあればと思って見渡したけど、電子レンジはなかった。


「ねえ、世界に私達しかいないとしたら、何をする?」

「面白いことを聞くなあ」

「つまらないことよりは良いじゃない?」

「それはそう」


 世界に僕とお姉さんしかいなかったら、か。なんだか気が滅入るような話だけど、不思議とワクワクしている自分もいた。お姉さんは、お世辞抜きで美人だ。美人だし、おっぱいがでかい。ちょっと、いやかなり変な人だけど、二人きりで一生を過ごす相手としてはかなり魅力的に思える。


 しばらく無言で見つめてしまっていたらしく、彼女のニヤニヤとした顔が目に飛び込んできた。


「見惚れてたわね」

「いや、えと、あの、その」

「それで、何がしたい?」


 お姉さんがニヤニヤとした顔のまま、改めて聞いてきた。


「んー……旅をしてみたいかな」


 二人しかいない世界で、気の向くままに旅をする。昔、そういう漫画か小説かを読んだような気がした。アニメだったかもしれないし、映画だったかもしれないけど。とにかく、そういう物語を読んで憧れたことがある。


「旅かあ、いいね」

「ま、今も旅みたいなもんかもしれんけど」

「いやいや、まだ全然動いてないじゃん」

「まあね。野ざらしのテーブルと椅子で目が覚めて、そこから駄弁って、歩いてまた駄弁って……今も駄弁ってる」


 目が覚めたとき、目の前にお姉さんのおっぱいがあった。なぜか長椅子の上で膝枕された状態で眠っていたらしく、僕が驚いているとお姉さんが無言で僕の頭を撫でてくれたんだっけか。あれも昨日のことなのに、なんだか昔のことのように感じてしまう。適当に駄弁っていたら妙に意気投合して、近くにあったビールを飲みながらまた適当に駄弁って……。


 そのまま眠って、今日は一日中歩いていたわけだ。旅とは、たしかにまだ言えないのかもしれない。


 お姉さんがビールを煽って、目を細める。


「ねえ少年」

「んー?」

「どっか、遠くへ連れて行ってよ」


 気がつけば、彼女の顔が眼前に迫っていた。今にも唇同士が接触しそうな距離に、耳が熱くなるのを感じる。その瞳はじっと見ていると吸い込まれそうで、唇は触れるとあまりにも気持ちが良さそうで、僕の視線が居場所を失ってしまった。


「エッチだね、少年」

「べ、べべ別に!?」

「唇見てたでしょ?」

「だ、だって、近いし……」


 意識して強がっていた口調が完全に崩壊している。ああ、ダメだダメだ。もっとちゃんとしなければ。ふしだらな気を起こしている場合ではないんだから。僕はお姉さんと距離を取って、頬を思い切り叩いた。


 お姉さんがプッと吹き出す。


「なんで笑う!?」

「ああごめん、君の慌てる様子が可愛くてね」

「かわいいのはあんたの方でしょうが」

「へえ……少年、意外とタラシの才能があるかもよ」


 そんな才能はいらない。


「そんな才能はいらない」


 あ、また声に出てしまっていた。クソ、お姉さんといると調子が狂うなあ。だけど、嫌じゃないと感じているんだから、たちが悪い。家にいたときは感じなかった安らぎみたいなものを感じている自分がいて、それがとても憎らしかった。


「で、どう? 少年は私を遠くに連れて行ってくれるのかな」


 お姉さんがテーブルに肘をついて、座りなおす僕を見つめている。


 そうだな……遠くに、か。僕が連れて行くというところが少し引っかかるけど、僕も遠くに行ってみたい。右も左もわからないこの状態で、お姉さんと出会って、僕は運がいいと思う。こんな綺麗でかわいくて変な人と、一緒に二人の世界に抜け出して、気ままに旅ができるんだから。


「そうだな。遠くに行ってみよう」

「楽しみにしているよ、少年」

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