第2話 知ってる? タバコの煙って実は死者の魂なんだよ
うんざりとするほど暑い日差しの中、これまたうんざりとするほど広い野原をお姉さんと二人で歩く。野原と言っても自然に溢れているようなものではなくて、ゴミが散乱しているから風情も何もあったもんじゃないけど。
ふと、お姉さんが紙の箱を拾い上げた。朽ちかけているけど、タバコの箱のようだ。
「知ってる? タバコの煙って実は死者の魂なんだよ」
「流れるようにクソみたいな嘘吐くなよ」
「嘘じゃないよ、タバコの煙にはね魂を鎮めるという意味があるんだって」
「絶対嘘」
お姉さんが汚いタバコの箱から、一本のタバコを取り出した。その瞬間に朽ちてしまい、パラパラとタバコだったものが地面に舞う。風が吹いて、それすらも僕たちからかっさらっていってしまった。
「でも、昔はタバコは儀式に使われてたんだよ」
「また嘘ついて」
「いや、これは本当」
「これはって言ったな」
お姉さんがクスクスと笑いながら、タバコの箱を放り投げる。
「マヤ文明の遺産に、擬人化された神様がタバコをくゆらせる姿が描かれたレリーフがあるのよ」
「出たよマヤ文明。こういう嘘っぽい話の定番じゃん」
「昔の人は、タバコは神様がお気に召すものだーとかなんとか、考えたんだって」
僕がどれだけ嘘だと茶化しても、お姉さんは話を続けるつもりらしい。歩き出しながらも、お姉さんの口は止まらない。本当、気だるげな雰囲気なのに話し出すと止まらないな、この人は。僕が話しかけても生返事ばかりなくせに。
「あと、昔は日本でもたばこ祭りなんてのがあったんだって」
「たばこ祭り? なにそれ」
「日本有数のタバコ葉の産地で行われてて、なんか色々な要請で無くなっちゃったって」
「ええ……」
日本人はなんでも祭りにすると思ったけど、本当にそうだったらしい。いや、外国にも色々な祭りがあったらしいし、日本人だけじゃないか。そんなことを思っていると、なぜかお姉さんは僕の手を握り始めた。
「恥ずかしいんだけど」
「二人だけなのに何を恥ずかしがることがあるのよ」
「まあ、うん」
「あとね、隅田川の花火大会。あれには鎮魂の意味もあるのよね。それって、起源を遡ると戦争とかが出てくるからなんだって」
花火で慰霊か、昔の人も洒落たことを考えるものだ。お姉さんの話はどこまでが本当かわからないけれど、それが本当なら面白い。
「それに、日本でタバコが広まったのも戦争と関係があるらしいのよ。昔の政府が、軍事費用を稼ぐのにタバコの販売の権利? を独り占めして、タバコを吸おうってキャンペーンしたのね」
今度は、何も洒落てない話だった。慰霊のための花火と、戦争をするためのタバコ。なんともまあ、面白い対比だ。今日はなんだか、いつになくお姉さんの話が面白い気がする。一体どうしてしまったんだろう。いつも、もっとくだらない話しかしないのに。
瓦礫にまみれた草原を見て、何かセンチメンタルな気分になったんだろうか。お姉さんは僕の手を引いてズンズンと進んでいくから、顔がよく見えない。
「戦争中は兵士がタバコをありがたがって、戦後も帰還した兵士の心の慰めになってたんだって。心の慰め。それって、鎮魂とあまり変わりがないと思わない?」
「……難しいことを聞くな」
タバコ、か。吸ったことがないから、よくわからないな。けれども、戦いに疲れた人の心を癒やしていたものだと考えたら、たしかに魂を鎮めるというのと何も変わりがないように感じてしまう。だけど、そうだな。そう考えたら、そう悪いものじゃないのかもしれないな。
「ま、適当に言ってみただけなんだけどね」
お姉さんが僕に振り返って、優しい笑みを向けていた。
「考え込んじゃったじゃん!」
「ごめんごめん」
笑いながら謝る彼女の顔が、キツイ日差しに照らされて、なんだかとても綺麗な宝石のように思えた。
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