第4話 もうちょっと素直にさせてあげる
二人きりで遠くに行くと決めてから、僕らはとりあえず小屋にあったベッドで眠ることにした。草原にぽつんとあったから小屋だと思ったけど、ここはどうやら民家のようだ。こんな瓦礫だらけの草原にぽつん、と一軒だけ、か。不便だろうなあ……。
ベッドに横になると、目の前にお姉さんの顔があった。いつも着ているダボッとしたパーカーを脱いで、肌着姿になっている。月明かりに照らされた素肌がちらりと見えて、妙に扇状的に思えた。
「エッチだね」
「ごめん」
「んー? むしろ健全健全。お姉さんは安心だわ」
眠そうに目を細めながら静かに喋る彼女の声が、耳に心地いい。
「少年、こんな話を知ってる? おっぱいは人間の体の脂肪のうち、平均で約3.5%を占めるらしいよ」
「ごめん、急に何の話?」
「ん? おっぱいの話よ。気になるみたいだし」
しまった、肌着から見えている谷間をチラチラと見ていたのがバレている。女性は男の視線に気がつくとよく言うけど、どうやら本当らしい。というか、3.5%って高いのか低いのか、なんともわからないな。お姉さんの大きさだと、もっとありそうなもんだけど。
「赤ちゃんに授乳すると、一日に約300キロカロリー消費するらしいわ」
「いや本当に何の話だよ。なんでそんなこと知ってんだよ」
「香港にはブラジャー学という学問があるらしいよ」
「それは流石に嘘」
くっくっく、とお姉さんが独特な笑い声を漏らす。その度に、肩と一緒に胸が揺れるのがどうも困るところだ。本格的に、目の行き場に困ってしまう。顔を見てもなんか居心地が悪いし、胸を見るとこのままずっと胸の話をされそうだし、何より胸ばかり見るのはあまり気分がいいものじゃないだろうし……。
「さて少年、君は大きいのと小さいの、どちらが好きかな?」
「急に何の話!?」
「あまり夜中に大声を出すもんじゃないよ」
「いや人いないからいいでしょ。というか大声出させないでよ」
お姉さんがニヤニヤとした顔で、僕をじっと見ている。ふとした拍子に、彼女の手が僕の胸に触れて、くすぐったい。
「少年、君はタイプだけど見知らぬ女性と、私が崖から落ちそうになっているとしたら、どっちを助ける?」
「今度は何……そうだなあ」
考えるフリをしてしまった。そんなことは、考えるまでもないことだ。僕は咳払いをして、お姉さんの目をじっと見る。
「お姉さんかな」
「へえ、どうして?」
「お姉さんは知らない人じゃないからね」
「ふふふ、かわいいやつだねえ」
お姉さんが僕の頭を撫でる。どうしてだかはわからないけれど、その優しげな笑みがとても懐かしく思えて、されるがままになってしまう。まあ、心地いいからこのままでいたいという気持ちもあるけれど。
「抵抗しないんだね」
「もう少し、しててください」
「へえ、素直じゃん」
「眠いからね」
「じゃあ、もうちょっと素直にさせてあげる」
急に、お姉さんが僕の顔を引き寄せた。顔が彼女の大きな胸の谷間に埋もれて、柔らかく温かい感触に包まれる。恥ずかしくて抵抗しようとしたけれど、お姉さんの心臓の鼓動が耳に心地よすぎて、抵抗できなくなってしまった。
「このまま寝たらいいよ」
「恥ずかしいんですが」
「でも抵抗しないのよね」
「抵抗できません」
「いいじゃん、二人きりなんだしさ。夜は心細くなるって言うでしょ」
お姉さんの温もりが、頭を撫でる優しい手付きが、僕を心地よい微睡みに落としていくようだ。彼女は一体、どうしてここまで僕に優しくするのだろう。どうして、僕と一緒にいてくれるんだろう。そんなことを考えながら、心地いい眠りに落ちた。
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