第8話 少年、ここは私の家だったところだよ

 お姉さんと初めてキスをした次の日、僕たちはまた歩いていた。お姉さんはどこか知っているのか、僕の手を握って迷いなく歩いている。どこか、行くところがあるんだろうか。自然からはまた離れて、瓦礫がたくさん散らばっている場所を歩く。一昨日までいた瓦礫の山と違うのは、家のような瓦礫が多いことだ。


 今僕がまたいだのは、明らかに椅子の足だったもの。


 どうして、こんなに崩壊した家屋の瓦礫があるんだろうか。


「少年、君はこの世界に他に人がいると思う?」


 お姉さんが、ぽつりとこぼした。その言葉の意味が、ちょっとよくわからなくて、僕は何も言えなくなってしまう。


「私はね少年、ずっと人を探していたんだよ。だけど、君しかいなかったんだ」

「え?」

「何も知らないんだから、びっくりするよ」


 そう言って、お姉さんは立ち止まった。目の前には、また明らかに家だったような瓦礫の山がある。比較的、家具の形がまだ残っている。ゲーミングチェアみたいなボロボロの椅子、食卓だったんだろう大きなテーブルの天板のような木の板。そして、写真立てがお姉さんの足元に転がっている。


 彼女はそれを拾い上げて、目を細めた。


「少年、ここは私の家だったところだよ」


 お姉さんが手にしていた写真立てには、お姉さんが映っていた。その隣には、お姉さんの両親らしき人たちが映っている。写真立てのガラスは粉々で、少し触ると崩れていった。すると、写真がより鮮明に見える。


「写真を守ってくれてたんだね」

「家だったって……なんでこんな」


 これまで歩いてきた場所には、たしかに人の営みの痕跡があった。前に歩いていた瓦礫の山にも、タバコの箱やラムネ瓶が落ちていたし、近くにボロボロの小屋もあったし……。それから森を抜けて、広場みたいなところにベンチとテーブルがあって、そうしてここには瓦礫になった家々がある。


 地震でもあったんだろうか。だけど、どうして僕はそれを知らないんだろう。そもそも、どうして僕は知らない場所で寝ていたんだっけ。


「ある日、唐突に隕石がたくさん降り注いだんだ」

「隕石?」

「宇宙から降ってくる小惑星だよ」

「いやそれは知ってるけど」

「私はね少年、両親に地下に避難させられてたから無事だったのよ」


 避難する時間があったということは、前もってわかっていたんだろうか。それとも、突然のことでも対応できるようなところに地下への入り口があったとか? わからない。わからないけど、お姉さんの口調からは嘘だとか冗談だとか、そんな感じは全くしなかった。


「地下から出たら、この光景が広がっていて、誰もいなかった」

「まじか……」

「親も近所のおばさんも、近所に住んでいた男の子も、誰もね」

「それでみんなを探しに?」

「そう。結構遠くまで行って、また近くに戻ってきて。そしたら、君がいた」


 お姉さんの目に、涙が浮かんでいる。遠くまで探しに行ったけど、僕以外の人が誰もいなかった。両親も、近所の人たちも、見知った人がいなかったというのは、とても辛いことだろう。僕には想像しかできないけれど、想像すると胸がすごく締め付けられる。


「流石に悟ったよ。みんな死んじゃったんだって」

「そんな……」

「まあでも、君みたいなかわいい男の子がいたんだ。それだけで十分」


 お姉さんが僕の顔をじっと見ている。今にも泣き出しそうな顔で、愛おしそうに。僕はたまらなくなって、お姉さんの頭に手を伸ばした。


「ん、気を遣わせてしまったね」

「使わせてよ、これくらい」

「ふふふ、君はたまに私より大人に見えるわ」


 しばらく僕の手に頭を委ねた後、彼女が大きく伸びをした。写真をカバンに入れて、どこかスッキリしたように「よし」と明るい声音で呟く。


「行こっか」

「行くって、どこへ?」

「遠くに連れて行ってくれるんでしょ?」

「そうだったね。うん、そうだった」


 お姉さんが笑って、僕に手を差し出す。僕はその手を取って、また二人で歩き始めた。他愛もない話、くだらない話をしながら。

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