生描写有り

擦った後

生描写有り

私、小説を読むのが大好きだったんですよ。

学校から帰ってきて読んだり、学校に居ても人目を盗んで読んだりしていたほどに。

Web小説が多かったですかね。投稿サイトへのこだわりは特にありませんでした。


内容。内容、ですか。

まあ公には言えないような物ですよ。少し、いやかなり俗な、エッチな物。

そういう、官能小説だったって事だけ頭に入れて頂ければ。


それで、去年の冬になりかけの秋くらい。肌に日光を受けてやっと、寒くも暑くもない丁度いい温度を感じられるくらいの頃に。

その時も家で変わらずWebで小説を読んでいたんですけど、そこで一つの小説が目に留まったんです。


「おっとり系巨乳お姉さんに強制種付けして僕好みの身体にする (生描写あり)」


確かこんな題名をしたその小説は、まあ上下に並んでいる小説と比べても、多少題名の時点で他より情報が出ているってだけで。

気を引くジャンルでもなかったので、括弧さえなければ私はそれを一瞥し、更に下へ下へとスクロールしていったはずです。


しかしその括弧内にある記述が、とても場違いで不思議な物に思えて。

私はそれを、その小説を、タップしてしまいました。



私がそれを不思議な物だと思った理由は、二つあるのですが。

まず前提として官能小説って当たり前ですが、まあ大体、というか多分全部、変態的な描写があるじゃないですか。


そういう描写を官能小説投稿サイトでやる分には、読者側もそういうものを求めてそこに来ているので別にいいと思うんです、何も書かなくても。


ただそれが普通の小説投稿サイトとなると話は別。

エッチな物目当てじゃない人も訪れるわけですから、必然的にこれはエッチですよという警告を打ち出さなければいけなくなります。


そして大抵、少なくとも私が見ていたサイトはそういうケースに対応するため、予め投稿サイト側から「性描写有り」のようなタグを付けられるようになっているんです。これはエッチだから気を付けてね、と示すもの。


その小説、それを付けてなかったんですよね。

投稿者がサイトに不慣れだった可能性もありますし、なので付けてなかったからどうこうと言う訳ではありませんが。

あとそれだけだったら正直、気にも留めなかったと思いますし。


問題はその後の記述でした。口頭だと伝えづらいですね。

その記述はさっきも言った通り(生描写あり)ってとこなんですが、漢字が、生きるに描写で生描写になってたんです。

普通は性別の性に描写で性描写だと思うので、誤字かなあと思いつつ、しかしなんとなく拭えない違和感がありました。


話を戻しますね。

私がその小説をクリックすると、目に入ったのは何の変哲もない概要と、目次に一つだけぽつんとある「生」という言葉。


私はそこで、目次のしたにぶら下がっているその話を読むのを、躊躇ってしまいました。

いえもちろん別に、好き嫌いがどうこうと言う話ではないです。

ただ、(生描写有り)の記述と合わさって、少し不気味だと、そう思ってしまっただけで。


結局私は思考を数巡させてから、その話を見るために、恐る恐るその「生」に指を当てました。

その時には既に、当初の「官能小説を読む」という目的から外れて、煩悩的な思考も一切ありませんでしたね。


私がそれを押すと、サイトのリンク横にある読み込みのマークが回り始め。

少しだけ時間を置いた後、話が表示されていきます。


表示されたその話は、予想に反してちゃんとした書き出しから始まっていました。

話は主人公である「僕」が、隣に住んでいるお姉さんに話しかける所から始まり。

速攻で行為に持っていきたい為か多少乱雑な描写ではありましたが、それでも私のエロティックでない方の思考を、杞憂だったと吹き飛ばすには十分でした。


特に違和感のないその話に対し少しの驚き、それと安堵があって。

その安堵は、3回目のスクロールによって全てかき消されました。


それはちょうど「僕」がお姉さん宅へ押し入り、そのまま脱がせる場面の描写が始まった所だったのですが。

この辺りから小説に、意味の分からない注釈が付き始めたのです。


例えば、これは半ば作品からの引用、のような形になりますが。

「僕」がお姉さんの胸を鷲掴みにした際、お姉さんが『んっ♡』と半ば喘ぐ様に声を発する場面があります。


その場面のお姉さんの発声にあるハートマークと、ほぼ地続きになるようにして。

「←(廃屋の中、縄と天井が風によりぎいぎいと音を立てている様子)」と書かれていたり。


そのすこし後にある、お姉さんが「僕」に無理やり抱き寄せられる場面では、

『はぅっ!?←(夜中の山道を警官が二人、懐中電灯を照らしながら歩いている様子)』と書かれていたり。


とにかく意味が分かりませんでした。分かりたくとも分からないと言いますか。

だって、胸を鷲掴みにされ喘ぐ行為が、縄と天井が風にあおられ音を立てる様子のメタファーでない事は確かですし、無理やり抱き寄せられ声を上げる行為が、懐中電灯を照らしながら山道を歩く様子と同じ意味を持つわけがないじゃないですか。


この他にも色々、というか、「僕」もしくはお姉さんが何かしらの声を発している場面全てに、この薄気味悪かったり、または気持ち悪かったりする注釈がついていて。

私は、「僕」のそれが挿入される場面に来た時点で、読むのをやめました。


憶測でしかありませんが、このまま順当に行けばおそらく、気持ちいい、気持ちいいと本格的に喘ぎ始めるお姉さんと、そしてその一つ一つに、まるでその台詞が持つ意味を否定するかのように付く注釈と相対する。それは厭だ。


何が厭ってその注釈、流れがあったんですよ、ちゃんとした。

さっき言ったような、警官が懐中電灯照らして歩いていたり、廃屋で縄がぎいぎい言っていたりする注釈。

それを一番上から順々に追っていくと、「僕」のそれが挿入されるまでの時点で。

「廃屋に存在する首吊り死体が風化する様子と、それを捜している警官二人の様子」

という二つの場面が、切り替わるような構成になっている事に気づいたんです。


このまま読み進めていって、お姉さんが喘いで、それによって沢山の括弧が付いて。

その一つ一つを使い開示されていく情報が、もし私の想像を超えるような、末恐ろしいものだったら。

その情報が、逆回しになっている情報が、(生描写有り)の記述と密接に関わるものだったら。

私は、いくら文面とはいえ、耐えられそうにないから。


再び概要と目次が顔を見せるページまで戻ると、ある一つのレビューが目に留まりました。

そこには星がみっつとExcellentという言葉が並んでいて、その下に、

「(生描写有り)の意味を教えますね。」

といった題名があって。

更に下にあるレビュー本文は、ネタバレを含むと書いてあり見られなかった、逆に言えば見なくて済んだ、のですが。

そのレビューが私に向けたものであると感じて、すぐさまスワイプでページごと消しました。


またブラウザを開けばそのページが出てきてしまうので、一時的な延命治療でしかないのですが、それでも私にとっては充分です。

もうその時から小説を読むのをぱたりと止め、今は普通に遊んだり、勉強したりしています。


ああ、そうだ。私が(生描写有り)って記述を見た時に抱いた違和感、正体思い出しましたよ。

といっても、そんな真理ってほど大仰なものでもなくて、単純に気になったものなので、ただの戯言として聞いてほしいのですが。



(生描写有り)って何か、まるで死んでるのが当たり前みたいな感じですよね。

言い方からして生きてるのを忌避または気持ち悪がってるような。

そう考えると首吊り死体は納得が行きますね。あれ多分もうちょっと情報が進めば生き返ったと思いますし。


それだけです。

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