第9話 “19”

ア○ネーター鎌足を早退(?)させたあの日、葛城の日時指定通りやってきた蘇我赤兄は葛城に報告をした。

葛城の背中に向かって跪く。


「どうも、何人か有間皇子様の周辺に反乱分子がいるようです。しかし、皇子様本人が謀反をお考えかどうかは分かりません。」


「そうか。内偵調査ご苦労。」


葛城は振り返って、赤兄の肩をポンと叩いた。その様子に一礼をして、赤兄は再び話し始める。


「そこで一計を案じた方がいいのではないかなと思うのですが。反乱分子がいるのは事実ですから、早めに動いておかないとこちら側が叩かれる可能性があります。」


その言葉に、葛城はしばらく執務室の中をぐるぐる回って「うーん」と言いながら顎に手を当てた。しばらく歩いたら飽きたのか、そのまま執務室中央の椅子に座る。そして「あっ」と小さく呟いた。何か思いついたらしい。


「...では、世間的な私の印象を利用するのはどうだ?」


葛城の提案を聞いて、赤兄は思わず視線を床に落としてボソボソと呟く。


「皇太子殿下の印象...傍若無人、暴虐、冷徹、血の通わない男、無表情、粛清血祭り」


「ねぇ、多くない?」


「話してみると意外に優しめ」


「それはどうも。」


「で、この皇太子殿下の印象を用いて何をなさろうと?」


跪く赤兄に手をこまねいて「来い来い」と伝えると、赤兄はお利口な犬のように、腰を落としたまま素早く葛城に近づく。もうちょっと、もうちょっと、いや近い少し離れろ、そこで聞け。というようなコントを繰り広げつつ。結局、座っている葛城が横を向き、そんな彼に向き合う形で赤兄が膝立ちをする格好に落ち着いた。


「内偵をやれるだけの力量があるそなたになら、道化役はお手のものだろう?あの皇子の前で可哀想な赤兄ちゃんを演じるのだ。皇子が二心を抱いている場合は、できるだけ早く、多くの味方が欲しいはずであろう。皇太子にいじめられた可哀想な赤兄ちゃんを見過ごすはずはないと思うのだが。」


「まあ...なんてひどいことをお考えになるんでしょう。あなたって人は。」


「どうだ?可哀想な赤兄ちゃんよ。」


「赤ちゃんみたいで嫌ですね、それ」


「とりあえずお前よりも私の方がきちんと冷酷非道で理不尽な皇太子をきちんとやれるかが問題だ。そういうの、苦手なんだよな...大声で怒るみたいなの。」


葛城は演技下手で側近からネタにされている。だから普段から仏頂面なのだ。


「なぁに、いつも通りにしていたらいいじゃないですか。その仏頂面で少し不機嫌そうに声を出せば、十分恐ろしいです。」


「相手がお前だからな、思わず吹き出すかもしれん」


赤兄はおもむろに立ち上がって、机を挟んで葛城と対峙した。


「はぁ、私の天才的な演技に同情してブチギレられない〜とか、やめてくださいよ?殿下から先に言い出したんですから。」


机から身を乗り出して詰める赤兄に見つめられた葛城は


「そ、それはそうだ。じゃあちょっと理不尽に怒る練習に付き合ってくれないか?」


と、少し焦り気味である。


「はぁ、分かりました。あ、この話は内臣には連絡しないで良いので?」


「まあ計画自体黙っててもその場に合った動きをできる奴だからな。...赤兄、なんだその目は。」


赤兄は思わず葛城から背を向けた。


「やっぱり内臣には敵いませんなぁ〜。あなた方、喋らずとも心が通じ合っちゃって。私なんてこうやって洗いざらい喋ってようやく信用されるのに。」


何故か拗ねている。


「何を嫉妬しているんだ。あいつは手の込んだ演技ができそうにないから後でネタばらしした方がいいという話だぞ。それに比べてお前は完璧に内偵調査もできるし、こうして私の演技指導まで出来る。どんな臣下より私との秘密を共有しているではないか。」


葛城の言葉を聞いて、赤兄は少し嬉しそうに再び葛城の方へ向き直った。


「まあ、いつでも一緒に地獄へのお供をする覚悟をしておりますからね...!」


葛城も葛城で、赤兄の言葉を聴きながら、一呼吸を置いて呟く。


「そうか。やはりお前たちが持ててよかったよ。」



____________倭姫王の許を訪れる夜は少し、久しぶりとなってしまった。葛城は眠そうな彼女を横目に、寝所に姿を現した。

すでに寝る準備万端の倭姫は、寝台に横たわろうとしていた。葛城の方は寝台に腰掛けている。


「最近は激務のようですね。」


「ああ。少し。」


「いつにも増して口数の少ないこと。久しぶりなのですから、もう少しお話しくださいよ」


「...そうだなぁ。話せないことが、多いんだよ。」


「この私にも?...他の妃の話ばかりで?」


「違う。最近は誰とも寝てない。」


そう言う葛城の太ももに、倭姫が転がり込む。膝枕をする形になった倭姫からの視線が、嫌でも葛城の目を射抜いた。


「...そんな目で見ないでくれ...ずるいなあ、君は。」


「ずるいだなんて。溜め込んだものは吐き出せと言っているのです。」


思わず葛城は倭姫のほっぺを掴んでぐにゅぐにゅと揺らしてみた。ちょっと眉を顰めている倭姫を見て、葛城の頬は緩む。そして、しばらく胸にしまっていたことを打ち明け始めた。


「うむ。まああれだ。19歳の頃というのは、人生の転機が訪れる時期なのだなと、最近自分の人生を振り返って思う。きっと皆がそうなのだろうな、と。

その岐路の如何で生きるか死ぬか分かれるのだろうな...と。」


「何か、迷われているのですか。」


「迷うも何も、常に私は正義を握っていなければならない。あの時から。19のあの年から。」


葛城は19という歳に囚われているように見えた。誰かと自分を重ね合わせているのだろうか。


「つくづく自分が嫌になる。後世の人間からどんなひどい奴だと思われるだろうか。思い切ったことをやっておきながら、内心はいつも恐怖だ。私が人を裏切り謀ってきたように、私もいずれそうされるのではないか、とね。」


いつになくか細い声である。


「そうですか。そうですね...己の心を恐怖に支配されがちなのは、大王の一族であれば何度も経験したことでしょう。私だってその1人です。しかしあなたには信頼すべき臣下がいるのでしょう?頼りにできる方々が。」


「そうだな。」


「まず彼らに信じてもらうには、疑うよりこちらが先に信じなければ。あなたの宮に来た当初の私だって、何もかも信じられませんでした。」


「そうだったのか?!」


なぜそこでそんなに驚いているんだ...一応貴方は私の父上を殺った張本人、普通に考えて親の仇なのよ?と倭姫は思ったが、そのまま続けた。


「しかし、置かれた状況を信じた、その結果が今です。今や書麻呂はいませんので、1番頼りになるのは葛城様あなた1人。たとえ何があろうとも、葛城様には私がいます。このことをお忘れなきよう。」


倭姫は葛城の膝の上でふふっと微笑む。


「ありがとう...いつだって君は欲しい言葉をくれるのだな。」


葛城も、そんな彼女を見て、優しく頭を撫でている。


「あなたの妻ですから。それぐらい分かります。明日も朝早いのでしょう?ゆっくりお休みください。」


「あっいや...」


「どうかなさいました?」


(膝枕をされては、私がゆっくり休めないのを分かっているのか?君は...)


葛城はなかなか膝枕をやめない倭姫の頭を撫でていた。自然と気立っていた気持ちも落ち着いてくる。そうしているとすやすやと寝息が聴こえてきて、ゆっくりお休みくださいと言った張本人の方が先にゆっくりお休みになっていた。


「はぁ...君って人は...」


けれど、太ももに感じる重さと温かさには不思議と癒されて、満更でもない気分の葛城は、その後もしばらく妻の寝顔を眺めながら、束の間の休息を満喫したのであった。


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背中合わせ み(もざ) @soga_no_irk

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