第2話 後編


受け付けの白石さんは女子大に通っている。いかにも清楚なお嬢さんだ。


年齢よりも大人っぽく落ち着いた感じ。


受け付けに置いておくには適任だった。

常連のお客さんの評判もすこぶるいい。

しかし彼女はあくまでアルバイト。

プロの受け付けではない。

私もアルバイト店員。


この二人に彼女の入店を止めることは。

おそらく無理だったと今でも思う。

私も気圧されはしたが。


そのお客さんを座らせてしまった。

二人用の小さな席だけど。

壁側はベンチシート。


大柄な男性でもゆったり座ることが出来た。案内された彼女は、片手で席の弾力を確かめた。満足したようであった。


当時まだ「化粧男子」なんて言葉はなかった。そのような性癖の人はいたとしても。


目の前のお客様。現代でもそのカテゴリーには属さないことだけはわかった。


その異様というか異形を前にして。

私は何をしたか。何をするべきか。

私はいつも通りの接客を彼女にした。

ただそれだけだった。


お客様の前にドリンクと、単品料理と、コース料理やフェアのメニューをお持ちして。目の前でメニューを開き説明した。

彼女は最初から頼む料理を決めていたようで私に向かって注文をした。


「ハンバーグ」


男の声だが女性を模写。

縒れ紐のようにか細い不思議な声。


「ライスかパンはおつけしますか?」


彼女は頷いた。


ドリンクの注文はなし。

私はメニューを閉じて。

彼女にお辞儀して。


厨房にオーダーを通した。


厨房からベルが鳴る。

私は料理を取りに向かう。


その途中で、同じバイトのさわちゃんが出勤して来た。彼女と挨拶を交わす。


彼女は私よりふたつ年上。

小劇団の看板女優をしていた。

すごくパワフルで働き者だった。


旗揚げしたばかりの、自分たちの劇団の公演のために。朝から他のバイトを掛け持ちしていた。私は彼女のことが好きだった。


自分には望むべくもないような。

活発で精力的な女性ばかり好きになる。

正直言ってバイトが続いたのもそのせいか。彼女が励ましてくれたから。


「イッチおはよう!」


彼女は私をあだ名で呼んだ。


別に、ネットでスレを一番に立てた主だからではない。名字か石川だからイッチだ。


「おおう!鐘鳴ってる!鳴ってる!」


彼女が料理を取りに行くと私を制した。

そして料理をフロアまで運びかけて。

急に肩を震わせ始めた。


「ごめん・・ごめん!イッチこれ運んで!頼む!私無理だわ・・」


どうやら彼女は笑っているらしい。

怖いと不気味よりもツボに入ったようだ。


「なんですか!?あれは!?」


私は彼女から皿を受け取り料理を運んだ。

そのお客様は、富士山を上下ふたつくっけたような唇で、ハンバーグをもぐもぐお上品に食べ始めた。


よく見れば愛嬌があるような。

一瞬そう思った。


けれど他の客席がざわつき始めていた。

それはあのお客様が異容な風体だから。

それだけではなかった。


「ねえイッチ・・なんか臭くない?」


彼女が私に囁いた。


「俺、鼻悪いんだよね」


昔からそうだった。子供の頃から鼻が詰まり気味で。治療が必要なレベルじゃない。けれど匂いにはかなり鈍感だった。


他の客席のお客様がざわめいている。

あのお客様が異臭を放っているから。


「これはまずいことになった」


支配人がフロアに来るまでになんとかしないと。私はともかく。


受け付けの白石さんは怒られるだろうな。

日頃怒られなれてる私は支配人の厶ーブが手に取るようにわかるのだ。


「なんとか早めにお引き取りを・・」


そう思って客席を見ていると「よお!」

横柄な口調で声をかけられた。


「お客さん入ってる?」


後ろに支配人が立っていた。


私らがどうこう言う前に。

支配人はそのお客さんを一瞥した。


「誰が入れた?」

「店にご案内したのか?」


矢継ぎ早にそう訪ねる。

返事も待たず大股でつかつかと。

怒り心頭な様子で客席を横切る。


入口に向かって歩いて行った。

案の定受け付けの白石を叱っている。


「自分が早く来ないから悪いじゃんね」


そう言って笑いを噛み殺しながら。

さわちゃんは持ち場の二階へと消えた。


「俺も謝ろう」


そして白石さんもフォローしないと。

レジに向かって歩き始めた。

すぐに次々来店があった。

その夜店は混んだ。


その女装男子は食事を終え。

私に手を上げた。


手の中にこれ以上しわくちゃに出来ないような。千円札が握られていた。


「お会計は・・レジでお願いします」


俺は彼女に言った。


それでこのお話はお終い。

そうなるはずだった。


しかしいつまでも記憶から消えない。

そのお客さんさんは料金を払った。

別に無銭飲食もしていないはずだ。


それでも店の支配人は彼女を追った。

私もつられてレジに行く。


レジでは白石さんが項垂れて。

もう一人の受け付けの子が慰めるていた。


店の外では支配人がそのお客さんを呼び止めて。何言かしきりに話している。

会話の内容はさっしがつく。


「店に合わないから」

「あなたは迷惑だから」

「二度と来ないでくれ」


それだけで済む話しだ。

けれど支配人は話を辞めない。

そもそもお客としてご案内をしたら。

注文をうけたら売買契約は成立している。

だからこれは受け付けの彼女と私と。

支配人とお店の責任なのだ。


店にはドレスコードというものがある。

それにそぐわぬお客はお断りしていい。


「まことに申し訳ありませんが次回から」


それではなくて。

支配人の顔を見て私は理解した。

あれは底辺や弱者を見つけて歓喜する。

それをいたぶるのが好きな男の顔だった。

私がよく知るその人の顔だった。


それよりなによりも。

私はその時気づいた。

その長身痩躯の彼。


それは化粧なんてもんじゃない。

彼は自分の顔に女の顔を描いていた。


白塗りの顔の口の中に。

本物の口がある。

鼻の中に鼻が。

目の中に目が。


気がついていないのだろう。

黒く大きく描かれた歪な瞳。

その中にあるぎらぎらした。

憎しみに燃える瞳がふたつ。


ずっと彼を睨みつけていることを。


もし街で素敵なレストランを見つけたら。 まず、あなたは何をするだろう。

財布の中身を確認して。

素敵な洋服を選んで。

それから。


私と女装の彼が違うのは。

客と従業員の違いだろうか。

それは多分違うと思った。


彼はその男をけして許さない。


しばらくして支配人は店から消えた。

それは店の金を横領してたとかで。

従業員同士の噂ではそういう話。

詳細はよくわからない。


怪談や怪異とは無関係なお話だ。


久しぶりに店を訪ねたけれど。

消息は分からないそうです。

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化粧男子 六葉翼 @miikimiki

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