完全安全都市

宇多川 流

完全安全都市

 大量の個人情報がネットワーク上に漏洩しているのが発見されたのは三日前のことだった。情報の内容は大部分が偽物だったものの、サイバーポリスが捜査した結果、犯人は漏洩した企業とはまったく関係のない市の市役所からアクセスしたことが明らかとなる。

「この市から情報が洩れたとは考えられませんけどねえ。ここのネットワーク・セキュリティは完璧ですよ」

 二人の刑事を先導しながら、若い市の職員は苦笑する。

 ここの市長はやり手らしいとその名を響かせていた。街並みは緑にあふれた森のような景観をしており、あちらこちらに獣や爬虫類などの姿がある。

「襲ってきたりはしないのかい?」

「常に監視していて、人を傷つけようとすれば脳内に注入してあるナノマシンの作用で麻痺する仕組みです。心配はありませんよ」

 小柄でずんぐりとした体型の刑事に愛想良く笑いかけ、職員は市役所へと歩き続ける。

 その後ろで、二人の刑事はやや歩みを緩めて小声でことばを交わした。

「なんだか田舎に来たような雰囲気だな」

「でも確かに技術は最先端らしいですぜ。動物の自然な姿を観察できる研究都市、だし」

「研究者より観光客の方が多そうだけどな。動物園もここまで来たか」

 彼らが歩く小道ですれ違う者たちも旅装が多い。愛嬌のある動物はそれらの観光客たちに囲まれ、エサをもらっているようだ。

「あんなにエサをもらっていて太らないのが不思議でさぁ」

「お前と違って動いてるからだろう」

 それにしたって相棒の疑問はもっともだと長身の刑事が頭をひねる。動物たちにはタグがつけられており、人気者の動物のタグ・ナンバーや外見は確認していた。確認のために見た映像は四年前のものにも関わらず、動物たちの体型は少しも変わっていない。

「うちは健康管理には気をつけていますからね。……さあ、着きましたよ」

 役所の建物は淡い黄緑で、周囲の緑と調和が取れるように配慮がなされていると見えた。だが、一歩中へ踏み込めば大都市のそれと変わりない。

 ガイド役は刑事二人を、個人情報を扱う情報システム室へと案内する。

「へえ、どれも最先端のばかりですぜ」

 部屋に入る前は疑わしげだった小柄な方の刑事が感歎する。並ぶ画面はさまざまなデータや映像を映し出しており、どれにも席に着いた職員が厳しく目を光らせていた。

「ご覧の通りです。ここで情報の流出はありえませんよ」

「そうかもしれないが……」

 胸を張る青年のそばを離れ、二人の刑事は声を潜めて口を開く。

「内部犯ならシステムを操作できるだろう。外の人間とは考えにくい」

「でも、どうやって無関係な企業の顧客データがここのシステムに入るんですかい? まず、そこから疑問ですぜ」

「知ってるだろ、署のシステムはこれより優秀だ。ここから流出したことは確かなんだ」

「そうは言ってもねえ」

 相棒はあきらめたように肩をすくめるが、もう一人の刑事は何か些細な手かがりでもないかと求めるように、室内をじっくりと見渡した。すると、ふと何かと目が合う。

 窓の外にコウモリらしき黒い姿がぶら下がり、じっと室内を見つめていた。

「ああ、あれは何がおもしろいのか、いつもこうして覗いていて……」

 案内役の職員が言い終わる前に、

「チェンボ、あのコウモリを透過してみろ」

 相棒の指示に従い、小柄な刑事が懐から素早く取り出した眼鏡型万能センサーを装着した。視界が狭まるが、このときの市職員の表情は容易に想像できたであろう。

「わかりやしたぜ、警部。あれは動物なんかじゃあない。全身機械だ。それも、最先端のセンサーや録音機能、録画機能を兼ね備えたやつさ。対防御能力も、並みのセンサーじゃ透過できないレベルだ」

 すでにすべてが終わったことを悟ったのか、周囲の職員たちにざわめきが広がっていく。

「なるほど。動物を監視するなんてとんでもない嘘だ。むしろ監視されてたのはこっちで、個人情報も記録し放題ってわけか」

 個人情報の売買がネットワークで問題になっているのは最近に始まった話ではない。それだけ情報に高値がつくということだ。

 ひとつの市が市長以下、違法な取引に手を染めていたことはメディアを大きく騒がせた。だが、元の事件の容疑者は告発目的でわざと情報を洩らしたと噂されるものの、その正体は事件から数ヶ月後にも判明していない。



    〈了〉

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