第35話 エピローグ その後の皇帝と魔王
バルビローリとエスペランザは例の山中にいた。
ラーラを帰す時に持たせた親書と共に例の指輪も返したのだ。エスペランザはこれに答礼の親書を送り、そこに再び指輪を入れて置いた。
それには念話魔法の他にこの場所への転移魔法が付与されていた。
二人は誰にも見られない所に行くと、この山中の草原に転移して、時折、会うことにしたのである。
「カールは皇太子となり、その妃はロレーヌ。アランは次期宰相、リヒトは王女テレサに口説かれているというわけか。
帝国の体制は盤石ではないか」
エスペランザはバルビローリに帝国の近況を聞いて面白そうに言った。
「魔族の方は何かあったか」
「帝国ほどのことはないが、森が魔族領に復帰したこともあって新たに魔獣の管理をし始めた。
十年放置されていて野生化しているのをもう一度、家畜化するためだ。
そのための部署を設けて四天王たちに任せた」
「あそこは帝国ではたまに冒険者たちが手に入れられる魔獣を狩るくらいでほとんど手つかずだったからな。役に立つのであればそれはそれでよかった。
ところでラーラはどうしている」
それだが、とエスペランザは面白そうな表情を浮かべて言った。
「帰ってきたときのラーラの様子にはみな驚いていた」
「どういうことだ」
「肌と言い、髪と言い、あのラーラかと見まごうほどの美しさだ」
「俺は気づいていたが、もともとラーラは可愛かったからな」
「美容というのか、魔族の女たちはあれにショックを受けていた」
「ロレーヌが連れてきたときのメイド長の嘆きを聞かせたかったぞ。
こんな可愛らしい子がなんでこんな目に遭わないといけないのかと憤慨していた」
「返す言葉がないな」
エスペランザは苦笑した。
「王宮メイド長というのはなかなかの権力者だからな。
すぐに魔術局長を呼びつけ女性の魔術師を全員集めろと言って回復魔法で傷一つない体にした。
それから王宮メイドの選りすぐりに全身くまなく磨き上げさせた」
「なるほど。我もあの姿には驚いた。それにラーラはカイルを慕っていただろう」
「うむ、あの様子は傍で見ていても健気だった」
「カイルもあの姿にはちょっと動揺していた」
「そうか、それは面白いな。あの堅物がか」
「ラーラが帰ってきてしばらく話しかけられると様子が変だった」
二人はそんな話をして笑いながら同じような気持ちを共有していた。
バルビローリはなあ、とエスペランザに話しかけた。
「俺はまだ老人というほどではないが、それでもあとどれくらい生きられるかわからん。それにできれば早く皇帝など辞めたいのだ」
「いや、まだまだ人類はお前を必要としているだろう」
そのエスペランザの言葉にはバルビローリは何とも答えなかった。
「ただ、俺は皇帝を辞めた後のことを考えている」
「辞めて何をするんだ」
「魔族と人類の関係を変えることに尽くしたいのだ。少しでも」
うむ、とエスペランザは頷きながら何かを考えていた。
「お前はどうしたいのだ」
「そうだな、まず、戦うことが前提であることを変えたい。
これから俺が生きている限りは魔族との戦争が起きないようにしたい。
そもそも人類と魔族は対立理由がない。あるのはただの偏見と妄想なのだ。
対立はむしろ人間同士での方が起こりやすい」
「確かにそうだな。我々は魚と鳥獣ほども生活の形態が違う」
「幸い、帝国と王国の関係が以前より緊密になっている。
この状況で諸国連合や首長国は帝国との対立を選択することは難しい。
産業や流通が帝国と王国の間で大きくなればそれに追随することになる。
経済が発展すれば、いずれはあの悪しき習慣である帝国への供出金も必要がなくなる。平和が続けば軍事を縮小させればいいだけだからな」
「しかし、妄想の方が経済的な対立よりも解決は難しい気がするがな」
「それはそうだ、しかしその原因は何だ」
「伝説や言い伝えか。とにかくそれがはびこっていることは確かだ」
バルビローリはその通りだと同意した。
「ところで、お前が皇帝だった時、魔族を打ち破るのに使った戦略は、発想の転換だった。あれは魔族の習性を逆手に取ったものだった」
「そうだ、個の力に頼りがちで功を急ぐ。だからそれを利用して魔族軍分断した」
「俺が魔族軍を組織化したのも、元が人間だったからだ」
「それがなにか魔族と人類の関係を変えることと関係があるのか。
互いに戦いで勝る方法を考えただけだろう」
これを聞くと、バルビローリはエスペランザの前に指を立てた。
「この行為は相手を知っていたから可能になったことなのだ」
それを聞くと、エスペランザは何かに気が付いたように膝を打った。
「なるほど、そういうことか。それぞれ相手の強みと弱みを知った、ということはまずは相手を知ることが理解につながるということなのだな」
「その通りだ。
今回は戦争の戦術という形でしか使えなかったが、従来のやり方を変えたからこそ成功したのだ。
双方の和平の道を考えることにも、この方法は有効だ」
「知恵と道具は使うようということか」
「建前はどうでもいいのだ。たとえそれが軍事目的でも。
それで相手の生活や文化、技術を研究するようにさせる。
そうして互いのことを知識化、情報化する。
そうすることで正確な情報が広まり、迷信や伝説を駆逐することが可能になる」
「正確な情報を共有することで相互理解の土台をつくるということか」
このエスペランザの結論らしき言葉にバルビローリは深く頷いた。
「時間はかかるだろうが、まずは俺とお前がこの考え方を共有して、政策として実行することから始めるというのはどうだ」
「悪くない方法だ。魔族は思いのほか頭が固いからな。
それでもあのラーラに施された美容は、些細なことだが魔族の意識を変えた」
「まったくメイド長の功績は計り知れないな」
二人は意外なところで成果を上げた人物に行きあたったことに笑ったが、そこにはある意味大きなきっかけが隠されていたことに驚いてもいた。
バルビローリはこれから十年後、帝位をカール皇太子に譲位し、魔族研究所の顧問になった。そこで、魔族の文化について研究員に有益な情報をもたらしたという。
また、人類は魔法兵器によって進んだ技術を生活に転用し、これが帝国から同盟諸国へと広まり、大きな経済効果を生んだ。
魔族では組織化が進み、軍事的な役職以外にも官僚的役職ができ、当初は軍人が官僚を兼任していたが、その後、官僚登用の試験制度を作り文官が誕生した。
魔王はこれによって軍人と文官を束ねる王政のトップとなり、侍従のゴラムは政策決定の最高責任者である執権となった。
その後、魔族領と帝国を主幹とする人類各国は、何度か交渉を重ね、暫定的にであるが相互不可侵条約を締結することとなった。
最後に、四天王ラーラに衝撃を受けた魔族の女性たちが、数十年の研鑽と努力の末にとても美しくなったということは書いておくに値する重要なことだろう。
入れ替わった皇帝と魔王の奮闘と回顧 一ノ瀬 薫 @kensuke318
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