第34話 それぞれのロマンス

 ダンスを終えたロレーヌはテラスで紅潮した頬を冷ましていた。

 カールが冷えたシャンパンを手にやって来ると、ロレーヌはそれを受け取り、カールの頬に触れた。

「さすがにダンスはかないませんでした。自分の体がまるで羽根になったように軽く感じました」

「伊達に浮名は流していませんよ。今日はさすがに私も緊張しましたが」

 ロレーヌは一口シャンパンを飲むとカールに言った。

「殿下、もう剣術の修業は終えたのですから私に敬語はおやめください。

 ただでさえ年上なのに、もっと年をとった気持ちになるので」

「では、あなたのことをロレーヌと呼んでもいいかな」

「どうぞ、皇太子殿下の望みとあれば」

 では、とカールは跪き、ロレーヌの手に唇を触れて告げた。


「ロレーヌ、私の妻になってはくれないか」


 ロレーヌは目を閉じた。

 そして再び開けるとあっという間もなくカールの唇を奪った。

「冗談ではないでしょうね」

 ロレーヌはそう言うと、ウィンクした。

「参ったな、油断も隙もない」

 カールはロレーヌの腰に手を回すと言った。

「これから父と母に話に行こう」

「もっと若い令嬢を勧められるのではないですか」

 その言葉にカールは笑った。

「あなたらしくもないことを言う。

 今日のロレーヌを見たら、私と結婚しようなどと思う令嬢はいないだろう。

 おかげで私は男たちの羨望の的だ」

 ロレーヌは嬉しそうにカールを見た。


「それでは私は友人たちにとても感謝しないといけませんね」

「友人たち?誰かに何かしてもらったのか」

 怪訝な様子でカールは訊ねた。

「剣士修行しかしなかった私が急にこんな風になれるわけがないでしょう」

 そう言ってドレスをつまんでくるりと回った。

「確かにそれはそう、だが」

 その様子を見て困惑するカールをロレーヌは可笑しそうに見て言った。

「帝国の華テレーズ。それと聖女メリッサ。

 二人とも帝国を代表する美貌の持ち主ですから美人を作る腕前は保証付きです。

 これも戦いですよと二人にいわれました」

「確かにロレーヌは一撃でここに来た令嬢たちを圧倒したな」

 カールは感心したようにそう言った。


「私はカール殿下に少しでも綺麗だと思ってもらえればそれでよかったのです」

「その気持ちが嬉しいが、それは謙遜し過ぎだろう。

 このまま連れて帰ってずっと眺めていたいくらいだ」

 そう言ってカールはロレーヌの手を取った。

「さあ、戻って報告しよう。もしもあなたとの結婚できないなら、皇太子などやめて一緒にどこかに行ってしまったほうがいい」

「もしかして結婚を反対してほしいとか」

「正直言えばそうかな」

 カールはそんなことは無理なことは知りながら、このままロレーヌとどこかで自由に生きていきたいとも考えた。

 そんなカールの心を察してか、ロレーヌは言った。

「自由な皇帝になればいいのですよ、あなたらしく」

「ロレーヌが言うとできそうな気がするから不思議だ。

 では、行こうか」

 そう言ってカールはロレーヌの手を取ると、皇帝と王妃の所へ向かった。


 アランはテレサと共にエカテリーナ王妃の茶会に招かれていた。

「ロレーヌ様は本当にお綺麗でしたね」

 テレサはエカテリーナにそう話しかけた。

「本当に。あれではカールもプロポーズしないわけにはいかないでしょうね」

 エカテリーナは嬉しそうにそう言った。

「ところでアラン。あなたは誰か意中の方がいるのかしら」

 急に話を振られて茶を飲みかけていたアランはむせてしまった。

「大丈夫ですか、お兄様」

 テレサはハンカチでアランの服を拭きながら笑っていた。

「おりませんよ。学園を卒業するなり、宰相になるための準備でそれどころではないのです」

 これにエカテリーナは首をかしげて言った。

「アラン、それは逆でしょう。

 宰相になってしまったらそれこそ王宮での執務だけではなく、地方に視察だって行かなければなりません。

 そうなってしまうと、それこそ結婚相手を探す時間は今より無くなります」

「それならそれで」

とアランが曖昧に笑うと

「何を言っているのです、アラン。

 宰相になれば新たに貴族として家を興すことになるのです。

 できるだけ早く夫人を迎えて、家を取り仕切ってもらわねばなりません。

 家令に任せても良いことは限られていますからね」

と、冷静に言われてしまった。

 どうもアランはエカテリーナ王妃の言葉には弱く仕方なく、はいと返事をするより他なかった。


「テレサはどうなの」

 エカテリーナにそう言われるとテレサははい、と満面の笑みを浮かべた。

「私は宮廷魔術師長になられたリヒト様をお慕いしております」

「その方は戦争の時にカールを助けてくださった方でしょう、テレサは頼もしい殿方をみつけましたね。さすが陛下の血を引く王女です」

 それに鼻高々なテレサにアランはからかうように言った。

「リヒトの方はまだ何とも思っていませんがね」

「そんなことはありませんわ。私と話しているのは夢のようだとおっしゃっていましたもの」

「それはテレサ、王女殿下に失礼のないようにという世辞というものだ」

 テレサはアランを睨むと言った。

「いじわるなことを言わないでください。私はリヒト様の言葉を信じますわ」

 エカテリーナは笑いながらテレサを励ました。

「テレサ、その意気ですよ。私も初めはその気のなかった陛下を結婚するまで頑張りましたから」

 テレサはエカテリーナ様という援軍を得れば百人力です、と嬉しそうだった。


 そんなテレサを見て、アランは自分のことは棚に上げ、リヒトには少しばかり同情したが、兄としては安心だった。

 魔王の防御魔法を破壊したリヒトでも、この王女の恋慕の攻撃は防ぎきれるかどうか難しいだろうな、と思うと可笑しくて自然と笑みがこぼれるのだった。

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