第33話 舞踏会の会話

 王妃エカテリーナは挨拶に来たアランやテレサ、側妃のナタリア、ソフィアと話していたが、アランにちょっと聞きたいことがあります、と問いかけた。

「あなたはずっとカールを慕っていましたが、それはどうしてなのです。

 私たちも噂に惑わされていましたのに」

 アランは王妃の意外な問いににっこりと微笑んで答えた。

「兄上は確かにモテますからね。

 息抜きくらいはされるだろうとは思っていましたが、私には王妃様やご婦人方の知らないことを知っていましたので、噂を間に受けることはなかったのです」

 王妃はもったいぶるアランに、意地悪はしないで教えなさいと優しく睨んだ。

 それにアランはすみませんと頭を下げると、話し始めた。


「私は近衛の人たちと訓練をしていましたから、兄上のことがわかったのです。

 ただ、何もせずに遊んでいるようでは、あのような身のこなしはできませんし、体つきもあれほど逞しくはなりませんよ。

 私同様、近衛の方々も兄上が噂されるような人物とは違うことは感じていました。

 なので、陛下に呼ばれて魔族との戦いで殿を任されたのを聞いて、ようやく兄上の実力が皆に知られるようになると喜んでいました」

 エカテリーナはそれを聞くと、なるほどと何度もうなずいた。

「そうでしたか、そうしたことに気づくのは私たちには難しかったですね」

 アランは続けて言った。

「私もかなり鍛えている方だとおもうのですが、到底兄上とは比較になりません。

 おそらくですが兄上は普通の人では耐えられないような厳しい修行を何年もされていたのだと思います。

 それをお会いする度に感じるのですから、私の兄上を尊敬する気持ちは揺るぎようがなかったのです」


「私は全く見当違いの小言ばかりを言っていたのですね」

 申し訳なさそうにそう言うエカテリーナにアランはこういって慰めた。

「兄上はあまりエカテリーナ様に会えないことを寂しく感じられていたと思います。

 だからこそ、エカテリーナ様とはどんな話をされても、いつも笑顔でお話されていました。

 きっとこれからはエカテリーナ様はもちろん、私やテレサも兄上から色々なお話を聞けると思います」

「あなたは本当に賢くて優しい子ね。

 あの厳しいルーベルが宰相の後任に選ぶのもわかります。

 これからもカールを助けてやってくださいね」

 エカテリーナはそう言ってアランの手をやさしく包んだ。


 王宮の広間で人々が舞踏会に興じる中、勇者クレイは皇帝バルビローリにその経験や知見を訊ねていたが、ふと、あることを思い出した。

「ところで陛下、あの魔獣を一刀の下に倒した狩人は何者だったのでしょう。

 リヒトたちも探したようですが、結局見つからずじまいでした」

 これを聞くと、皇帝は口もとに微かな笑みを浮かべた。


「あのクラスの魔獣を一刀の下に切り倒すことができる人物など、そうはいるものではない」

「はい、私はあのような剣筋を初めて見ました」

「クレイは初めてで当然だろう。

 だが、私はちょうどお前くらいの時に目の前で見せられた」

 それを聞くとクレイは身を乗り出して皇帝に訊ねた。

「いったいそれは何者ですか」

「クレイも知っている。その剣士はロレーヌだ」

 皇帝は遠い目をしてそう告げた。

「そしてその攻撃は、天撃剣セイントアタックだ」

 クレイはそれでも謎が解けなかった。

「なぜ、その剣技を使われたのでしょう。しかも魔獣相手に」

「おそらく、誰かにそれを見せていたのだろう。訓練の一環として」

「それはもしかしたら」

 ふむ、と皇帝は頷いた。


「お前の推察通り、カールに見せたのだろう。

 しかし、お前にしろカールにしろ、あれを完全にものにすることは難しいだろう。一撃であればできないこともないだろうが、あれを幾度も繰り出すことはあれにしかできぬ」

 クレイは確かにあの魔獣の有様を見た時に、わずかに背筋に冷たいものが走ったことを思い出した。

「王になっても精進すればいい。いつかお前にも見せてくれる日が来るだろう」

 はっ、とクレイは頭を下げた。

「しかし、当分は王国の治世に励んでもらわねばならぬ。よろしく頼むぞ」

 バルビローリはそう言ってクレイの肩を強くたたき、クレイは椅子から転げ落ちそうになった。


 テレサはエカテリーナに挨拶をした後、壁の前にワインを片手に銅像のように立っているリヒトを見つけると近付いて行った。

「リヒト様、踊られないのですか」

 テレサにそう言われると、リヒトは恥ずかしそうに答えた。

「どうもダンスは苦手で、これまでこんなところに来ることもなかったので」

「まあ、そうでしたの。せっかくリヒト様を誘って腕前を披露しようとこうしてやってきましたのに」

 そう言われてリヒトは驚くとともに赤面してテレサを見られなくなってしまった。

 テレサはそんなリヒトの顔を悪戯っぽく覗き込んだ。


「リヒト様、宰相を補佐する立場としてはそれは少々問題ではないでしょうか」

 ええ、まあとリヒトは小さい声で曖昧に答えた。

「では、私がご指導いたしますので、これから少しずつでもダンスの訓練をいたしましょう。」

「ええっ、テレサ様がですか。さすがにそれは恐れ多いかと」

「私は構いません。なんなら兄上に掛け合います。

 それともリヒト様は私がお嫌いですか?」

「いいえ、とんでもない、こうしてお話しているだけでも夢のようです」

「では、問題ありませんね。たのしみにしております」

 困惑するリヒトをテレサは嬉しそうに見ながらそう言った。 

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