第32話 様々な涙

 国境でラーラを迎えたのはゴラムだった。

 無事な姿を見たゴラムはその目に光るものがあった。

「よくぞ、無事帰った。魔族軍全員がお前の帰りを待っている」

「ありがとうございます。ゴラム様にはもう二度と会えぬものと思っておりましたが、恥ずかしながらかえって参りました」

 ゴラムはなにを言うか、と無理に厳しい表情を浮かべた。


「こうしてお前が帰ったことを何より喜んでおられるのは陛下だぞ。

 我らが助命の嘆願をしたが、それは陛下がそれを口にしたくともできぬからだ。

 なので私がカイルにそれを命じた。

 そこでカイルは全軍を再び率いてもお前を奪還すると陛下に申し上げたのだ」

「カイルがそのようなことを」

 ラーラは胸に熱いものがこみ上げ、笑顔を抑えることができなかった。

「そうだ、それが魔族軍全将軍兵士が望んだからだ。

 しかし、陛下にそれを申し上げるのは恐れ多い。だが、何事もやりようはある」

 ラーラはそれはどのようなことで、と首をかしげながら訊ねた。


「陛下はカイルにこういった。何か望みのものはあるかと。

 そこでお前のことを申し上げたのだ。

 陛下は破られぬ掟はないと言われ、帝国にお前の返還を通告した」

「はい、私はそのことを帝国の迎賓館で皇帝バルビローリから直接聞きました」

「迎賓館で過ごしただと。では、帝国はお前を貴賓として扱ったというのか」

「はい、バルビローリは多少手荒だったが、私を招いただけと」

 ゴラムはなるほど、とバルビローリの深謀遠慮に感服した。


「ラーラよ。そうであれば、なおさら恥じるどころか名誉に思うが良い。

 それにお前は陛下から魔族軍全軍が賜った大切な宝なのだからな」

 この言葉を聞くと、ラーラはもう涙を抑えることができなった。

 ゴラムはその様子を見ると、いつもの厳めしい表情を緩め、さあ、帰ろう皆が待っているとラーラの背中を押した。


 帝国では、勇者クレイの王国国王即位の祝賀が催され、そこでは合わせて舞踏会も開かれることとなった。

 同盟各国の有力貴族や閣僚たちも招かれたが、彼らの態度は以前とは打って変わって卑屈なほど帝国軍人たちに丁重だった。

 そんな中、皇帝、王妃をはじめたとした一同の前に、カール皇太子にエスコートされた一人の令嬢が王宮の広間に現れた。


 その姿を見た人々からは、さざ波のようにざわめきが広がった。

 純白のレースに深紅のバラ色に金糸の刺繍が施されたドレスに身を包んだその令嬢は、豊かなブロンドの髪をなびかせていた。

 カール皇子に向けられた深い紫色の瞳は喜びに満ち、白銀に輝く絹のロンググローブに包まれた手を支えられ、皇帝と王妃の前にやってきたのである。

 令嬢は跪礼カーテシーをすると、皇帝ににこやかに告げた。

「このたびは私の願いをかなえて頂き、ありがとうございます」

 王妃は令嬢の頬にキスをすると、カールを見て言った。

「あなたもこれほどの令嬢をエスコートできれば誇らしいでしょう」

「ロレーヌの目に叶った男がカールとは、私も気づかなかった」

 バルビローリにそう言われ、ロレーヌは満面の笑顔で応えた。


 カールはロレーヌをちらと見て、王妃カトリーヌに告げた。

「これも剣の腕を鍛えてもらう条件なので」

 これを聞いて睨んだロレーヌに、カールは冗談ですよ、とウィンクをした。

「剣の腕ではなかいませんが、ダンスの腕は譲りませんよ」

 カールがそう言ってロレーヌを抱えて踊り始めると、その優雅で流麗な様子に周りの貴族も令嬢も見とれてしまい、一組二組と踊るのをやめてしまった。

 ついにはカールとロレーヌだけになってしまったが、二人は踊り続けた。


「リヒト、皇太子殿下と踊っているあの方はどこのご令嬢だ」

 クレイはあまりの美しさに目を奪われて、アンヌに肘で脇を思い切り突かれた。

「イテッ。気になったんだから、仕方ないだろう」

 リヒトは、ここで痴話喧嘩は恥ずかしいからやめてください、とワインを飲みながら二人をたしなめた。

「クレイ、あれこそかつて王宮のバラと謳われた剣聖ロレーヌ様だよ」

 それを聞くとクレイもアンヌもえーっと声を上げて驚いた。

 慌てて口を押えたが、席の近い皇帝の耳にその声が届いた。


「よく知っていたな、リヒト。

 かつてほんの数回、ロレーヌが舞踏会に姿を現したのを見た当時の貴族たちがその美しさを讃えて、王宮のバラと呼んだのだ。

 まだ少女といって良い年ごろだったにもかかわらず、戦場を駆け巡らねばならなかったあの頃のロレーヌを思いだすと今でも胸が痛む。

 だから今、ああして楽しそうに踊るロレーヌをみると私は嬉しいのだ」

 そう言ってロレーヌを見る皇帝の目には涙が光っていた。

 これを聞いたクレイたちは黙って頷き、カール皇太子と楽しげに踊る一人の美しく可憐な令嬢を見つめるのだった。

 

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