第31話 宰相と皇帝
ルーベルが戻ると、バルビローリは訊ねた。
「王国の王位はともかく、アレク殿の補佐というと誰がいる。
王国の内政に精通していないとなかなか難しいぞ」
その言葉にルーベルはそうですな、と同意すると言った。
「私が参ります」
「何だと」
「だから、私が参ります」
「言っていることはわかっている」
「宰相は辞めます。中途半端に王国には関われませんからな」
「辞めますだと。そんなことは許さん!」
ルーベルは怒るバルビローリを見て言った。
「私は大きな過ちを犯しました」
「何を言っているのだ」
「以前、私は帝位の継承についてある提案をいたしました」
バルビローリは知らなかった。入れ替わる前の話だったからである。
「全く覚えがない」
「私はテレサ皇女殿下に勇者に嫁いで頂き、勇者を帝位に就かせてはと申し上げたことがあります。
これは二つの大きな過ちを犯しております。
一つはカール第一皇子殿下を軽んじたこと。
今一つは臣下の身でありながら帝位の継承について関わろうとしたことです」
「それは我がハッキリしなかったためだろう。ルーベルのせいではない」
いいえ、とルーベルは首を横に振った。
「先程のことは宰相の地位にあるべきものが言うべきではないことです。
それに気づかされたのは、カール第一皇子殿下の今回のご活躍です。
私は殿下の資質を見誤った上に、テレサ皇女殿下を操り人形のように扱おうといたしました。
このような者が宰相の座にあってはなりません」
バルビローリは黙って耳を傾けていたが、ルーベルに語り掛けた。
「百歩譲ってお前の言う通りであったとしても、長年の功績を考えれば些細なことであるし、第一、お前の帝位継承の提案など誰も知らんことだ」
ルーベルはこのバルビローリに感謝しながらもあえて言葉を窮めて言った。
「誰も知らぬということはないのです。
神も陛下も私も知っております。
私自身が宰相の座にあってこの件で言うべきは、そのような者が帝国の中枢にあってはならぬということのみ。
陛下、王国への派遣と後進の育成を私の最後の仕事とさせて頂きたいのです。
帝国はそろそろ私に代わる人材を育てる時期にあり、王国との関係をより強固にする最大の機会とも考えております。」
バルビローリはルーベルにここまで言わせては、と観念した。
「宰相の言葉重く受け止めた。王国への派遣は許そう。
しかし、最後の仕事は退位した後の俺の面倒を見ることだぞ」
ルーベルは、それはご容赦願いたいですなと答えた。
「それはきつい冗談だな」
と皇帝が嘆くと、ルーベルはかつての僚友の顔に戻って言った。
「元勇者の仲間としてなら、気が向いた時にお相手いたしましょう」
バルビローリはホッとしたように笑顔になった。
「俺はただの田舎の親父になりたいだけだ」
実際、バルビローリはできるだけ早くカールに帝位を譲りたかった。
「ところ王国に行くのはよいが、後釜はどうするのだ」
バルビローリのこの問いにルーベルが訊ね返した。
「陛下は誰を皇太子にされるおつもりですか」
言うまでもない、とバルビローリはルーベルに告げた。
「カールだ」
「では、アラン殿下を宰相にされてはいかがでしょう。
能力、資質ともに優れておられますし、陛下からお話されれば、アラン殿下は大変お喜びになるでしょう。
それにアラン殿下は兄上のカール殿下を大変尊敬されております」
「そうなると、王国の王位は勇者クレイということか」
「アラン殿下という考えもありましょうが、そうなると王国は帝国の実質的に属国扱いとなります。
そうなると同盟国に痛くもない腹を探られかねません」
「それに今であれば勇者を王位に就けることに反対する王国民はおるまい。身を挺して自国を守った英雄なのだからな。
しかし、クレイがこれを承知するかな」
その疑問にルーベルはそうですな、と言うと皇帝をちらと見て言った。
「良き王妃を娶らせれば王位に就くこともやぶさかではないでしょう。
それに見たところ聖女アンヌはクレイを慕っております」
ここはひとつ皇帝陛下にひと肌脱いで頂き、とルーベルは頭を下げた。
「これから先のこともある。引き受けよう。まあ、敗戦の責任を考えればこれも仕方がないということか」
「何を言われますか、王国を手中にし、その上同盟国の供出金も確実に得られるようになりました。
そもそもあの森を失ったところで帝国に何か損害があるわけでもありません。
捕虜の帝国兵も帰還させ、実質勝利に導いたのは陛下の手腕があってのこと」
しかし、これには皇帝は首を振った。
「それはバルビローリという人間の功績であったとしても皇帝のそれではない。
魔族の侵攻を許し、領土を奪われた皇帝というのが正しい評価だ。
元勇者も老いては一兵卒にも劣ると言われてしかるべきなのだ。
歴史にはそう刻まれなければならぬ。
これに関しては、理屈を言って宰相を退くと言ったお前に反論は許さないぞ」
そう言って皇帝バルビローリは一矢報いたように笑った。
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