第22話 姉妹の別れ
一連の事件は四方木明美の犯行として世間では公表された。
彼女は口に仕込んだ毒物によって一時は生死の境を彷徨ったが、今は病院で警察監視の下で入院をしている。
そして、あの場でもう一人の犯人である猿手目快晴は、四方木の混乱に乗じて姿をいつの間にか消していた。私の疑問の末の推測ではあるが、四方木は本当に自分の意志で殺人事件を起こしたのだろうか……。彼女の様子は尋常ではなかった。四方木は猿手目家と香元家に恨みを持っていたなら、その両家に直接的を絞れば良かったはずだ。わざわざ貝塚浩とも手を組んで華然を誘拐し、復讐という言葉を発していたが、詩に沿った殺人事件を起こした納得のいく理由の一つも思いつかない。
貝塚浩も四方木明美も猿手目快晴の掌の上だったのではないか、というのが私の結論だ。
結局、犯人は暴いたものの、神託は中途半端なまま閉幕してしまった。四方木が入院してから二週間、私は今、ある人物に会うべく常盤平駅近くのマンションを訪れている。
「あらぁ、いらっしゃい。浪漫ちゃんから会いたいなんて嬉しいわぁ」
「別に会いたくて来たわけじゃない。この間の神託が消化不良だったから一つお前に神託を授けてやろうと思ってな」
「そう……。なら、上がって」
真っ当な男性的声質で部屋に招かれ、室内は整理整頓が行き届いていて、ドレッサーの上にある写真立てを一番に見て、そこには妻木と明美、そしてもう一人の女性が仲睦まじそうに映っていた。きっと彼女が四方木明野だろう。明美に似て美人で笑顔が似合う人だった。
「牛乳と紅茶どっちがいい?」
妻木の言葉が可笑しかった。
「客人に牛乳なんて出すな、馬鹿者」
「ふふ、ごめんなさいね。明野ちゃんの受け売りなのよ。彼女、牛乳が好きでね。よもっちゃん……、明美もね、その影響で牛乳が好きになったのよ。あら、ごめんなさい。私ったら余計なことを。浪漫ちゃん、なんとなく言いたいことは分かるわ。そうよ、私も今回の事件に関わっているわ。明美の協力者は私。華然さん救出の際には私が明美に情報を流したのよ」
「つまり、あの時のお前は演技だったわけか」
「うん。吾妻さんが私を助ける余計な行動一つ増えれば、それだけ明美に有利になるからね」
「まったく……、お前は友達想いだな」
私が伝えようとしたことをコイツは勝手に喋るもんだから、またしても消化不良だ。
「浪漫ちゃん。私は自首しようかずっと悩んでいたのよ」
「お前がやったことは逃亡の幇助だが……、ああ、もう面倒だ。お前には少しやってもらいたいことがある」
「なにをすればいいのよん」
「四方木が眼を覚ましたら傍に居てやれ。友人なんだろ?」
「そうね……、ええ、そうね。私もその時に罪を償うわ」
もう用はない。
出された茶に口だけ付けてマンションを出ると、「やあ、妹」待ち伏せしたように猿手目快晴が陽気な声と共に現れ、「なぜ、どうしてお前がここにいるんだ!」私の疑問に、「しばらく松戸市から離れるから、その前に当主様にご挨拶といったところだよ」近くの喫茶店に足を運んで体面に姉妹で向き合う。
「ちょうどいい。お前に聞きたいことがある」
「今の日和からの質問か。なんとなく察しは付くけど、此方がベラベラ喋っては消化不良で癇癪を起こされるのも面倒だから、聞いてあげるよ」
「今回の事件の本当の黒幕、お前だろ」
「さて、どうかな」
「殺人計画、行動力、お前には人心掌握の才能まで多才だな。香元華然に取り入り、貝塚浩を誘導し、四方木明美を焚き付けた。情報もほとんどお前の提供だろ」
「四方木明美の情報屋としての評価が可哀想だ」
「四方木は姉に関して激情を見せた。つまりは冷静さを欠いていたんだ。そんな奴に情報収集なんて地味な作業は務まらん」
「なるほどね。それは証明できるのかな、裏取りは?」
「これは神託でも情報収集でもないんでな。確認だ」
肩を竦める快晴に、「そもそもお前がお膳立てしたあの夜についてだが」四方木が猿手目家に侵入し私を襲った晩の事だ。
「どうしてお前が久内と椿しか知らない情報を知っていたか」
私は香元家にあった猿の像をテーブルに叩き付けた。
「これ、盗聴器だろ。お前は私が香元華然の机の仕掛けに気付くことを予期して、数日前にこいつを仕込んだ、違うか?」
「なかなかに面白いな。本郷日暮ならきっとそうしただろうね」
「そうだ。本郷日暮もまた事件の渦中にいた」
「ほう、それはどういう意味で?」
「本郷日暮。どうしてお前がソイツの名を名乗っていたのか気になって調べたら、はあ……、四方木明野の恋人だったじゃないか。同性愛者とは思わなかったぞ。そこでお前は明野と繋がりをもっていたフリをして妹の明美に近付いた、違わないだろう。作家はペンネームを使うそうじゃないか。だから明美もお前が姉の恋人であることを疑わなかった。そして直ぐに本名を伝え、猿手目家に共に復讐をしようと、あれこれと吹き込んで焚き付けた」
「その意図は?」
「私を情報屋として成長させるため、だ。お前にとって私は半身だからな。どうせ、半身が半端者でいる事に我慢ならんのだろ」
話を聞いていた快晴はそこで爆笑して手を叩いた。
「爪が甘いな。まだまだだよ、日和」
「何処がだ? 訂正願いたいものだな」
「確かにお前は私の半身だ。しかしね、私のお前に抱いている情は愛だよ。愛するが故に育ってほしいのさ」
「訂正がそこだけなら、私の推理は間違っていないということだな?」
「そこは神託と言ったらどうだ? だが、まあ、正解だな。全ては私の筋書きだ。明美に毒を飲ませたのも、疲れたら姉に会いに行け、と吹き込んだからな」
「お前はっ!」
「よしなよ。店では静かにするもんだよ」
「お前は……、貴様は人の命をなんだと」
「体の良い娯楽かな。私は大量殺人鬼だからね。今更他人の命に価値は見出せないんだよ。私とお前の命以外はね」
不敵に笑う快晴は、「お前の神託は始まったばかりだ。猿神の声には耳を傾けろよ、これからもお前は神託を必要とする時が来るんだからな」どうしてか本当にそんな気がしていた。
「もう一つだけ、いいか?」
「質問の多い妹様だ。なんだい」
「頭にノイズ混じりの声が聞こえないか?」
「さあ、どうだろうね」
立ち上がった快晴は、「私はまだまだやりたいことがあるのでね。そろそろ失礼するよ。元気でな、日和」慈しむような、そう……、吾妻慈雨が香元華然に見せたアレと同じ笑顔を今この姉は私に向けた。
「お前も風邪とか引くなよ」
快晴は退店した。
一人しばらくぼんやりと窓の外を眺めながら、この数週間の多忙な毎日に溜息をついた。
「さて、私も帰るとするかな」
猿手目日和の神託 幸田跳丸 @hanemaru0320
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