第21話 犯人の闇暴く猿手目の神託
本当にこの神域という場所と私は相性が悪い。
頭が痛い、非常に。こんな大事な場面でノイズが走り、例の声が交じって微かに聞こえる。悠長に聞いている時間も無いというのに、これまでのこの声に従った結果が吉と出ている以上は無視することもできない。ああ、クソ。私は自分一人で何も出来ないただの小娘だとでもいうのかよ。
仮面を身に付けた黒づくめの人物は相変わらず一切の抵抗もその意志を感じさせる雰囲気も感じさせない。
ならばお望み通り、お前の仮面を神託によって剥ぎ取ってやるよ。
「初めの事件ですが」
常盤平駅近くのしょうぶ公園の一件は、イタリアマフィアを人目の隠れ蓑として使い遺体を運搬した。コイツが被害者女性との接触する機会はいくらでも、いつでも作れた。情報屋は世間では探偵と区別が付かない。そんなコイツの下に来させる餌なんてばらまきようがある。
私の神託を聞く彼等の姿勢は静聴に尽きる。
第二第三の運搬方法は同じく車両を用いたのは当然として、問題は殺害と遺体装飾を施した現場だ。あれだけの大がかりな遺体演出ともなれば数時間で済む作業では無いはず。人目を気にせず落ち着いて作業できる場所は松戸市内で探してもそうそう無い。当初は廃墟や廃屋の情報収集に注力していたが、そのどれもが外れ。となればどうだろう。私は市外の可能性も考えたが、全てが松戸市内で完結している事件の一部を市外で行うのは考えにくい。やはり市内にもう一度眼を向けて考え直しに時間を要した。本当に……、しかし、お陰でその答えも香元華然の発見から導くことが出来た。
「被害者は貝塚浩の自宅で殺害・保存・運搬をされていました」
貝塚浩が亡くなって警察の手が入ったがその時は被害者達の血痕などは見つかっていない。が、それはコイツ……、猿手目快晴の完全犯罪の演出によるものだということを、先程からノイズが囁いている。
紐解いてみれば、まあ、こんなものか、と肩透かしをくらう事件ではあるが、事の発端であるコイツは猿手目家への恨みを募らせ、今回の殺人劇を繰り広げたという人の情を解いてやらねばなるまい。
「そろそろ仮面を外して頂きましょう。四方木明美さん」
私がそっとその面へ手を伸ばすことに一切の抵抗もせず、ゆっくりとその面をずらした素顔には無が存在していた。
「かつてお父様に情報を開示されたことで、四方木さん、貴女のお姉さんを追い詰めてしまったことが切っ掛けですね?」
「ああ。いつ復讐してやろうかと機会を狙っていたよ。運良く、猿手目家の血筋で同じく恨みを持つ快晴と出会い、彼女が猿手目家の当主を殺害しようと計画を持ちかけた時はツキが回ってきたと思っていたが……、なるほど、コイツはお前の成長の足がかりにしたわけだ、この私を。私は二度も猿手目家に踏みつけられたわけだな!」
キッと睨まれた快晴は肩を持ち上げて、「キミが私の妹をどうこうしようなんて計画を持ち出さなきゃ、私はお前を見逃してやるつもりではいたんだけどね」やれやれと軽口を叩いている。
「お前の父親が原因だ! それに、香元華然。香元家も同罪だ。香元家と猿手目家に私の姉は嵌められたんだからな! お前を攫って、お前の詩を殺害方法に採用したのは、確かに貝塚浩の異常極まりない病的な愛によるものだが、これを復讐に使えていた私は笑いが止まらなかったよ。いつ、お前を殺そうかと画策していたら、猿手目のお嬢さんと腕利きのボディーガードに救出されたんだからな。もっと早い段階で殺しておけばよかったなぁ」
この言葉に四方木の腕を強く締め上げた吾妻さんが無言で腕をあらぬ方向へ曲げていく。
「吾妻さん。ここは聖域です。必要以上のことはお控え下さい」
「一つ忠告をしてやる。余計な事を喋れば、それは我が身に返るぞ」
四方木は不適な笑みで返す。
「吾妻慈雨。お前も私と同じ人殺しのくせに、どうして日の当たる生活を満喫しているのかしら? 猿手目日和、無知は罪だということを事件を通して学べて良かったわね。猿手目の非道悪事にいつもイラついていた。お前の父親はまるで謝罪のように、私に仕事を回してくれたよ。情報屋として立派に育ててくれた恩を返したよ。ははは、車に細工をしたのは中々にスリリングな作業だった」
「お前だったのか……。私と椿の両親を事故に見せかけて殺害したのは」
「そうだよ。快晴の協力もあったがほとんどが私の犯行だ」
ベラベラと喋ってくれる四方木は泣きながら笑っていて、それはどうしようもない感情の制御を失ったようで、今にも溺れてしまいそうに見えた。
「貴女のお姉さんに関してですが、猿手目の記録では
「どういう意味……、それ」
「明野さんは記憶の一部欠損が生じていたそうです。家族にも内緒にして生活できていたけど、彼女は不安に苛まれていたそうです。そこで神託を授ける猿手目家の噂を聞きつけて、先代に依頼をしたのです。何か重大毎の記憶について」
四方木は姉の話題になると急に静かになった。懐疑的な色を、その茶の虹彩に宿してはいるが、それでも聞かずにはいられない様子。
「結果、先代は明野さんに神託を授けました。貴女は人を殺しています、と」
「嘘よ!」
「真実です。貴女も情報の輩なら情報は裏取りがなされます」
「していない! 裏取りなんて、そんなものは虚偽を伝えたんだ。面白かっただけだろう! 自分の家に泥を塗らぬ為の虚偽なのよ、そんなもの!」
「四方木さん……。貴女はお姉さんの何を知っていますか?」
「私は……」
「根拠無き批判は非礼です。恋人だったそうですよ、殺めてしまった人物は」
続けると四方木の様子が何処かおかしいことに気付いた。
その理由について一番に察したのは吾妻さんで、彼女の口に無理矢理手を入れて何かをしている。嘔吐く四方木は苦しみに満ちた笑い声を上げながらその場で崩れ落ちた。
「救急車を呼べ! こいつ、仕込んだ毒を飲み込みやがった」
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