第3話 「八咫烏」

 大鳥学園に辿り着いた理子と隼斗は裏門をよじ登り校内に侵入。身をかがめ今後の計画について話し始めた。

「それで理子、このあとはどうするんだ?」

「うーん、わかんない。取り敢えず校舎の前にある篝火に行ってみよう」

「鳥様か?」

「そう」

「わかった」

 二人はプールの外壁を東へ進み角まで来た所で一旦停止。辺りの様子を窺った。すると案の定、正門近くの駐車場に複数台の車が停まっていた。

「先生達の車もある。バイクで来てたら大目玉食らうところだったぜ」

「本当にそう。叔父さんの家に置いてきて正解だったね」

「まったくだ!」

 学校に大人達が居ることを想定した理子と隼斗は大鳥学園の近所に住む隼斗の叔父──仲野ハジメに協力を要請。ビッグスクーターを二階建て家屋のガレージに置かせてもらい、そこらから夜の住宅街を泥棒の様にコソコソと歩いて来たのであった。

「それにしても……様子が変じゃないか? 車はあるのに大人達の姿が見えないぞ。皆どこに行ったんだ?」

 隼斗は怪訝けげんな顔を理子に向けてきた。

「わからない。でも、外にいないってことは中を見て回ってるんじゃないかな」

「なるほどな。一理ある。そうなると今動くのは良くないな。取り敢えず様子を見るか」

「うん」

 だが、それから数十分経過しても大人達は現れなかった。二人は議論のすえ、先程立てた計画通り篝火へ向かうことを決意し、暗闇に包まれた校庭へ駆け出した。

 校庭を走り切った二人は勢いそのままに校舎前へ続く低い階段を一段飛ばしで駆け上がった。そして荒い呼吸音と白い息を吐きながら暖色だんしょく漏れる鉄製の箱でおおわれた篝火台を目指し、タイル張りの道を小走りで進んで行った。

 篝火台の前にやって来た理子は手袋を外し、鉄製の扉を開けた。赤と黄色の炎が二人の顔を優しく包み込む。

「綺麗だな」

「そうだね……鳥様、美沙たちがどこにいるのか教えてください。私達に道を示してください」

「ついでに俺の手も温めてください」

 掌をかざして暖を取る隼斗の隣で、理子は手を合わせ真剣に祈った。

 その直後──二人の真横に蜘蛛くものようなバケモノが降ってきた。真ん中の腕には美沙と剛士が抱えられている。

「美沙ああああ!!」

 美沙は脇目も振らずバケモノに向かって走り出した。

「危ないから駄目だって!!」

 すぐに隼斗が抱きついて止めたが、その分反応が遅れた。二人は一気に距離を縮めて来たバケモノの大きな手に掴まってしまった。細長い指が二人の体にめり込みめ上げる。く、苦しい……息ができない。二人は苦悶に満ちた顔でうめき声を上げた。物の怪は満足気な笑みを浮かべ二人を掴んだまま篝火へ近付いた。

「ヨうやク扉ガ開いタ。アレのセいデ、コイツらヲ喰らうコトがデキなカッタ。こレデようヤク飯ニあリつケる」

 物の怪は篝火に向かて赤黒い溶液を噴射。

ジュッという音とむなしい煙が辺りに漂った。

「どレ、デは喰らウとするカ」

 物の怪の大きな口が隼人の頭に覆い被さった。

「ぎゃあああああああ!!!!」

「助けて鳥様ああああああ!!」

 隼斗は目を見開いて絶叫し、理子は泣きながら叫んだ。その時、

「火を絶やすなって言ったろう?」

 突如現れた男性が風切り音と共にバケモノの腕を切断。理子の視界を赤い血飛沫ちしぶきと白い閃光が彩った。

 タイル張りの地面に落下した理子と隼斗は、すぐに美沙と剛士の元に駆け寄った。

「美沙!! しっかり!!」

「……うん? 理子?」

「良かった」

 理子は目を覚ました美沙を抱きしめ、隼斗に視線を移した。どうやら剛士も無事だったようで、隼斗がウィンクを送ってきた。理子はホッと胸を撫で下ろし、安堵あんどの溜め息を吐いた。が、それもつか

「なんダお前ハ!! ナゼ我ノ邪魔をシたああああああ!?」

 悲鳴混じりの怒号が四人の耳をつんざいた。声の方を向くと両腕から大量の鮮血を垂れ流すバケモノと、右手に刀を持ち黒いスーツに紺色のコートを着こなし、一つ結びの白髪ロングヘアに中性的な顔立ちをした三十代半の男性が距離を取って対峙していた。

「理由か? その子に親友を助けてくれと頼まれたからだ」

 男性は理子を指差した。

「えっ! 私ですか!?」

「さっき白木家にある俺の石像に頼んだろう」

「──まさかっ鳥様ですか!?」

「そうだ。俺が八咫烏やたがらすだ」

「嘘っ!?」

「本当だ」

「そンなバカナ!? 八咫烏はトリのハずダ!! ナゼ人の姿ヲしてイる!?」

「なぜって、そんなの決まってるだろう。やはり我が愛刀振るうは人の姿が望ましい。もういいだろう──成仏しろ」

 八咫烏はガタガタと歯を鳴らし後退こうたいするバケモノ目掛けて力強く踏み込んだ。二人の距離が一気に縮まる。上段の構えから繰り出された袈裟斬けさぎりがバケモノの首をねた。理子たちはタイル張りの地面に落下する胴体と生首を茫然ぼうぜんと見つめる他なかった。

 獲物を仕留めた八咫烏は内ポケットから取り出した和紙で愛刀の血を拭い納刀。コツコツと革靴を鳴らしつつ四人の元に近付いてきた。

「君達は大丈夫そうだな。ご苦労だった。もう家に帰っていいぞ」

 それぞれの顔を一瞥したあと、垂れ下がった前髪をき上げながら飄々ひょうひょうとした口調で言いってきた。四人はヒソヒソ声で相談。不覚にも代表に選ばれてしまった理子は立ち上がり、一つ咳払いをしたあと引き攣った笑顔と共に質問した。

「まず、あなたは誰ですか。そして何が起こっているのか順を追って説明してください。じゃないと私達は帰りません」

「……一理あるな。わかった。簡単に説明しよう。アイツらは物の怪と言ってな、人に取りいて病気や死に至らしめる怨霊おんりょう死霊しりょう悪霊あくりょうたぐいなんだが──最近は霊そのものが具現化、もしくは人が物の怪に変化する報告が多数寄せられている。それで俺達が対処してるってわけ。以上」

『どうしてそんなことに?』

 四人は声を揃えて尋ねた。

「さあな。俺にもわからん。わからんが、取り敢えず君達を救うことはできた。それでいいだろう。さあ、子供は寝る時間だ。帰った帰った」

 四人は八咫烏に感謝の言葉を述べ、学校を後にした。

 

 四人を見送った八咫烏は霊魂で作り出した紺色の翼を広げ校内を飛び回り、蜘蛛の糸で捕らわれていた大人達と警備員を見つけ出し救出。心身ともに異常は見られなかった為、取り敢えず全員警備室に運び寝かせて置いた。

「これで人間達は大丈夫だな。残るは……」

 搬送作業を終えた八咫烏はそっと警備室の扉を閉め、再び事切れた物の怪の場所へ足を向けた。

 先程の場所まで戻って来た八咫烏は両手に生み出した蒼炎で物の怪を火葬した。灰と化した亡骸なきがら冬風とうふうに舞い上がり、有るべきところへ帰って行った。

「我が力をって其方そなたの心身を清めた。安らかに眠れ」

 八咫烏はまぶたを閉じ、掌を合わせ、物の怪の冥福めいふくを祈った。


 そして深々と雪が降り始めた午前零時頃。学校から一羽の大鴉が飛び立った。篝火のような橙色だいだいいろの瞳に深海を連想させる濃紺色の羽毛うもう。その姿はまさに白木家に置いてある石像そのモノだった。

           

                 完

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物の怪殺しの教室 月影筆理 @fuderitsukikage

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