そして次の駅へ⑤

「今回もまた、実家に帰られへんわー」


 香織さんが、京都駅を降りていく乗客を眺めながらぼやくが、残念そうな口調とは裏腹に、表情はどこか楽し気だ。


「そう言えば、香織さんって京都出身なんでしたっけ?」


 お茶を口に含みながら尋ねると、香織さんは数回頷いて肯定する。


「そうどすえー」


 取って付けたような京都弁が可笑しくて、あたしたちはけらけらと笑ってしまう。


「私が京都のライブハウスで働いとったときに、会ったんが霞ちゃんなんよねー」


「へー」


 あたしと葉月が食いつくと、霞さんは鬱陶しそうに手をひらひらさせる。


「今更そんな話掘り返えさんでええわ。恥ずかしい」


「えーそない言わんとー。うち未だに覚えとるんやから。あれは確か……」


 彼女の言葉なんて無視して話し始めようとする香織さんの顔は驚くほどすっきりとしていて、これは霞さんを弄ろうとしている表情だとすぐに察することができた。


「あーもう止めや止め!」


霞さんは両手を耳にあて、聞こえないふりをして必死に抵抗する。その様子が面白くて、あたしたちはまた笑い声を上げる。


 こんな日がずっと続けば良いのにと思う。


 ずっと、このメンバーで音楽を続けられたらと思う。


 でも、それは無理なことだと、あたしたちは知っているから。


 音楽性の違いってやつで解散するかもしれない。歳の関係で続けられなくなってしまうかもしれない。考えたくはないが、メンバーの誰かが死んでしまうかもしれない。


 それのどれもがないとは言い切れないから。


 生きていくことは予測不可能なことだから。


 だからこそ、精一杯に生きないといけない。


「いよいよ次の駅ですね」


 葉月がわくわくとした様子で告げる。その言葉に、あたしは神妙な顔で頷いた。


 やがて、電車が動き出す。ゆっくりと。でも、確かに。それはまるで、どんなことがあっても、確実に動き続ける人生のようだとぼんやりと思った。


「さー今回はいつも以上に楽しむでー」


「楽しむのは別にええねんけど、あんまり走らんといてな?」


 霞さんが伸びをしながら言った言葉に、ぐさりと香織さんが釘を刺す。


「わーってるって。まかしときー」


「なら良かったわあ」


 二人の様子を見て、大丈夫そうだと安心する。不安になったことなど、一度もないのだけれど。


「どこまで行けるかな」


 あたしが移り変わる景色を見つめてぼんやりと呟くと、隣に座る葉月が微笑んで言う。


「どこまでも」

                〈了〉

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