そして次の駅へ④

「これからもっと、色々な場所に行けたらなって思います」


「何言うてんの」


 霞さんは流れゆく景色を眺めながら、楽しげに言葉を紡いでいく。


「行けたらじゃなくて、行くんや。ここやないどこかに。うちらで」


「そう……ですね……」


 少しだけ、ほんの少しだけ泣きそうになった。それは最近涙腺が緩くなったからとかでは絶対になくて。ただ、彼女の言葉が心を打ったからだった。


「そう言えば、今度の曲にもそんな歌詞を書いてましたよね」


 葉月が思い出したように尋ねる。あたしも丁度同じことを考えていたから、数回同意するように頷いた。


「書いたような、書いてないような……そんな感じやわ」


 霞さんはどこか気恥ずかしそうや表情を浮かべると、やおら立ち上がる。


「マネージャーに電話すること思い出したから、ちょっち行ってくるわ」


「あっそれやったら、途中でギターの弦の換えを買ってきて貰えるように言っといてくれへん? 多分机の上に置きっぱなしなんよー」


 香織さんがのんびりとした口調で頼むと、はいはいと言って霞さんは車両を出て行ってしまう。


「あの子、自分の書いた歌詞に自信持っとるくせに、恥ずかしがり屋さんやからなあ」


「分かってますよ」


 あたしと葉月は顔を見合わせて、笑う。まだ五年しか付き合ってないけれど、これでもずっと同じバンドで演奏し続けてきた仲だから。


 今まで本当に色々なことがあった。


 生まれて初めて触った楽器はなかなか手に馴染んではくれず、四苦八苦しながら一音一音を弾き続けた。


 自分の将来の目標を伝えたとき、親と初めて心から衝突した。それでも、本気でやりたいんだと伝えたとき、応援しようと言ってくれた。


 彼女たちと触れあうことで、知ったことは数多くあった。それは良いこともあったし、もちろん悲しいことも数多くあった。


 夢を追い続けることの苦しみは壮絶で、何度も心が折れそうになった。自分のレベルに何度も辟易へきえきとした。それでも、絶対に諦めることが無かったのは、メンバーのおかげに違いがなかった。


 さよならも告げられぬまま、過ぎ去って行った日々。


 戻ることは決してできないからと、前を向くしかなかった。


 後悔することも沢山あったけれど、振り返ってみれば悪くはなかったように思う。

あぁ、そうか。霞さんはこのことを伝えたかったんだ。


「やっと分かった気がします。霞さんの伝えたいこと」


 車窓に映っては消えていく景色を見ながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「世界は前にしか続いてない。良いことも嫌なことも。過ぎ去れば記憶に変わってしまうんですね」


 だから、とあたしは言葉を続ける。こちらを見る香織さんと葉月の目が何処までも温かかったから。あたしは安心して言葉を続けることができた。


「だから、この一瞬を決して忘れないように。ここではないどこかへ行こうと……いえ、行かなくちゃいけないんですね」


「なーに小っ恥ずかしいこと言っとるんや、優子は」


 いつの間にか戻って来ていた霞さんが、照れたような笑みを浮かべる。あたしはそれが正解だと言っているように思えて、あははと笑う。


「でも、合っとるんやろ?」


 香織さんがはんなりとした口調で尋ねる。その言い方がのんびりとしているにもかかわらず、有無を言わせない圧があったから、出会ったときと少しも変わっていないなと思った。


 世界は、時間は、確かに移り変わるものだけれど。それでも変わらないものもあるのだと思った。変わりゆくものも、もちろん存在する。


 そんなことを考えるようになったのは、間違いなくあたし自身の変化だと思う。昨日は今日の延長線。でも、決して同じ日ではない。同じ日は二度と来ることはない。


 今見ている景色が、二度と見られないことと同じで。


 そんなことを話ながらわいわいとしていると、聞き慣れたアナウンスが聞こえて来た。ふっと外を見ると、田園風景はいつの間にかなりを潜め、代わりに似たような形をした住宅たちが現れては消え、現れては消えを繰り返していた。

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