孤島の秘密

oxygendes

第1話

 海に突き出した岬の上、男は水平線に目を凝らしていた。だが彼が焦がれるものは現れない。やがて陽が西の海に沈み周りが夕闇に包まれると、男は肩を落として岬を下りた。向かったのは島の内側、一段高くなった岩場に椰子の幹と葉で即製の小屋が作られ、若い女が男を待っていた。


「ご苦労様。で、どうだった?」

「駄目です、CEО。船も飛行機もやって来ません」

「そうなの。あ、食事にしましょ。君が獲ってくれた魚をバショウの葉で包み焼きにしたの。味付けは海水、そして生えているのを見つけたコショウの実よ」

「はい」


 二人は流木に座り、青紫色の魚を手掴みで頬張る。

「どう? 料理なんて初めてなんだけど」

「おいしいです。でも……」

 男は手を止め、女の顔を見つめる。

「おかしいです。CEОが遭難して三日も経つ捜索隊が来ないなんて」

「可能性の高い所から順番に調べているんじゃないかしら」

「でも、もしかしたら」

「もしかしたら?」


 男は口ごもり、ためらいながら話し始めた。

「この遭難は、お嬢さまのCEО就任を快く思わない重役連中の陰謀なのかも」

「彼らは忠実よ。そんな事したりはしないわ」

「コミュータ機のトラブルは異様でした。いきなりエンジンが停止して再起動もできない。通信機も同時に機能停止しました。あれは故障ではなく、何者かの破壊工作だったのかも」

「無事に着陸できたんだからいいじゃない。疑心暗鬼になってもしょうがないわよ」

「でも……」

「遭難した時は無闇に移動せず、捜索隊を待つのが鉄則よ。今はこの島での暮らしを楽しみましょ。バカンスに来ているとでも思って」

「はあ」

「でも、不埒ふらちな行いは無しよ。私はCEОであなたは社員なのだからね」

「はい」


 翌日、岬の上で捜索隊が来ないか見張っていた男はふと下を眺め、女が海岸を歩いているのに気付いた。彼女は打ち上げられた瓶を拾い、手紙のような物を入れて、海に向かって放り投げた。瓶は引き波に乗って沖合に流れ、潮流によって遠くへ運ばれて行く。


 やはり彼女も心配だったんだ、瓶の手紙で助けを呼ぼうとしているのだと納得する。そしてため息をついた。捜索隊が現れない理由について、男は別の疑念を持っていたのだ。コミュータ機のエンジンと通信機の同時停止はまるで核爆発の電磁パルスを受けたみたいだった。派遣される捜索隊もまったく姿を現わさない。もしかしたら核戦争が勃発して文明社会は壊滅し、遭難者の捜索どころではないのでないか。だとしたら……。

 そして決意する。下っ端秘書の自分だが、今、彼女を守ることのできるのは自分だけだ。たとえ何が起ころうとも彼女のために粉骨砕身しようと。心を決めると気分も高揚してきたのだった。


 たぷん。小さな音を立てて、瓶が海の中にすっと沈んだ。



 瓶は海の底に潜んでいた潜水艦に回収されていた。外部マニュピレーターで捕獲され、音響受信筒ソノブイ発射管を通して艦内に運びこまれた瓶は乗組員の手で中の手紙が取り出される。乗組員は手紙を読んで艦長に報告した。


「CEОは予定通りこの島で二週間の長期休暇を過ごされるそうです。下僕役として同行させた秘書の反応がとってもキュートで気分は上々だそうです」

「うむ……。よし、我々はここで待機だ」

 男の苦闘はまだまだ続くのであった。


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