第85話:一緒に作ろう

 ハルト王国内を進んできた僕たちは明日ステラ自治区に到着する。

 そんな状況の中で、僕とソラナは夜の見張り番をしながら二人で話をしていた。


 そこでソラナは、自分の選択が他人に不幸をもたらすかもしれないって不安を持っていると言った。

 それを聞いて僕は我慢ならなくなってしまったのだ。


「他の人がどう思うかは分からないけれど、僕は不幸にならないよ。ソラナと会ってから楽しいことばかりなんだ」


 思わずそう言うとソラナはこれまで見たことないくらいに悲しい笑顔を浮かべた。


「私はもう普通の幸せは得られないかもしれないの。誰かに利用されて生きていくか、怯えながら息を潜めていくかのどちらだけなんだよ……」


 僕はソラナの弱さを初めて見た気がした。

 彼女はもっと強い人だと思っていたのだけど、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。

 むしろ彼女の心の中は諦念に満ちていて、ひとすくいの楽しみと願いだけを胸に何とかここまで来れただけなのかもしれない。


 だってソラナはつい最近まで、虫が好きなだけな村娘だったんだからね。

 自分が亡国の王女だと言われて育ってきたのかもしれないし、教育もあったんだろうと思うけれど、彼女はその辺にいるただの女の子なのだ。


「ケイダくん。私、本当は怖いの……。自分の行動や選択によって多くの人の運命が変わってしまうかもしれない。世界が変わってしまうかもしれないの……」


 ソラナの碧眼から悲しみの滴が静かに零れ落ちた。

 僕はそれを指で拭い、隣にいるソラナの頭を胸に優しく抱いた。


 自分がとんでもないことをしてしまっているとは分かっていたんだけれど、僕にはそれ以上ソラナになんて声をかけてあげたら良いのか分からなかったのだ。


 ただ、ソラナの胸に刻まれた星印はただの少女が扱うには過分なものに違いないということだけは確かだった。


 そして同じ印が僕にも刻まれている。

 前世の病人の記憶があるセミと王家の血を引くと言われて育てられた村娘。

 僕たちはどこかチグハグで、内面と外面が釣り合っていない。

 でも、だからこそ分かり合えるところがあるんじゃないかと僕には思えてならなかった。


「じゃあさ、作ろうよ」


「……作る?」


「うん。ソラナが失ったものを僕と一緒に作ろうよ。村みたいな居心地の良い場所とか、家族みたいな仲間とかさ、全部作っちゃえば良いんだよ」


 僕の胸に顔をつけていたソラナは顔をあげて僕を見た。


「異世界から来たから僕にも居場所はないんだ。これまでは旅しながらそれを探せば良いんじゃないかって思っていたけれど、自分で作っても良いのかもしれないってさ。それがステラでもロゼンジでもスパーダでもハルトでも良いと思う。だけど、僕たちみたいに居場所のない人たちを集めて、その人たちが怯えないで暮らせる場所を作れたら――」


「作れたら?」


「――それは国になる。自分の行動や選択によって多くの人の運命が変わってしまうのだとしたら良い方向に変えてみようよ。世界が変わってしまうのが避けられないんだとしたら、僕たちの望む方に変えてしまおうよ。だって僕らには神様の加護があるんだから」


 少しずつソラナの瞳に光が戻ってきたのが分かった。

 僕が話していることは幼稚な絵空事だ。

 そんなこと本当にできる訳ないし、うまくいくとも思えない。

 だけど、僕の中にどうしようもない流れに抗いたいという強烈な気持ちが湧いてきてしまったのだ。


『僕はもう助からない。このままゆっくりと死んでいくだけなんだ』


 さっきのソラナは、昔、病院で自分の将来を悲観的にしか見ることのできなかった僕にそっくりだった。

 諦めに満ちていて、自分の存在を認めるのが難しくて、息を潜めるしかなかった昔の僕と彼女の姿がダブって見えた。


 だからこれはもしかしたらソラナにじゃなくて僕に言っているのかもしれない。


「もし本当に悲劇が待っているのだとしたら、それまでの間に希望に満ちたことをしよう。元の世界にいた時の僕はしょうもなくて、そんなことができる気もしなかったんだけれど、ソラナとだったら何かができる気がするんだ。さっきも言ったけれど、僕は君と会ってから楽しいことばっかりだよ。だからさ、僕と一緒に国を作らない? 僕たちだけの秘密基地みたいな国を作ろうよ。どんな場所でもそう思い込めるのならば、それが僕たちだけの居場所になる」


 ソラナは僕の手を掴み、両手で優しく包んだ。


「ケイダくんは私とだったらそんなに素敵なものが作れるって思うの?」


「うん。そう思ったんだ。どうせ国づくりに利用されるぐらいだったら自分で作れるんじゃないかってさ」


「それは私とだから?」


「そうだよ。国が大袈裟なんだったら街でも良い、村でも良い。いや、小さな家を建ててそこから始めても良い。僕はソラナとだったら楽しいことができる気がするんだ」


「……分かった」


「え?」


「分かった! ケイダくんがそんなに私といたいんだったら私もそうしたい!!!」


 ソラナは顔を真っ赤にして僕の手をぎゅっと握った。

 そう言われて僕も自分が何を喋っていたのかにやっと気づいた。


 あれ、これって聞きようによってはプロポーズじゃない?


 自分の発した言葉を高速で振り返りながら混迷の海に沈んでいると、僕の手を掴んでいたソラナも突然あたふたしだした。


「いや……その、これはね。これからもケイダくんと一緒にいたいっていう純粋な気持ちを話しただけで、その、一生どうかって聞かれるとまだ心の準備ができていないと言うか……。こ、断るとかじゃなくてまだもう少し旅をしたいというか……」


 ギリギリ聞き取れる小声でソラナは言い訳になってない言い訳を話している。

 これは聞こえていると言った方が良いのかそうではないのか……。


「でも……分かった」


 ソラナは少しだけ大きな声ではっきりと言った。


「ケイダくんの言う『国』を私も作ってみたいなって思う。それは居場所とか共同体だったり、もしかしたらお互いを支え合う関係のようなものになるのかもしれないけれど……私が村を飛び出してからずっと欲しかったものなの」


 ソラナは夜空を見上げながら続ける。


「これからステラ自治区で学んでみようかな。人々がどんな風に生きているのか。どんな居場所を作っているのか。それが肌に合えば私たちの居場所になっていくのかもしれないし、もっと別の場所にそれはあるのかもしれない。とにかく行ってみないとそれは分からないものね」


「うん。僕もそう思ってきたんだ。僕はこの世界のことを知らなさすぎるから、もっと人と関わってみても良いのかもしれない」


 僕はセミで、この世界の異分子だ。

 だからなのかこれまではひっそりと楽しめれば良いという気持ちが強かった。

 でももしそれが難しい状態になってしまうのだとしたら、盛大に楽しんでみたい。


「ケイダくん……。これからも私と一緒にいてくれますか?」


 そんな僕に対してソラナはか細い声で言った。

 彼女の瞳は少し潤んでいるけれど、その奥に熱い気持ちがあることを僕は知っている。


「もちろん! むしろソラナの方こそ、僕が護衛で大丈夫?」


「うん!」


 ソラナは満面の笑みで答えてくれた。

 その顔を僕は一生忘れないだろうなと思った。





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書いた分はここまでになります。

お付き合いありがとうございました!

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セミ☆スナイパー:戦場を駆ける羽音、世界を変える一撃(未完) 藤花スイ @fuji_bana

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