第84話:野暮って

 ハルト王国に入り、僕たちは都市アステルに向かって進んでいた。

 カルディアさん達の話によれば僕たちはあと一日ほどでステラ自治区の玄関口と言われる都市サテラスに着くらしい。


 その道中で、ソラナが会うという親族がステラ自治区の領主だと聞いたカルディアさんとシュッケさんは突然緊張感を強めた。


「ソ、ソラナは領主……様の親族だったのか?」


「そ、そうですね。非常に遠い親族なのでお会いしたこともないのですが、母の遺言でそこを頼れと言われていまして……」


 ソラナも二人の変化に当然気がついているので言葉を選んでいるのが分かった。

 だけど、何が問題か分からない状態ではどうしようもないし、嘘をついてもバレてしまうのだから正直に言うしかないのだろう。


「領主様に呼ばれたという訳ではないのね?」


「はい……。もしかしたら領主様は私の存在すら知らない可能性があります。ただ母からは形見を預かっておりまして、それを見せれば悪い扱いは受けないはずだと何度も聞いていまして……」


 ソラナがそう言った後、二人は途端に張り詰めていた空気を弛緩させた。

 何が気になっていたのかは分からないけれど、まぁ取り越し苦労的なやつだったのだろう。


「そうか……。領主、様は気難しい方だと言われているから、どういう反応になるか分からないな。もし困ったら私たちのところに来るんだぞ? ソラナだったら歓迎するからな」


「分かりました。あまり期待しないようにしようと思います」


 ソラナはちょっとだけ沈んだようだった。

 そんな空気を変えようと、今度はカルディアさんが僕に聞いた。


「それで、アステルに着いたらケイダはどうするんだ? あたしたちと一緒に来るか?」


「カルディアちゃん……!」


「あ、そうか。すまん、野暮だったわ。今のは聞かなかったことにしてくれ」


 だけどシュッケさんに名前を呼ばれるとカルディアさんは話を止めようとしてしまった。


「え、野暮ってどういうことで――」


「ケイダ。す、少しは落ち着きたまえよ」


「いや、落ち着いてないのはカルディアさんのほうじゃないですか」


「ケイダくん、これから女の子だけの話し合いをするから少しだけ後ろにいてもらっても良いかな?」


「今からですか? さっきまでそんな話になってなかったのに――」


「炙るよ?」


 凄むシュッケさんが怖かったので、僕はすぐに退きました。

 その後、三人は楽しそうに話していたんだけれど、僕は蚊帳の外でした。





 その日、野営の食事をした後で僕とソラナは見張り番を仰せつかった。

 シュッケさんにそうするように脅されたからという面もあったのだけれど、僕もソラナとゆっくり話したかったのでちょうどよかった。


 二人で見張りをすることもあったんだけれど、街のこととかカルディアさんとシュッケさん達のことを話すばかりで核心に触れる話はずっと避けてきてしまったのだ。


 僕とソラナは横に並んで座っていて、目の前には焚き火の炎がゆらめいている。

 ソラナは髪を後ろで縛り、古い時代の田舎風ワンピースみたいな服を着ている。素朴だけど今日もとっても可愛い。


 僕たちはしばらく黙ってゆっくりしていたけれど、まずは僕の方から聞きたかったことを口に出すことにした。 


 目的地が近づくにつれて、段々と気になり始めたことがあったのだ。


「ねぇ、前から気になっていたんだけれど、ソラナはどうしてアステルに行くことにしたの? その気になればスパーダ王国やロゼンジ王国に行くこともできたと思うんだけれど……」


 僕がそう言うとソラナは俯いた。


「……多分、家族が欲しかったんだと今は思うの」


 その言葉を皮切りに、彼女がゆっくりと言葉を紡ぐ様を僕はただじっくり見つめていた。


「この前ケイダくんに『私には自分がステラの民だっていう意識はない』って言ったと思うんだ。それ自体は本当なんだけれど、でもステラの民に憧れみたいなものが多分あったんだと思うの」


「憧れ……?」


「うん。カルディアさんやシュッケさんのことを見ていても分かると思うけれど、ステラの民はみんな自分達のことを仲間だと思っているの。国が滅びて五十年も経つのに、その時にバラバラになってしまった人が帰ってくるのを今も望んでいる」


 ソラナがステラの民というだけで、二人の目が優しくなったのを僕も見ていた。

 日本に生きていた僕にはどういう感覚なのか正直分からないけれど、結束が高そうな様子は伝わってきた。


「お母さんに親族を頼るように言われていたのもあるんだけどね。でも家族がみんな死んじゃった後に思ったんだ。ステラ自治区だったら私は天涯孤独ではなくなるんじゃないかってさ……。ほら、私って村育ちだから周りの人がみんな知り合いっていうのが普通だったんだよね」


 僕も日本の田舎育ちだったけれど、それでも現代化されていた生活とソラナの生活ではだいぶ趣が違うだろう。

 だけど、なんとなく分かる部分が僕にもあった。


 僕はずっと家族から離れて病院で生活していたけれど、同じ病院にいる人たちもゆるく繋がっていた。

 孤独を感じると、そういうコミュニティに帰属したくなるというか、縋りたい気持ちになることもあるのだ。


「カルディアさんやシュッケさんってもう私たちのお姉さんみたいじゃない? きっと楽しいことばかりじゃないし、むしろ苦しいことがたくさんあると思う。だけど、ああいう素敵な人たちがたくさんいると思うと楽しみなんだ。だから決めた時は曖昧だったけれど、いま私はアステルに向かうことにしてよかったと思っているの」


 そう話すソラナの目には意志の炎が灯っているように見えた。

 そんな風に話すソラナをあまり見たことがなかったので、僕はつい見惚れてしまった。

 それがとても綺麗なものに僕には映ったのだ。


「でもね、突然怖くなることがあるの。私が行くことによって不幸になる人がいるんじゃないかって考えて身がすくむ……。世界中どこに行っても幸せになれないのだとしたら、仮初でも良いから家族感を持ちたいだけなんじゃないかって否定的な考えが浮かんでくることもあるの」


 だけどソラナは声のトーンを落としながら、不安を口に出し始めた。

 いつも前向きな彼女にしては珍しいことだった。

 誘拐されても比較的ケロッとしたところのあった彼女だったけれど、僕はソラナのことをまだあまりよく分かっていないのかもしれない。


「他の人がどう思うかは分からないけれど、僕は不幸にならないよ。ソラナと会ってから楽しいことばかりなんだ」


 だから本当はもっと黙っていようと思っていたんだけれど、僕はたまらず口を開いた。

 彼女にもっと分かって欲しかったから。

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