第6話 それはそれとして、どうせ台無し
じっとり見つめてくる鈴ヶ森の視線を背に受けながら、自室に帰ろうとしていると――
「あ、あの……」
か細い声がした。
それはあまりに小さかったので気のせいかとも思ったが、どうやら累ヶ淵が呼んだらしい。
実際、彼女の部屋の前で、ドアは半分開いていた。
「呼んだか? 累ヶ淵」
「う、うん……」
薄暗い部屋の奥から、今度は聞き取れる程度には返事が帰ってきた。
そして、声から少し遅れて気弱そうな顔がひょっこり現れる。
「どうした?」
「も、もうすぐ出歩いたらアウトの時間なのに……小川くんは、凄く落ち着いてるから、き、気になって……」
「え?」
「そ、それに、こ、こんな、事態に巻き込まれてるのに、全然平気そう……」
「あ、ああ……」
言われてみるまで気づかなかった。正直、ギロチン台に首を乗せられてるとか、魔王軍十万の軍勢に囲まれてるとか、そういう差し迫った危機でもなし、そんなに危機とも思ってなかったな……。
「まぁ、死にかけたことなんていくらでもあるし、今回は全然マシだ。あんまり気にしすぎるなよ。すぐ出れるって」
「そ、そうかな……わ、わたしは無理……たとえ、死にかけた経験があったとしても……」
累ヶ淵は、どこか疑わしげな視線を向けて来る。
「大丈夫。俺を信じろ」
サムズアップ!
「……あれ?」
いつもなら、これでみんな笑顔になってくれるんだが……彼女は表情を曇らせたままだった。
「……そんな事、急に言われても……」
「……あ、ああ。すまん」
そうなんだ。俺はこっちじゃ、別に勇者でもなんでもない。何の実績もない。
そりゃ、そんなヤツを信じろと言われても困るわな……
「と、とりあえず、早く寝ろよ」
取り繕うように言い残し、俺は自室に戻った。
その背中に、最後までどこか……疑いの視線が向いていたように思う。
自室に戻り、一息ついたら、ドアがロックされる音がした。それから数分後、そのドアから今度はガタッと音がする。
郵便受けを覗いてみると、封筒が入っており、更にその中には紙切れが入っていた。
「ん……? 『ドッペルゲンガー』……?」
紙切れに書かれていたのは「あなたは『ドッペルゲンガー』です。村人でも悪魔でもありません。あなたは悪魔が全て倒されるか、悪魔が村人を食べつくした際に生き残っていれば勝利です。あなたは正体が見抜かれると死亡します。そのため、『賢者』に正体を見抜かれたら、ゲームオーバーです。なお、この紙は部屋を出る前にトイレに流すように。破れば死」という文章。
「……くそ……! なんて性格の悪いやつらだ……」
つまり、参加者に説明していない『役(、)』があるって事だ……!
人狼でいうところの『妖狐』が『ドッペルゲンガー』で、『占い師』が『賢者』か……。
『占い師』は、毎晩一人を指定して、相手が狼かを知ることが出来る役職だ。
つまり七人のうち、『ドッペルゲンガー』と『賢者』を除く五人が、村人と『悪魔』になる。
おそらく人数から考えて、『悪魔』は一人……最悪二人。人狼のオーソドックスなルールなら一人がベストだが、殺しを見るのが目的なら『悪魔』を増やしててもおかしくない。
「うーん……参ったな……」
しかし、『ドッペルゲンガー』かあ……。
もし『悪魔』が、刃物を渡されるなら、それを使って鉄の扉くらいぶった斬れる自信があるから、『悪魔』の方が俺には都合が良かった。
鉄のドアが素手で破壊できるかは、やってみないとわからない。
不可能ではないと思うが、ここに連れてこられた時に意識を失ってるのを見るに、睡眠薬は俺にも効く。ガスでも出されると面倒だ。最悪、無呼吸でも一〇分近くは動けるから、詰んでるというほどではないけど……。
それに、さっきの累ヶ淵は、俺の平気そうな態度を疑ってたように見えた。
もし彼女が『賢者』を引いていたら、いきなり俺を占ってもおかしくない。
だとすれば、初日からゲームオーバーもありうる。
起きてさえいれば何が来ても迎撃できるだろうから、とりあえず起きとくか。
……いや、ゲームは明日からだったっけ?
『悪魔』が今日動けるかの解釈の余地が残ってるな……。
よし、誰かが抜け出してないか様子を見て今夜は粘ろう。
ドアは防音だが、振動の全てを消せるわけじゃない。床に耳を当てて振動に意識を集中させれば、外を出歩いている人間がいるかもわかるはずだ。逃げ足の速いゴールデンミニゴーレムを倒した時を思い出せ俺……!
そんな感じで気を張り続けて――気が付いたら、朝だった。
うん、普通に寝てた。結構早い段階で睡魔に負けたらしい。
……が、特に何事もなく、朝を迎えていた。
……まぁ、結果オーライ。
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