第4話 台無しになるべきもの

 音声の出先は、天井近くのモニターだった。先ほどまでは電源の入っていなかったそこに、今ではでかでかとピエロの顔が映っていた。ピエロと言っても陶器か何かで出来たようなツルツルのマスクで、人間かどうかもわからない。


『えーっと、もうみんな状況はわかってるよねー!』


 ピエロは、棒で支えられた投げやりな造形の手をぴろぴろさせて叫ぶ。叫ぶと言ってもイントネーションは合成音声のそれだった。


『ハーイ、デスゲームでーす!』


 甲高い声が、冷静にそれを告げた。

 時間が止まったかのように、誰も声すら出さない。


 映画や漫画で、むしろ食傷気味になってきてすらいるそれは、いざ自分の身に降りかかると、笑いごとどころではなく、思考すら止まっても不思議じゃない。まぁ、俺は色々あったから、こんな事考える余裕もあるんだけど。


『あれれ~? 轟くんなんかは、ふざけんな! って叫びそうなものだけど……つまんなーい!』


「……っ」


 名指しされた犬鳴峠は、唇を噛む。

 ヤツもわかっているんだ。


 映画ならお決まりのパターンは、ここで騒ぐ人間が見せしめに殺される。そうすることで本気で殺し合いをさせるのだと、わからせる。逆に言えば、それくらいしないと人は信じない……とも言えるが、半信半疑だとしても命に関わるのだからみんな黙っていた。


『……ふーん、しょうもな。ま、いいけど』


 妙に冷めた口調でピエロは言う。


『ハイハイ、もうみんなわかってるなら、サラッと説明するよ。今回のデスゲームは……』


 今回の、という響きで、八幡不知がぴくりと反応する。なるほど、ピエロめ、初めてじゃないということか。


『人狼ゲームの亜種でね、「悪魔ゲーム」って言うの。まぁルールはほとんど一緒なんだけど。手抜きとか言わなーい』


 わざと神経を逆なでするような声でケタケタと笑うピエロ野郎。


『ルールはカンタン! みんなは村人でーす。でもその中に、一匹もしくは二匹、『悪魔』が化けた人間がいるよ! 『悪魔』は夜な夜な人間を食べちゃうから、みんなは夕方に会議をして『悪魔』を探し出してね。そして『悪魔』だと思う人を吊るしちゃおう!』


「……!」


 驚嘆の息遣いは、果たして誰のものだったか。


 吊るす――そんな言葉を人に向ける事なんて、人生において早々ない。それくらい、異質で、強い言葉だった。


『外れちゃったら、『悪魔』に村人は食べられちゃうよ。安心して、『悪魔』は一匹でも二匹でも、一度に食べられるのは一人だけだから! っていうのもね、『悪魔』たちは毎日一個しかカギを作れないんだ。ああ、そうそう、村人は夜外に出ちゃダメだよ。外に出ていたら食べられちゃうからね』


 なるほど、つまり『悪魔』役に一度だけ使えるカギが配られるって事か……。


『なーんか、リアクション薄いなぁー。わかる? 食べるって比喩だよ? 殺すの。『悪魔』役の人は、そこにいる誰かを選んでさ』


 それでも、大きなリアクションは無い。


 一番怯えそうな累ヶ淵は血の気が引いた顔でガタガタ震えていて、マイペースな鈴ヶ森ですら、真剣な目でモニターを見つめている。


『ボクが本気だってとこ、やっぱ見せといた方がいいかなあ~。じゃあちょっとVTR入りまーす』


 ピエロがそう言うと、急にモニターの映像がごく普通のニュース映像に切り替わった。


 そこでは、高校生の「隈橋霧男君、行方不明」というテロップと共に、その少年の情報提供を呼びかけるニュースだった。少年の顔は、どこにでもいるような純朴そうなもので、おそらく家族写真か何かから切り取ったであろうそれは、笑顔だった。


 次の瞬間、その顔が血に塗れて転がった。完全に絶命しているのがわかる……わかってしまう。真っ白いベッドの上は、血が飛び散って前衛芸術のようですらあった。


 同時に、悲鳴が広がる。累ヶ淵や泉だけでなく、男たちも叫んでいた。


 続けて、また別のVTRが流れた。今度は行方不明の少女のものだった。その次に映ったのは、その少女が大きなナイフを少年の背に何度も突き立てている姿だった。


 また、映像が切り替わる。何度も何度も。

 そのたびに、心の中で煮えたぎる何かを、抑えるのに必死だった。


『……っと、このくらいでいいかな。本気だってわかったろうしさー』


 ケタケタと笑う。ここまで人をイラつかせられるのは才能だな……。


『小川くんなんかはどうだい? せっかくだからこの映像に加わってみる~? アハハハハハ』


 急に話を振られたが、どうと言われても困る。

 怒りを押し殺し、「別に」とだけ答えた。


『……ふぅん、怯えさせすぎちゃったかな……?』


 どこか期待外れとでも言うように、ピエロは呟いた。


『ま、いっか。どうせこれから悲鳴はぞんぶんに上げてもらうんだから。ああ、もちろん、『悪魔』を全員吊るすか、もしくは『悪魔』は村人全部食べちゃえばクリア。晴れて脱出できまーす』


 何が楽しいのか、ケタケタケタケタ……。


『んでねー、今日は会議ナシ。会議は明日からだよー。せいぜい頑張って頭をひねってねー。あ、一応言っとくけど、ここ絶海の孤島だから、助けが来るだなんて夢見ないでねー』


 それじゃ最後に、とピエロは続ける。


 同時に、テーブルの上に、パネルがせり出してきた。どうやら銀行ATMのようなタッチパネルらしい。今は「Coming Soon」とだけ表示されている。テーブルの仕掛け自体はシンプルで、表面の板がスライドして下から出てきただけで、そうお金がかかっているわけでもなさそうだ。


『明日の夜、『悪魔』を投票する際に使えるようになるよ。ちなみに現在時刻は夜の八時。九時になったら消灯するから、それまでには部屋に戻ってね。出てたら死ぬからねー』


 言うや否や、テレビの映像は消え、代わりにそこに現在時刻が表示された。二〇時二分、とある。


「……どうすんだよ」


 最初に口を開いたのは、犬鳴峠だった。


「……今は従うしかあるまい」


 八幡不知は冷静だった。もしかしたら、必死に冷静さを装っているのかもしれないが。


「で、でも、みんなで話し合って脱出する……とか……」


 鈴ヶ森の言葉は虚しく空を切り、掻き消えていく。


「無駄だろう。おそらく隠しマイクで盗聴もされているだろうし、話し合い自体があまり意味は無い。……例の会議とやらを除いてだが……」


「そ、そや、ドッキリって可能性はないんか……?」


「さっきのぉ……ニュース映像ぉ……見覚えありますぅ……本物だと思いますよぉ」


「そ、そうやわな……うん……」


 金助も顔面は蒼白だ。


「な、なんで私ばっかりこんな目に……」


 累ヶ淵はもう今にも泣きだしそうだ。


「大丈夫だよ。私も運は良くないから。けっこう、酷い目に合ったりするし」


 何が大丈夫なんだ鈴ヶ森よ。


「相手も皆殺しにする気ならとっくにしている。少なくともゲームに乗っている限りは、ルール外での危害を加えられないと見ていいだろう……そういう意味では、突発的な事故や天災よりは対策の立てようがあるだけマシかもしれないが……」


「あ、あの人は……私たちのこっ、殺し合いを見るのが……も、目的……?」


 累ヶ淵は蒼白を通り越して、真っ白な顔で言う。過呼吸になっているのかもしれない。


「はっきりと説明はしていなかったが、間違いない。説明が適当なのは、何度も繰り返しているからだろう。導入に飽きているんだ。映画や漫画でデスゲームを知っている事を前提に、雑に流していたが、そこが目的でなければ、閉じ込める意味も無い」


「でもよぉー、俺たちん中に『悪魔』がいるって、どうやったらわかるんだ? 本人もわからねえだろ今の所よ」


 犬鳴峠の言うとおりだ。判断材料がまるでない。


「個室のドアに、郵便受けのようなものがあったろう? おそらく、部屋に施錠されたあと、あそこに必要なものが入れられるのだと思う。役割を示す紙切れか何かと、『悪魔』役には凶器、それとマスターキーがな……」


「なるほどなー、確かにそりゃ筋が通っとる。説明前に入れといても、知らんとネタバラシされてもうて台無しやさかい。……せやけど、ほんとに出来る事はなんもないんやろか……?」


 ピエロが何者かはわからないが、巧妙すぎる仕掛けと雑な進行が、八幡不知の言うとおり、この人でなしなゲームを繰り返してきていることを示している。


 普通なら、打てる手は無い。

 みんなはまだ話し合いを続けていたが、俺は全然違う事を考えていた。


 ――どうやってここから脱出するか、だ。


 魔法を覚えておけばもっと楽だったんだろうけど……。素養がある者で一〇年、地上人なら魔法の素養はないから最低三〇年はかかるって言われたしな……。


ただ、あの世界からこっちに帰る際に、「一度だけ戻れる」っていう送還魔法を教えてもらったな。あっちの魔法使いが作った式だが、合言葉で発動はできる。


 でも……あっちに俺だけ行ったところで解決にはならないしな……だいいち、向こうからまた戻っても、時間の経過は一切ないし……。


 しゃーねえ。こういうときは力技に限る。

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