第5話 台無しにしたいもの

 話し合いは全く何の成果を出すことも無く、9時が近づいたので、俺たちは部屋に戻る事になった。


 その途中、一人立ち尽くしている鈴ヶ森が見えた。


「どうしたんだ? あと10分もしないで消灯の時間だぞ」


「そ、その……今更怖くなって」


 言うや否や、彼女はその場にぺたんとへたりこんでしまった。

 マイペースにもほどがあるが、これはまずい。


 このままだと彼女は殺される。最悪、俺だけ残って立ち回る分にはいいけど、彼女は無理だ。


「ちょっとゴメンな」


「へ?」


 返事も聞かず、鈴ヶ森をそのまま持ち上げて、彼女の個室まで運んでいく。


「えっ、えっ、えーっ!?」


 いわゆるお姫様だっこだ。

 さしもの鈴ヶ森も顔を真っ赤にして騒ぐが気にしない。


 こっちは本当にお姫様をだっこしたことがある身だ。本格派のお姫様だっこである自信はある。あの姫は、「妾をだっこするなど当然の事!」とか言ってたけど。


「あ、あの、これ、その……」


「いいから。部屋は向かいのあそこだよな」


 というか、そこ以外のドアが閉まってるからな。


「う、うん」


 時間も無いので、足早に向かって行く。


 別に時間切れになって、仮に武器を持ったやつが何人出てこようが別に大丈夫だが、鈴ヶ森を巻き込むのは避けたい。


 と、そこで――


 ぷぅ~、と音がした。


 今の音は……その……まさか。

 まさか……とは思いたいが、においが……その……。


「……」


 そして、この真っ赤な顔である。


「……忘れて」


「……ナ、ナンノコトカナー」


「……ならよし」


 そのまま、さっきのあれを無かったことにして部屋に入り、彼女をベッドの上に横たえる。


「……あ、ありがとう」


「気にすんな。そんじゃ俺はそろそろ……」


「あ、あの!」


 意を決したように口を開く鈴ヶ森。何だ?


「大川くん」


「違うねえ……小川だねえ」


「あっ、ご、ごめん」


 まぁ、他があんなに目立つ名前な中で俺だけ普通の名前だしな。


「で、なんだ?」


「……もう、忘れたよね?」


 し、しつこい。


「ナ、ナンノコトカナー……」

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